第40話 リリー視点
でも、アデレードから返ってきた言葉と反応は想像にないものだった。
ひどく冷たい声色であっさり婚約破棄を承諾した。
顔を歪ませて泣いて縋る反応を期待していたのに、これは期待外れよ。
しかも”婚約者がいながら他の女性に浮気するような方、頼まれても此方からお断り”ですって!?
真実の愛の前には何をしても許されるのよ!
それにあんたに魅力がないから、ベンがわたしに心を奪われちゃったのよ。
あんたのその言葉は負け惜しみよね?
プライドが高いから素直に認められないだけで。
それに気づいたわたしはくすっと鼻で笑った。
ここで話は終わりかと思ったら、ベンがさらにわたしの気分を良くさせることを言ってくれた。
わたしへの虐めを認め、わたしに謝罪しろとアデレードに要求したのだ。
わたしは被害者ぶって謝ってくれるだけで良いと寛大な台詞を吐く。
実際のところ、わたしはアデレードに虐められていない。
普通に考えて、やってもいないことで謝罪するということはまずない。
わたしがベンにたっぷりと虐めについて語ってベンの頭に浸透させたから、アデレードは実際に私を虐めていなかったという真実に気づくことはない。
だから、ここでアデレードが謝罪を拒否しても、わたしを虐めたのに虐めを認めず、しらばっくれた悪女という印象がベンに残る。
わたしはそれで十分だ。
案の定、アデレードは謝罪を拒否し、さっさと退室した。
「ごめんな、リリー。私の力が及ばず、アデレードに謝罪させることが出来なかった」
「いいのよ、ベン。あの人は自分がやったことを認めず、謝ることも出来ない人なの」
「自分がしたことを認めず謝りもしないなんて最低な女だ。あんなのと婚約していたなんて反吐が出る」
「虐めについては謝ってもらえなかったけれど、婚約破棄は上手くいって良かったわ」
「ああ。あっさり認めてくれて助かった。変にごねられても迷惑なだけだから。しかも、自分でバーンズ伯爵に伝えてくれるみたいだから、伯爵に伝える手間も省けて良かった」
「ベンの家族にはもう伝えたの?」
「伝えていない。あの頭の固い父上は絶対に認めてくれない。今回はバーンズ伯爵家の娘で婚約者を交換するだけみたいなものだから、とりあえずバーンズ伯爵に私達が新たに婚約することを認めてもらわないと……」
そんなことを話しながら、クッキーとお茶を飲んでいると(クッキーとお茶のお代わりは途中でメイドが持って来てくれた)、伯爵様が現れた。
伯爵様はアデレードとベンの婚約破棄を認め、わたしとベンが新たに婚約することを認めると私達に告げた。
わたしは嬉しくてたまらなかった。
バーンズ伯爵家で何も与えられなかったわたしが、何でも持っているアデレードに勝利した瞬間だ。
伯爵様が認めたということは正式に決まったことだ。
嬉しくないはずがない。
伯爵様はベンに手紙を渡し、ベンのパパに渡すようにと指示し、なんとわたしを今日このままベンの家の屋敷に連れて行き、そのままベンの屋敷に暮らしても構わないとベンに提案してくれた。
ベンは承諾し、わたしはお言葉に甘えることにした。
ベンの屋敷に行ってしまえば、離れでの生活からおさらばだ。
ベンの言っていた花嫁修業がちょっと不安だけど、ベンのママは優しいみたいだし、きっと何とかなる。
話がまとまり、いざ馬車に乗ろうとしたところで、伯爵様に声をかけられる。
それはベンとの結婚生活が上手く行かなくても、二度とバーンズ伯爵邸に戻って来るなということだった。
誰が戻るというのよ、こんなケチな伯爵家!
わたしはそれをそのまま伯爵様に大声で吐き捨てた。
そして馬車に乗り込み、勝利の余韻に浸る。
あの時、偶然ベンに出会ったから、こうやってバーンズ伯爵家から出ることが出来た。
勝利の余韻に浸りながら交わすキスは気持ちよかった。
これから先のベンの家の屋敷での明るくて楽しい生活に思いを馳せる。
――結論から言うと、この時、こんなケチな伯爵家に二度と戻って来ないと伯爵様に啖呵を切ってしまったせいで、わたしはバーンズ伯爵邸の離れに戻ることが出来なくなってしまった。
そして、伯爵様はわたしからその言葉を聞いて、わたしとの養子縁組は解消すると決め、この日でわたしとバーンズ伯爵家の繋がりは何もなくなっていた。
そのことに気づいた時は全て後の祭りだった――。
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