第30話
実はベンはアデレードの誕生日の贈り物をする為の代金は毎年トーマス伯爵夫妻から預かっていた。
渡された金貨で、トーマス伯爵家御用達の商人が来た時に注文して購入するということになっていたのだ。
だが、ベンは気に入らない婚約者に贈り物をするより自分のものを買った方が有益だと判断し、結局、誕生日の贈り物に使われるべきだったお金は全てベンが自分自身の為に使ってしまっていた。
なので彼にとっては、アデレードの誕生日は一年に一度の臨時収入がある時だという認識だ。
「ベン様からは一度も。そうですわよね、お母様」
「そうね。一度も届いてはないわね。アデレードの誕生日パーティーは毎年主催して、毎年トーマス伯爵家の皆様を招待しているけれど、パーティーの日にご子息様個人でアデレードに贈り物を用意して渡すこともなければ、後日配送されてくることもなかったわ。トーマス伯爵夫妻からの贈り物は毎年頂いておりますけれど」
「完全に私達夫婦の監督不行き届きだわ。ランチの時に言った件については気づいたけれど、まさか誕生日の贈り物までそんなことをしたなんて……! 誕生日の贈り物は頂くばかりで、アデレードちゃんの誕生日に何もお返ししていないなんて思ってもみなかったわ! 何てことよ……。今、謝っても仕方ないけれど、謝らせて欲しいわ。本当に申し訳ございませんでした」
バーンズ伯爵夫人は頭を抱えた後、謝罪する。
「頭を上げて下さい、トーマス伯爵夫人。私は夫人に謝罪をして頂く為に、言ったのではありません」
「そうですわ。婚約者から個人的にお祝いの贈り物を頂いたら、相手の時はお返しする。これは常識であり、ご子息様にその常識がなかっただけのこと。こんな常識的なことまで親が監督しなければ出来ないというのはあの年齢ではおかしなことです」
まだ十歳にもなっていないような子供ならいざ知らず、ベンの年齢で贈り物を頂いたらお返しするのを親に監視されなければ出来ないというのは年齢にそぐわない。
「お二人はそう仰ってくれているけれど、わざわざ私達が言わなくてもわかるだろうと言わず、確認しなくても購入代金はきちんと渡していると最後アデレードちゃんの手に渡るまで確認しなかった私達に責任があると思うの。夫ともこの情報は共有して、もしもこの先、機会があるならベンを問い詰めたい気分だわ」
「そう言えば詳しい話はまだ聞いていないのだけれど、あのお二人は結局どのような処断を下されたのですか?」
バーンズ伯爵夫人が質問する。
ランチ会では二人が結局どうなったのかという話はしなかったので、この場でトーマス伯爵夫人に尋ねようと思ったのだ。
「ベンは貴族籍を抹消。あの彼女と一緒にトーマス伯爵邸から追放しましたの。次期トーマス伯爵夫妻として彼らを認めないということね。貴族籍抹消の届け出はもう提出したから、そろそろ王宮から処理完了の通知が届く頃よ」
トーマス伯爵夫妻は今日、バーンズ伯爵邸に来るまでに既にベンの貴族籍抹消の手続きは完了させている。
王宮の関係部署が処理を終えたら、それを通知する手紙が届くので、届いたら名実共に除籍されていることになる。
つまり、ベンの身分は近々平民になり、もうトーマス伯爵邸に足を踏み入れることは出来ない。
強引に踏み入れようとしても、門の前で止められ、平民による不法侵入ということで憲兵のお世話になることになる。
「そうでしたのね。ではこれからは三人家族になるのですか」
「だから、トビーには頑張ってもらわなければ。今まではベンの補佐ということで勉強させていたけれど、後継者としての勉強に変更しなければならないわ」
「トビー様もベン様の飛び火で立場が変わりますのね。補佐の予定が後継ぎに変更するのは、本人にとって良いことなのかわかりませんが、頑張って欲しいですわね」
野心のある者なら、今のトビーの状況は運が回って来たと思うかもしれないが、そうではない者も一定数いる。
補佐だからプレッシャーを感じず生きていけたが、長男が死亡する等事情があって後継ぎの立場になると急に重責がのしかかってくるような感覚に襲われるという者も少なくない。
トビーがどちらのタイプかわからないが、彼もまたベンの尻拭いをしなければならない者の内の一人だ。
そんな話をしていると、サロンにバーンズ伯爵とトーマス伯爵、それからウィリアムとトビーがサロンに現れた。
「そろそろお話は終わったか?」
「ええ、終わったわ」
「では、帰るか。バーンズ伯爵一家の皆様。本日はお時間を頂き、ありがとうございます。ベンとアデレード嬢の婚約は解消とはなったけれど、それで付き合いも終わらせるのではなく、今後も付き合いを続けたい。これからもよろしくお願いします」
「此方も同じくだ。またパーティーを主催する時等には声をかけて欲しい」
こうして、トーマス伯爵夫妻とトビーのバーンズ伯爵家訪問は終わった。
そして、婚約破棄騒動も書類上の処理が終わり、一応は終息した。
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