第62話

 それから日々は過ぎ、とうとうアデレードが伯爵夫妻と共にルグラン侯爵邸を訪問する日がやって来た。


 アデレードはこの日の為に新しく新調した透け感のある薄い布を使って作られた淡い緑色のドレスを身を包み、手土産のお菓子をしっかり持っていることを確認し、バーンズ伯爵邸を出発する。


 彼女のドレスは使用されている布地や風が吹いたらふんわりとスカート部分が膨らむデザインという面、そして爽やかな緑色から、全体的に涼しさを感じさせる仕様になっている。



 三人で馬車に乗り込み、ルグラン侯爵邸へ向かう。


 ルグラン侯爵邸のあるルグラン侯爵領は、バーンズ伯爵領と一つ他家の領地を挟んでサンティア王国の国土の内側寄りに位置する。


 サンティア王国の王都はわかりやすく国のほぼ真ん中の地点に位置しており、従ってバーンズ伯爵領より内側に位置するルグラン侯爵領の方が王都に近い。


 バーンズ伯爵領とルグラン侯爵領は一つ領地を挟んでいると言っても、この挟まれた領地が縦に長い為、移動距離はまずまずある。


「今日はウィリアムは一人で屋敷でお留守番になってしまったけれど、大丈夫かしら? 今まではお父様とお母様が不在で私とウィリアムがお留守番という日ばかりでしたので……」


 馬車の中でアデレードはおもむろに零す。


「広い屋敷に完全に一人きりという訳ではないから大丈夫だろう。使用人達には私達が不在の間、ウィリアムのことは頼むと言ってきた。今日の訪問の主たる目的は、私達三人がそれぞれルグラン侯爵家のご家族と交流することだ。ウィリアムを連れて来ても一人ぽつんと手持ち無沙汰になってしまう。暇にならないよう、私から課題も与えてきた」


「案外私達がいない方がのびのび出来ていいと思っているかもしれませんわね。アデレードが正式にローラン様と婚約することになれば、両家全員で集まって顔を合わせる機会もあるはずだから、そこで挨拶すれば十分よ」


「確かに無理に連れて行って一人で放置される方が可哀想ですわね」



 馬車は緩やかな山道を抜け、緑豊かな大地を走ること数時間。


 ようやく三人を乗せた馬車はルグラン侯爵邸に到着する。


 お洒落な門を潜り抜けると、大きな噴水広場があり、その向こうにはルグラン侯爵邸の本邸と思われる横長の長方形の形をした屋敷が聳え立つ。


 その屋敷は横の長さがかなり長く、建物の高さから判断して三階建てである為、部屋数も相当なものだと予測される。


 三人は本邸と思われる屋敷に向かうと、大きな玄関扉があり、そこの付近で家令と思われる男性が三人を待っていた。


「私達はバーンズ伯爵家の者だ。今日、ルグラン侯爵邸に招待を受けているのだが、案内を頼んでも?」


「いらっしゃいませ、バーンズ伯爵家の皆様方。話は奥様から伺っております。案内をさせて頂きますので、私について来て下さいませ」


 男性の案内で三人は屋敷の中を進む。


 屋敷の内装は歴史と伝統ある侯爵邸という雰囲気を感じさせる重厚なもので、花瓶や壺、絨毯などさりげなく飾られていたり、使われているものが実は非常に高価だったりする。


 金ぴかだらけで如何にもお金をかけていると言わんばかりの成金趣味ではない。



 やがて、三人は屋敷の二階の中央にある部屋に到着し、部屋の中に通される。


 そこはルグラン侯爵邸のサロンだ。


「今日はルグラン侯爵邸へ遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます。私は当主のクリストフです。今日は我が屋敷で楽しんでいって下さると幸いです」


(この男性がローラン様のお父様。ローラン様の金髪と体型はお父様譲りのようですわね)


 キラキラした金髪にすらっと手足が長く背の高い美形で、クリストフとローランはそっくりな親子だった。


 ただ、クリストフはエメラルドのような碧眼で、瞳の色はローランとは違う。


 ルグラン侯爵夫人もローランのような青紫の瞳ではない。


(ローラン様の青紫色の綺麗な瞳はこの家のどなたに似ているのかしら?)

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