第38話 リリー視点

「伯爵はアデレードの虐めに対して何か対策を取ってくれたのか?」


「いいえ。伯爵様は姉妹仲には我関せずな人だから、黙認しているの。でも、一つだけ虐めを辞めさせる為に考えている方法はある」


「どんな方法だ?」


「伯爵令嬢としての振る舞いを完璧に身につけて、伯爵様にわたしを認めさせる。そして、父という立場からアデレードお義姉様を叱ってもらって、わたしに対する虐めを辞めさせる。……という方法よ」


「なるほど。上手く行っているのか?」


「いいえ。中々認めてはもらえないの。頑張ってはいるんだけど、伯爵様の求める基準が高くてね。でも、わたしがそうやって頑張っている間にもアデレードお義姉様からの虐めは止まらない。どうしたらいいんだろう……?」


 最後に潤んだ涙目の上目遣いでベンを見つめる。



 これはママから教えてもらった男を落とす技術だ。


 それを活用する。


 ママはこの手のことの研究に余念がなかったらしく、色々な技術を知っていた。



「くっそ、アデレードめ! こんなかわいい女の子を虐めているなんて性根が悪い女だな!」


 ベンはアデレードに対して滅茶苦茶怒っている。


 この様子ならわたしの味方になってくれるかな?



「リリー。お前は悪くない。悪いのはリリーを虐めるアデレードだ。今までよく頑張ったな」



 ベンがわたしの頭をポンポンと撫でる。


 わたしはすかさずベンに抱き着く。


 ベンは一瞬驚いたようだけど、すぐにわたしを抱きしめてくれた。


「これからは私がいる。一緒にアデレードを懲らしめる方法を考えよう」



***


 それ以降、ベンはバーンズ伯爵邸に来る度、わたしのところに会いに来てくれた。


 会う度、わたしの相談に乗ってくれたり(相談内容は勿論でっち上げたアデレードからの虐め)、ベンの話を聞いたりして過ごしている。



 ただ、わたしも離れから出るのに時間制限があるから、二人で時間を気にせずゆっくり過ごすことは出来なかった。


 時間制限を破って、離れから出られなくなってしまったら本末転倒だ。



 伯爵邸に来てからこんな風にわたしに優しくしてくれる人はいなかったから、わたしに会いに来てくれるだけで嬉しかった。



 でも、ベンはわたしに会いに来る度、大抵何か贈り物を持って来てくれる。


 それは決して大きな宝石が付いているような見るからに高いアクセサリーではなかったけれど、ベンの”私がこんな贈り物をするのはリリーだけだ。アデレードには何も贈っていない”という言葉にわたしは優越感を感じ、狂喜乱舞した。



 ベンからもらった贈り物は勿論エマとノラに見せびらかして自慢した。


 見せびらかして羨ましがらせる目的で。


 でも、二人の反応はひどく冷めたものだった。


 期待した反応が見られなくて残念。



 これはもしかしたらアデレードから婚約者ベンを奪える感じかな?


 ベンは伯爵家の長男だって確か言っていたから、もし奪えたらわたしは次期伯爵夫人になれる。


 そうすればわたしに何一つ望んだものを与えてくれないバーンズ伯爵家にしがみつく必要もない。


 次期伯爵夫人として贅沢で優雅な暮らしをさせてもらえる。



 そして、何より婚約者ベンをわたしに奪われた時のアデレードの顔を見てみたい。


 慌てて取り乱すのか、ぽかんとした間抜け面を晒すのか、あのお綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにしてベンに縋りつくのか。


 いずれにしても想像するだけで最高に気分が良い。



 わたしが欲しいものを全部持っているアデレード。


 婚約者ベンくらいわたしに譲ってくれてもいいんじゃない?



 そう思っていたら、この次の逢瀬でなんとベンからプロポーズされた。


 場所は初めて出会った木の下のあのベンチで。



「リリー。わたしはアデレードに虐められても健気に頑張るリリーのことを愛している。私の真実の愛の相手はアデレードではなく、リリーだ」


「ええ、ベン。わたしもあなたのことを愛しているわ。わたし達、両想いね」


「でも、私は現情アデレードの婚約者だ。だから、リリーと結ばれる為にはアデレードとの婚約をどうにかしなくちゃならない」


「そうね……忘れかけていたけれど、ベンはアデレードお義姉様の婚約者だったわね」


「ああ。でも心配することはない! 今度、私はアデレードに婚約破棄を突き付ける。そして新たな婚約者にリリーを迎える。アデレードが婚約破棄はやめて欲しいと言ってきても、断固断る!」


「ありがとう、ベン! 上手くいくようにわたしも協力する!」


「なに、愛するリリーの為だからな。全ては真実の愛の為に!」



 ざまぁみろ、アデレード!


 お前の婚約者はお前じゃなくてわたしを選んだわ!


 わたしは心の中で勝ち誇って高笑いをしていた。



 ――この時のわたしはアデレードに勝った気満々だった。


 でも、わたしは事の重大さに全く気づいていなかった。


 わたしの立場でアデレードの婚約者を奪うということが一体どんな結末をもたらすのか。


 そして、自分がベンに語った嘘の物語ストーリーのせいで、窮地に立たされることになるなんて全く思いもしなかった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る