第35話 リリー視点

「離れに到着しました。ここが今日からあなたが住む離れになります」


 おじさんの言葉で目の前にある建物に目を向ける。


 さっきまでいた大きなお城みたいな屋敷からすると、びっくりするくらい小さい。


 外から見た感じは二階建ての一軒家みたいな建物だ。


 元々住んでいたぼろぼろの小屋よりは全然良いけれど、せっかく伯爵家に来たのにこの建物には住みたくない。


 ここはわたしが住む場所として相応しくない。



 伯爵様は何を言っても全く通じなさそうだけど、使用人にならわたしの不遇な状況を情で訴えかければ、どうにかしてやろうと思って、伯爵様に取りなしてくれるに違いない。


 さっきの伯爵様の話をさっぱりわかっていない風を装いつつ、情で訴えればどうにかなるだろう。



 そう思ったわたしは早速案内してくれたおじさんにここではなくあちらの大きな屋敷で暮らし、お嬢様として扱われたいとお願いしてみた。


 答えは速攻でノーの返事だった。 


 このおじさんも伯爵様と同じで、わたしを伯爵令嬢とは認めていないみたい。


 それどころかおじさんに正論で言いくるめられてしまった。



 その後、おじさんは大きな屋敷に戻って行った。


 要求が何も通らなくてふて寝してやろうと思ったら、メイドらしき人が来た。


 見たところ二十代半ばくらいの年齢の女性だ。


「初めまして。私は今日から離れの管理を任されることになりました。食事を運んだり、衣類の洗濯、離れの中の清掃を担当します。わたしの他にあと一人いますが、今日は彼女は体調不良でお休みしているので、ひとまず私が一人で来ました」


 使用人を寄越してくれるなんて気が利いているわね!


 ……ということは食事の片づけや洗濯、掃除はしなくてもいいのか。


 現状に不満だらけだけれど、使用人がいる生活はお嬢様らしくていいわね。


 後で色々命令しよう!


 わたしの命令を聞かなかった場合は、甚振ってやるのもいいかもしれない。


「よろしくね。わたしはリリーと言うの。今日からここで伯爵令嬢として暮らすことになったのよ。あなたのお名前は? 勤続何年目なの?」


 可愛いと言われた自慢の笑顔でにっこりと挨拶をする。

 


「私はエマと申します。途中休職を挟みますが、勤め始めて九年程になります」



 彼女はわたしの事情なんかは良く知らないはずだ。


 だってわたしは今日、伯爵家に来たばかりだから。


 だからわたしのことをよく知らない今の内に上手くやれば、わたしを可哀想に思って、わたしの為に境遇改善に走り回ってくれるに違いない。

 


「わたしね、伯爵令嬢になったのにこんな場所に追いやられてしまったの。わたしもあっちの大きな屋敷で暮らす権利があるのに、伯爵様はお前に相応しいのはこの離れだと言って、わたしの意見は取り合ってくれなかったの。エマから伯爵様にわたしを離れから大きな屋敷にお引越しさせるよう頼んでもらえないかしら?」


 いかにもしょぼくれた顔で今にも泣きそうな表情を作り、悲し気に言う。


 わたしみたいな可愛い女の子が悲しそうににしているんだから同情してくれるはず。


「お断り致します。私も旦那様からあなたのことについて事前にお話は伺っております。旦那様からの指示にあること以外は致しません」


 にべもなく断られた。


 エマはわたしのことをよく知らないとばかり思っていたけれど、知っていたんだ。


 全く本当に余計なことをしてくれるわね!


「あなたが勘違いしないように最初に言っておきますが、私はあなたが快適に過ごせるようにここに派遣された訳ではありません」


「え……? わたしが快適に過ごせるようにする為のメイドじゃないの!?」


「違います。私がここに派遣されたのは、離れの管理という点からです。あくまであなたの世話ではなく、管理目的です」


「わかったわ。じゃあ、エマ。早速だけど、わたしにフルコースの料理を用意してちょうだい! お腹が空いちゃって……」


「それは致しかねます」


「何でよ!? わたしの食事を運んで来るのは仕事だって言っていたじゃない」


「私がやるべき仕事内容であれば、全てあなたの命令通りにやる訳ではありません。平民の生活水準という点は変更なしです。フルコースの料理は平民の生活水準ではありませんよね?」


「くっ……!」



 この後も色々命令してみたけれど、どれ一つとしてエマは命令を聞いてくれなかった。


 何を言ってもはいはいという感じであしらわれ、全く相手にされなかったのだ。


 相手にされないから、わたしの命令を聞かないということで、甚振ることも出来ない。


 初日にはいなかったもう一人のノラっていうメイドもエマと同じで、私が何を言っても相手にしないタイプの人間だった。




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