第3話 ぷんぷんおこです
「えー、新入生の皆様。今日という日を無事迎えられましたことを誠に……」
云々と。
今は体育館で入学式の途中。
もちろんここにも俺の家の人間は来ていない。
そういう約束にしたのだ。
中学の時は、父が来たせいで周りの大人から先生までが大騒ぎ。
入学式なのかなにかの接待場なのかもわからないカオスな現場になってしまったことは今となればいい思い出だが。
あんなのはもう懲り懲り。
二度と同じ轍を踏まないと、何度も父に言い聞かせて東弥は今日という日を迎えた。
しかし、
「……」
あまりにも感じる視線が強すぎる。
今までだって入学式となれば無数の護衛が体育館の周りを取り囲んでいたが、それでもこんなに強い視線を感じたことはない。
はっきり言って、怖い。
初めて、誰かの視線に恐怖を覚えた。
ちらりと、視線の先を見て見ると。
同じ列の向こう側から小春が覗き込むように東弥を見ていた。
「……下手くそか」
思わず呟いた。
自らを忍の末裔と自称するなら、もう少し気配を消す努力をしてほしいものだと。
ただ、無理もないのかもしれない。
学校という、無数に人がいていつどこで誰が何をしでかすかわからない場所に無防備な状態でいるわけだから。
護衛を任された側としては当然、いつも以上に気が張るのだろう。
だから仕方ないと。
そう言い聞かせながら、強い視線を振り払うよう心がけているとやがて先生の話は終わっていて。
また、教室に戻ることとなった。
◇
「えー、今日からこのクラスの担任をさせてもらうことになりました藤田といいます。皆さん、一年間よろしく」
教室に戻るとすぐに始まったのは担任による学校説明。
私語をする間もなく席につかされたので、当然小春に何かを注意する暇もなく。
ただ、気になるのは席の配置。
偶然なのか仕組まれた罠なのか、小春の席は東弥の真後ろ。
これが実にやりにくい。
せっかく自由な学校生活を送る予定だったのに、四六時中、露骨に監視されている状況下なことに嫌気がさす。
「それじゃみんな、自己紹介をしてくれ」
先生に言われて、手前の席から順番に自己紹介が始まる。
もちろん、ほとんどの人間が緊張した面持ちで名前を言ってよろしくというだけの粗末な自己紹介だけど、東弥の時に少しだけ教室の空気が変わる。
「えー、新庄東弥です。よろしくお願いします」
ただそれだけの挨拶なのに、教室は一気に騒がしくなる。
「え、新庄ってあの? やばい金持ちじゃん」
「わー、めちゃイケメンじゃん。あれで金持ちとかやばくない?」
「新庄君って彼女いるのかなあ? いたらヤダなー、私ぬけがけしちゃおっかなー」
「あー、ダメよそんなの。それに私らみたいな庶民、相手されないってー」
「ちぇっ、いいよな金持ちはよー」
男子からはちょっと妬みや恨み節。
女子からは黄色い声援が飛び交う。
これもまた、東弥にとっては慣れた光景。
だからいちいち浮き足立つこともないのだが、席に戻ってもその余韻は残る。
「はい、静かにー」
先生に注意され、ようやく教室が落ち着きを取り戻す。
そしてそのあとすぐ、後ろの席の女子がそっと席を立つと、前に出てやりづらそうな空気を気にする素振りもなく自己紹介を始める。
「私は
ひどい自己紹介だった。
いきなり現代で忍者を名乗るやつなんているか?
それにやたらとおしてくるコパルンって一体なんなんだ?
東弥は関係ないのに自分のことのように恥ずかしくなって俯く。
ただ、ここでもまたクラスの連中が騒ぎ出す。
「かわいー! コパルンかわいーよ!」
「顔ちっちぇ! コパルン、連絡先教えてよ」
「何よあの子、ちょっと顔がいいからって変なこと言って男子の気を引くなんて」
「なんかちょっと痛くない?」
男子からは熱烈なラブコールが。
女子からは冷めたブーイングが。
まあ、当然と言える。
小春は見た目だけなら学校でも抜きん出た美少女である。
昨日はジャージ姿でわかりにくいところもあったが、学校の制服に袖を通すとその美麗さが際立つ。
まるで絵本の中から飛び出してきたよう、とでも表現した方がしっくりくるほどにはっきりした目鼻立ちと均整のとれた体躯は当然男子たちの注目を引く。
と、同時に女子たちの嫉妬も。
しかしそのどちらも気にするそぶりを見せることなく、小春は挨拶を終えるとさっさと席へ。
色めき立つ教室の空気をまた先生が沈め。
さすがにそのあとに順番が回ってきた生徒はとてもやりづらそうに自己紹介をしていき。
そうこうしていると時間がくる。
初めての休み時間がやってきた。
「新庄君、今日一緒にカラオケ行かない?」
「新庄君、私たちとファミレスいこーよー」
「新庄君新庄君」
女子たちが東弥の周りに群がる。
それはただ、金持ちだからというだけでもない。
東弥の容姿もまた、切れ長な目のアイドルみたいな顔に高身長、モデル体型という整ったものであり、容姿だけでも圧倒的に他より優れているからである。
「はは、待って待って。じゃあ、みんなで一緒にカラオケ行ってご飯にしようよ」
「きゃーっ!! やったー!」
黄色い歓声が教室を包む。
一方で、男子たちはそんな彼を妬ましい目で見ながら舌打ちをする。
金持ちでイケメンなんて周りからしてみれば嫌味しかない。
せめて同じくらいのイケメンか、同じくらいの金持ちがいればいいが、なかなかそんな連中は過去にいなかった。
だから皆、圧倒的格差による劣等感で東弥から離れていく。
舎弟になりたそうにしてるのはいたが、東弥は多くの従者をすでに持っており、そんなものは必要としない。
こうして女子にモテるのは当然嬉しいが、今はクラスの男子とも仲良くなりたいなあと。
東弥はちらりと辺りを見渡す。
すると、
「小春ちゃん、今日一緒に帰ろうよ」
「コパルン、家どこなの? 俺、送るよ」
「小春ちゃん」
「コパルン」
なんと小春も男子に取り囲まれていた。
いやはやあんな痛い自己紹介をしてもしっかりモテるなんて、美人は得だよなあ。
でも、肝心の本人は実につまらなさそう。
というより、鬱陶しいという感情が表情にしっかり出ていた。
「あの、私そういうの結構なので」
そして言葉にもしっかり出して、群がる連中をばっさり。
食い下がろうとするやつもいたけど、小春の嫌々オーラを感じ取ってか、やがて全員が肩を落として散っていく。
周りに人がいなくなると、小春はちらりと東弥を見る。
しかし、東弥はあまり学校で彼女と接点を持ちたくはなかった。
なにせ彼女は今、自分の家に寝泊まりしているわけで。
護衛だの監視役だのと説明しても、一つ屋根の下で過ごしている事実に変わりはない。
それをクラスメイトにバレたくないと思うのは当然。
バレたら、それこそ勝手に小春と噂されて、カップル認定されて、待ち望んだ青春がパーになるから。
もちろん小春はかわいいけど。
親に雇われてやってきた従者と付き合うなんて、全然普通の高校生っぽくない。
だからそういうのはお断り。
そういう気分で、寂しそうに帰り支度を整える小春から目を逸らして。
気づけば彼女はどこかに消えていた。
◇
「じゃあ、新庄君との出会いにカンパーイ」
結局、東弥はクラスの女子たちのうち、二人と一緒にファミレスに行くことを選んだ。
選んだ、というより女子の中で誰が新庄東弥と遊ぶかを相談して、どうも上位カーストに属する二人がその座を勝ち取ったようである。
「改めて、私は
「私は
皆実と黒川。
それぞれ二人とも背は結構高めで、皆実は長い髪を明るく染めたいわゆるギャルである。
色は白く、大きなアーモンドアイに鼻も高く、ハーフモデルのような顔立ちをしている。
一方の黒川はウルフカットの黒髪がよく似合う、こちらも美人。
少したれ目で、顔立ちだけでいえばかわいい系だがスタイルがよく足が嘘みたいに長い。
ちなみに二人とも胸はそこそこ大きい。
「うん、改めてだけど新庄東弥です。二人は結構仲いいの?」
「そうねー、私ら二人とも中学から一緒でさ。それよか新庄君ってさ、めっちゃお金持ちなんだよね?」
「う、うんまあ。でも、親がってだけだから」
「でも跡継ぎならそのうち社長じゃーん。いいなあ、お金持ちでイケメンなんて最強だよね。ねー、一花」
「うん。私、一目見てドキッとしちゃったの。ね、今度デートしてくれない?」
「お、俺と? いや、もちろんいいけど」
「ほんと? やったあ。ふふっ、こんなにすんなりいくなら明日奈に協力してもらう必要なかったね」
「一花、よかったね。じゃあ、次は二人の前途を祝してかんぱーい」
どうやら、東弥のことを好きなのは一花の方。
明日奈は一花が東弥をうまく誘えるためにと、付き添いできているだけのよう。
そういう女子同士の友情というものに、東弥はほのぼのする。
そして、
「じゃあ、みんなで連絡先交換ね」
「新庄君、よろしくね」
「うん。二人とも、よろしく」
欲を出さずに今日はここまで。
焦っても仕方ないし、まずは順調にスタートを切れたことを喜ぼう。
東弥は会計を終えて二人が帰っていくのを見送りながら、高まる気持ちを少し抑えるように、そう言い聞かせて。
少し暗くなった道を一人で帰宅。
これもまた、新鮮なことだった。
夜道に一人なんて、今までならまずありえない状況。
基本的に夜に出歩くこと自体が禁止だったが、どうしてもの時は日中の倍の警護がついていたのを思い出す。
黒服に囲まれながらコンビニに来店なんて、さすがに恥ずかしすぎてやれたもんじゃない。
東弥は冷ややかな目で見られるくらいなら我慢しようと、今までは夜の外出を控えていたけど。
「んー、夜の風って気持ちいいなあ」
日中と違って人も少なく、空気もどこか澄んでいて。
少し冷たい風が肌に当たると、火照った気持ちごと冷ましてくれるようで。
この感覚がとても気に入った。
そして今日からは何の気兼ねもなく、こうして夜に出歩くことができる。
さっき女の子たちとファミレスに来た時と同じくらいワクワクして。
少し落ち着かないまま、家に向かう。
しかし、
「……誰だ?」
夜道で誰かがじっと見張るような気配がした。
すぐ近くにいる。
気配を探ると、少し遠くの電信柱の陰に誰かいた。
誰か、というか一人しかいないが。
「……小春か」
東弥は電信柱の方へ近づき、声をかける。
すると、恐る恐るその陰からかわいい顔が覗く。
「おかえりなさいませご主人様……」
「いつからメイドカフェの店員になったんだよ」
「だって、女の子たちとイチャイチャしてた」
「いつから俺の彼女になったんだよ。いいじゃんか、俺が誰と遊んだって」
「むう」
顔を膨らませて拗ねた様子を見せる小春は、少し顔を朱に染めてから、全身を東弥の前に表す。
「だって、あんなチャラチャラした女子たち、絶対東弥様の財産目当てですよ」
「そうとは限らんだろ。実際、割り勘でいいって言ってくれたぞ」
「でも、東弥様が払ってた」
「そ、そりゃまあ、礼儀というか」
「と、とにかく帰ったら彼女たちと何を話したか細かく教えてください」
「なんでだよ」
「げ、玄弥様に報告するためです」
「……わかったよ」
そして一緒に帰ることに。
少し人目を気にしてしまう。
一緒に帰ってるところならまだしも、同じ部屋に入っていくところを誰かに見られたらそれこそ終わりだと、東弥は警戒を強めながら家に向かう。
途中、ふと小春に話しかける。
「そういや、友達とかいないのか? 別に、日中とか休みの日は遊んできてもいいんだぞ?」
「いません。それに、業務に影響しますからいりません、ぷーんだ」
「……」
明らかに拗ねている小春を見て、東弥は呆れる。
なんか今までの従者とは勝手が違うというか、そもそも同い年の子が護衛につくなんてもちろん初めてのことで。
どうするべきかと悩んでは見たもののこれという案も思いつかず。
「……とりあえず帰るか」
「はい。愛の巣へ帰りましょう」
「俺の家だ。勝手に変な名前つけるな」
「いじわる」
「……」
父もずいぶんと面倒なやつを雇ってくれたものだと。
まだ、その父親の思惑など知る由もなく、東弥は奔放な小春を見て呆れていた。
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