第85話
翌日、朝食の席で、アデレードは伯爵夫妻、ウィリアム、それからローランと顔を合わせる。
「おはようございます、お父様にお母様、ウィリアムにローラン」
「アデレード姉様、おはようございます」
ウィリアムも伯爵夫妻から昨日アデレードの身に起きた事件は聞いている。
聞いてはいたが、自分まで心配そうな顔をしていたら、アデレードが逆に申し訳なさそうな表情をするのがわかっていたので、あえていつも通り少年らしいにこにことした表情で接している。
全員が朝食を摂る為にダイニングに到着し、席についたところで給仕が始まる。
今日の朝食は焼きたてのロールパンにチーズ入りのスクランブルエッグ、パリッと焼かれたソーセージ、グリーンサラダ、野菜をたっぷり使用したミネストローネだ。
どれも出来立てで、グリーンサラダ以外は湯気が立っている。
「お父様、昨日のことについてなのですが……」
当事者として昨日のことが気になっていたアデレードはおずおずと話を切り出す。
「それは私とアイリスと私兵の隊長と昨夜話し合ってどのような処罰にするか決めた。人質を取られ、彼らに加担した護衛の彼については、降格処分と一定期間の減俸とする。彼は悪事に加担はしたが、彼がアデレードの居場所を教えてくれたことで最悪の事態は回避することは出来たから、そこは考慮した。彼の話では病弱な妹さんの診察代や薬代は彼の給料を充てていた為、減俸処分とするのはあまり気が進まないが、悪事に加担したのにのうのうと前の待遇通りというのは他の者に示しがつかない。総合的に考えてこの程度が妥当だと判断した。彼が減俸処分を受けたことで診察代や薬代が払えないという事態になれば、援助すると約束している」
「人質を取られてとのことだったから、私より家族優先になってしまうのは、私個人として仕方ないと思っておりました。私もその程度が妥当だと思いますわ。お父様が彼に過剰な罰を与えていなくて良かったです。それで、リリー達はどうなさるのですか?」
「あの者達への処断については、アデレードは詳細を知らなくても良い。それ相応の罰になっているはずだ。他人を害そうとするのなら、同じことをされても文句は言えない。そんな内容だ」
「アデレードは知る必要はないわ。ちゃんと罰は受けさせるから安心して頂戴。この話はここまで。早く全部食べないとせっかくの朝食が冷めてしまいますわよ」
(お父様もお母様も教えて下さらなかった……ということはかなり良くない内容だったということですわね。この様子なら無理に聞き出すことは出来ませんので、気にはなりますが、引き下がるしかありませんわ)
朝食を終えたアデレードはローランと共に自室に戻る。
ローランは今日の昼過ぎまでしかバーンズ伯爵邸に滞在しないし、昨日、アデレードは怖い目に遭ったばかりだ。
今日はアデレードの部屋で他愛ないことを話し、まったり過ごすのが最良である。
ローランは昨日のデートのやり直しはまたいつかするつもりでいる。
今度は最初から最後まで一緒に過ごし、何事もなく二人でバーンズ伯爵邸まで戻り、楽しかったと二人で笑い合えるものにしたいと思っている。
でも、それは今はアデレードに言うつもりはなく、やり直す時が来た時に言うつもりだ。
ローランと一緒にソファーに腰掛け、刺繡のデザイン集をパラパラとめくっていたアデレードは、以前疑問に思ってそのままだったことをローランに質問した。
「以前、ルグラン侯爵邸に訪問した時に思ったのですが、ローランのその青紫の瞳はどなた譲りの瞳なのですか? 聞こうと思ってそのままだったことをふと思い出しまして……」
「私の瞳は父方の祖母譲りです。祖母は隣の国の貴族令嬢だったのですが、サンティア王国に留学中に祖父と知り合い、恋人同士になりました。そして結局、祖父と結婚する為に隣の国から移住しました。祖母の生家ではこの色の瞳の者は割と生まれるようです」
「おばあ様譲りだったのですわね。おじい様との馴れ初めが恋愛小説みたいですわ」
「もうお亡くなりになっていますが、若い頃は美人で有名だったようですよ。ルグラン侯爵邸には祖母の残した日記がありますので、もし読みたいならば今度ルグラン侯爵邸に来て下さった時にお見せします。日記は祖父と出会った頃から始まっています」
「是非読みたいですわ!」
二人は穏やかな時間を過ごし、昼過ぎにローランはバーンズ伯爵邸からルグラン侯爵領へ旅立つ。
今回のローランのバーンズ伯爵邸での滞在は、アデレードに危険が迫る事態が発生したが、二人の距離は縮まった。
そして、これからさらに二人の仲は進展していく。
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