第4話 策略と浅知恵

「甲賀殿、この度は大切な孫娘の小春殿を我が愚息のためにお借りさせていただき感謝する」

「何を何を。新庄家に仕えることができるなど、これ以上の名誉はござらん。東弥様もお見受けしたところ紳士のようですし、安心して小春を預けられますぞ」


 新庄家の居間にて。

 二十畳ほどの広い部屋の真ん中で着流しの中年とスーツを着た老人が向かい合う。

 

 新庄玄弥。

 日本を陰で操る超大物フィクサーにして、更なる飛躍を目指す政財界の超大物。


 そしてもう一人。

 甲賀太助こうがたすけ

 かの有名な甲賀流忍者一族の末裔であり、現代日本で一族復権を目論む生粋の黒子。

 小春の祖父にして育ての親でもある。


「しかし甲賀殿から小春殿を是非と言われたときは少々驚きましたぞ。年頃の娘とあれば、心配事も多かろうに」

「いえいえなんの。もとより小春にはこのような仕事をさせるために幼少より厳しい修行を課しておりましたゆえ」

「ほう、それはそれは。しかし美人になられた。忍者などもったいないのではあるまいか。いいお嫁さんになれそうぞ」

「お褒めの言葉、感謝いたしますぞ。では、そのまま東弥様と小春の縁談の方も進めていただけると」

「うむ、あれだけの美人であれば新庄家に嫁ぐものとして問題はなかろうて。ただ、東弥も昔から忍術の才はあるが、どうも現代のアニメや漫画なるものに影響されてか、とかいうのに憧れておるようでのう」

「ほう、せいしゅんらぶこめとな。なんとも奇怪な響きじゃが、それは一体」

「なんでも、とかいう、酒池肉林を楽しむものもあるそうな」

「それは不潔なり。東弥様も、ずいぶんと俗なものの悪影響を受けてしまわれたのですな」

「最近はネットでなんでも見れてしまうから困ったものだ。まあ、そういうこともあって、お宅の小春殿とくっついてくれて早めに身を固めてくれればよいかなと」

「甲賀家としましても、名家に嫁がせていただくのはこれ以上ない幸せです。しかし、それであれば見合いでもよかったのでは?」

「東弥が断ったのだ。なんでも、というのがあるらしい」

「ほう、また奇怪な言葉ぞ。まあ、結果的に同じ屋根の下で過ごすことになりましたゆえ、婚姻は近かろうと」

「うむ、期待している。さて甲賀殿、もう一杯どうだ」

「はっ、頂かせていただきます」

 

 一献傾けながら、二人はにまりと笑う。

 玄弥は、息子の東弥が一人暮らしをしたいという願望を持っていることを前から勘付いていて、しかし自由にさせて結果として女遊びに興じる人間になったらどうしようかと心配していた。


 そんなところに偶然話を持ち掛けてきたのが、旧友でもある甲賀太助。

 孫娘を監視役としてつける、というのは建前で、自然と同棲させてくっつけてしまってはどうかと提案してきた。


 最初はそれもどうなのかと躊躇った玄弥だが、小春を見て即決。

 美人なことはもちろん、忍者としての素質も優れており、血筋としても申し分ないと判断した。


 で、当人たちには何も知らされず、意図しない同棲が始まったというわけである。

 そして、二人にとって嬉しい誤算は、小春がすぐに東弥に惚れたこと。

 首尾よくことが運び、酒も進む。


「うむ、これで新庄家の未来も明るい」

「うむ、これで甲賀家の復興も近い」

「わははは」

「ふははは」



「はっくしゅん!」

「どうされました東弥様? まさか先ほどのファミレスのドリンクに毒物が」

「いや、くしゃみでそれはないだろ。なんか寒気がしたけど、気のせいか?」


 部屋の中で。

 東弥と小春はとりあえず夕食の準備をしているところ。


 東弥はあくまで一人暮らしの体を守るため、小春に身の回りの世話をさせることを拒んで自ら台所に立っている。

 

「そういえば今日は少し冷えますね。よろしければ小春が人肌であたためてさしあげて」

「もらわなくていい。ていうか脱ごうとするな。従者が主人を押し倒したらそれこそクビだろ」

「そ、そうですが……それでは小春はどうやって子を身ごもればいいのですか?」

「知るか! ていうかまだ高一だろ、身ごもろうとするなよ」


 小春の脳内はすでに、どうやって東弥を守るかではなくどうやって東弥に抱かれるかだけを考えている。

 もちろん普通の高校生活を送りたい東弥からすればいきなり現れた自称忍者の従者とそのまま一緒になるなんて展開を望むはずがない。

 いくらかわいくてもそれはそれ。

 手を出してしまってここに彼女のように住み着かれてしまってはせっかく勝ち得た一人暮らし生活がパーになる。


 だから護衛に徹底しろと。

 言いながら台所で何か手伝いをしたそうに横に来る小春を追い払う。


「とにかく、料理はついでで何か作ってやるから部屋で待ってろよ」

「し、しかし主人に料理をさせる従者など聞いたこともありません」

「いいんだよ、俺がそうしたいんだから。あと、早く住むところも探しておけよ」

「……やっぱりここにいちゃダメ?」

「かわいくいってもダメ。それともずっとクローゼットの中で暮らす気か?」

「むう。いいもん、東弥様のいじわる」


 小春は東弥の冷たい態度に拗ねてしまい、部屋に戻る。

 やれやれとため息をついてから、気を取り直して東弥は冷蔵庫の食材を見て今日の献立を決める。


 まあ、予想外の居候のせいで何をするにも食材が足りない。

 あるのは米くらいだ。

 なら、カレーにでもしよう。


 東弥は今日、初めて自炊に挑戦する。

 ただ、己の器用さにも自信はあったし動画を見たりネットで調べたまま調理すれば料理なんて簡単だろうと。


 まず、カレーのルーと水を鍋に入れて火をかけて。

 米を研いでから炊飯器に。


「ま、こんなもんか」


 あとは米が炊けてカレーが煮えるのを待つのみ。


「ふああ、なんか眠くなってきたな」


 気疲れか、それともさっきファミレスではしゃぎすぎたせいか。

 急激に眠気が襲ってきた東弥は、台所の壁にもたれかかった後。


「……寝るか、ちょっと」


 一度カレーの火を止めてから目を閉じる。

 最近気が抜けてる気がするけど気のせいだろうか、なんて考えながらもそのまま夢の中へ。


 やがて眠りについた。

 

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