第39話 リリー視点

 そうして迎えたベンがバーンズ伯爵邸を訪問する日。


 この日は、ベンがアデレードに婚約破棄を突き付ける日だ。


 わたしは楽しみにし過ぎて、興奮のあまり昨夜は中々寝付けなかった。



 今日はいつもの時間より早めに離れから出て、ベンが来るのを今か今かとそわそわしながら待つ。


「待たせたな、リリー。さぁ、本邸の方へ行くぞ。そしてアデレードに婚約破棄を突き付けるんだ!」


「でもわたしは本邸には入れないと思うんだけど……」


 ベンが張り切ってわたしを本邸に連れて行こうとしているが、わたしが本邸に入ることは禁止されている。


 見つかり次第、強制的に離れに連れ戻されてしまう気がするのだけれど……。


「そこは私が一緒だから大丈夫だ。私から使用人に言えば問題ない。何故なら私の立場はアデレードの婚約者という客人だ。他家からの客人相手に使用人が強く出られる訳がない」


 ベンは力強く断言する。


「それもそうよね!」


 ベンがわたしを連れて離れから本邸の方へ向かう。


 手を繋ぎながら歩を進める。



 やがて本邸の入り口に到着した時、おじさんに見つかり、止められる。


 このおじさんは初日に案内してくれた人で、わたしの要求を一切聞いてくれなかった人。


 謂わばわたしの敵だ。


「ベン様。そちらの彼女は本邸に通すことは出来ません」


「わたしはアデレードの婚約者で客人だぞ? たかが使用人風情が私の連れに何か文句でもあるのか?」


「アデレードお嬢様の婚約者という立場を主張するのに、連れている女性はお嬢様ではないのですね。しかし、そう仰られるならばお通りなさい」


「私は今から本邸の応接室でアデレードに話がある。アデレードにそこに来るよう言え。アデレードに使う時間が勿体ないから急ぎで来いとも言っておけ」


「女性の支度には時間がかかるものです。急に急ぎで用意しろと言われても、困ります」


「ちっ、使えない使用人だな。とりあえずアデレードに伝言が伝わらなければ話が始まらない。さっさと行け」


「失礼致します」


 おじさんはその場から去った。


「ベンとなら本邸に入れた! 流石ベンね! 凄いわ!」



 ……この時のわたしは、このおじさんが敢えて許可を出したことに気づいていなかった。


 伯爵様もわたし達の関係に気づいていて黙認していたことも。


 それに気づかず、本邸に入れたことで気分が高揚していた。



***


 二人で応接室に到着すると、メイドがお茶を用意してくれた。


 ベンと一緒ならわたしもお客様待遇でもてなされるのね。


 お茶を飲みながら二人でアデレードの到着を待つ。



 アデレードが到着したのはそれから約二十分後。


 アデレードの分際でわたし達を待たせるとは良い度胸ね!



 今日のアデレードはパッと明るい鮮やかな黄色のドレスを着ていた。


 胸元にはドレスと同じ生地で作られた薔薇の花が縫い付けられ、スカート部分には金色のリボンで装飾されている。



 ドレスは素敵だと思うけれど、ベンはアデレードに見惚れている様子はない。


 それどころか鋭く睨みつけている。


 実際二人が顔を合わせているのは初めてみるけれど、確かにこの様子じゃ仲は悪そうね。



 そしてとうとうお待ちかねの時がやって来た。


 ベンがわたしの肩をグイっと自分の方に抱き寄せながら、アデレードに婚約破棄を告げた。

 

 さぁ、どんな反応を見せてくれるんだろう?


 わたしはわくわくと心躍らせていた。

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