第54話

 アデレードはローランの発言に混乱する。


 それは、例の金髪で青い瞳の友人がアデレードの記憶が正しければ少年ではなく少女だったからだ。


(え……? 確かにあの子は女の子のはず。だってあの子の服装は女児が着るワンピースだったし……。仮にあの子が実はローラン様だと言っても今の姿からは想像も出来ないのだけれど……)



 今のローランは背が高く、あの金髪に青い瞳の友人が実はローランだったと言われても俄かには信難い。


 顔だけは幼い頃だと女児に間違われたと言われても納得出来るが、それ以外の部分では今のローランからはかけ離れている。


「混乱するのも無理はありませんね。出会ったあの日。私は母の悪戯で少女の格好をさせられていたのです。母上は娘が欲しかったのに生まれてきたのは息子。私が少女でも通じる顔立ちだったから、あの頃は母に少女の格好ばかりさせられていたのです」


 ローランは当時を振り返りながら言葉を続ける。


「嫌だと言ったのに少女の格好をさせられてバーンズ伯爵邸に連れて行かれた私は、誰とも話したくなくて母上がバーンズ伯爵夫人と話すのに夢中になっている隙に一人抜け出し、屋敷内で一人でいられる場所を探していました。そうこうしている内にここから少し先にあるガラスで作られた建物を見つけ、興味本位で中に入り、中のベンチに一人座って持参していた本を読んでいました。そして、そこにアデレード嬢がやって来たのです」


 ローランの話を聞いて、アデレードは必死に記憶を思い出す。



 因みに話の中にあるガラスで作られた建物は温室である。


 金属の骨組みにガラスを嵌めて作られた温室は、ガラス越し太陽の光が燦々さんさんと降り注ぎ、建物内にいるにもかかわらず非常に明るく、まるで外にいるかのような解放感がある。


 ガラスは木材に比べると高価なので、ガラスで作られた温室を所有している貴族はそう多くはない。


 なので、客人に見せる機会も多く、誰でも入れるように常時鍵をかけずに開放している。

 

「確かにあの子と出会ったのは温室だったからそこは間違いはないですわね。続きを教えて下さい」


「アデレード嬢の第一声は”こんな場所で何をしているの?”だったかと思います。私の記憶が確かなら貴女は薄い水色のワンピースを着ていましたね。私はそれには答えず、無視して本を読んでいたら、”こんなところで本なんて読まずにお外であそびましょう”と言って、私の腕を引っ張って建物から連れ出しました」


(何か物凄く記憶にあるお話ですわね……あの頃の私は何かとお姉さんぶってぐいぐい引っ張るような子でしたから)


 その当時、ウィリアムという弟が生まれ、伯爵にも伯爵夫人にも”あなたはお姉ちゃんになったから、お姉ちゃんらしくこの子と遊んであげなさい”と言われたアデレードは、言われた通りに何くれとなく姉らしく彼に構って遊んでいた。


 何かとお姉ちゃん風を吹かせたい年頃だったのだ。



「そして、私は貴女にクローバーとシロツメクサが群生している場所まで連れて行かれました。そこでお互いの名前を教え合ったのです。ただ、私は少女の格好をしていたので、ローランという明らかに男の名前を名乗ることは恥ずかしく、ローランから一文字抜いてローラという名前を名乗りました。ローラなら本名から一文字抜いただけだから呼ばれても反応もしやすく、女性の名前として違和感がないからです」


 ローランにそこまで言われてアデレードは思い出した。


(完全に思い出したましたわ……! あの子、私が名前を聞いたら、もじもじして恥ずかしそうにローラと囁くように教えてくれた)

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