第6話

 伯爵とアデレードはお互いにリリーがやって来た当初のことや初めて顔を合わせた時のことをそれぞれ頭の中で振り返っていた。


 あの頃から今現在に至るまでリリーの思考は悪い意味で全く変わっていない。


 あれだけ離れから本邸への移住、ドレスや宝石の類の要求をして一度たりとも要求が通っていないのに未だに諦めていない。


 普通は途中でそれまでに言われた言葉を思い返し、そこで気づいたり理解したりするはずだが、リリーは全くその様子がない。


 そして相も変わらず”自分は伯爵令嬢なんだからそれらしく扱え”という態度だとメイドからの報告書にはある。


「そう言えば、お父様。その婚約破棄に関してベン様が妙なことを口走っておりました。私がリリーを虐めていると」


「アデレードとリリーは殆ど顔を合わせていないだろう。そんな相手に虐めるも何もないと思うが」


「ウィリアムと裏庭に咲いたマリーゴールドの花畑を見に行こうとした時に遭遇しましたが、それ以来全くですわね。あの時の”あんた達”呼ばわりは忘れたくても忘れられません。貴族社会では5歳の子供でも自分と相手のどちらの立場が上なのかうっすら察することが出来るのに」


「自分の立場を全く理解していないな。私は養子縁組の手続きをする際に一から十まできちんと説明し、家令のテレンスも初日に彼女に釘を刺したが、言葉が全く響いている様子がなかった。離れではなく本邸の方で暮らしていた場合を想像するとゾッとする。離れで暮らさせることにして正解だったな。過去はどうにもならないが、居候ごときがアデレードとウィリアムにそんな呼び方をするとは許し難い」



 リリーが離れではなく本邸で暮らしていた場合。


 自分の立場を完全に勘違いして現状よりもっと酷い状況になっていたに違いない。


 伯爵家御用達の商人が訪れた時に、勝手にドレスやアクセサリーを度が過ぎる注文頻度で注文していたかもしれない。


 また、こっそり隙を見てアデレードの部屋や伯爵夫人であるアイリスの部屋に侵入し、宝石のついたアクセサリーや大切なものを盗んだり、強請られた側があまりのしつこさに嫌になって手放すまで繰り広げられるであろう執拗なちょうだい攻撃が起きていたかもしれない。


 日頃の生活態度もメイドに対してやたら偉そうな態度を取り、こき使ったり、気に入らないメイドをいびったりなどもっと増長していたかもしれない。


 きちんとした理由があって離れで暮らさせたが、断固として彼女の要求を聞かない方針で正解だったと思わざるを得ない。



「元はと言えば私達がお父様に報告せずにあそこに足を運んだことが悪かったのです。それに、その失礼な呼び方を理由に私達姉弟はあなたと仲良くする気はないと主張出来たので悪いことばかりでもありませんでしたわ」


「初対面で礼儀のなっていない名前の呼び方をする相手とは仲良くする理由はないな。それはさておき、虐めとは具体的に何をしたことになっているんだ?」


「言っていたのは、食事を抜くことと本邸の中に入るのを禁止することですわね」


「事実を少し捻じ曲げた程度か。あんまり大きく法螺を吹くと後ででっち上げが発覚するとやり返される。ただ、私達からすると事実を少し捻じ曲げた程度にはなるが、リリー本人は本気で虐めだと解釈しているかもしれんな」


「確かに。お父様は彼女に相応しい待遇を用意しただけなのに、少し変えれば虐めの内容に早変わり。食事を抜いたと言っても本当に全く食事を出さず飢えさせたという訳ではなく、彼女が満足する食事内容ではなかっただけ。私が彼女への個人的な嫌がらせや意地悪で本邸に足を踏み入れないように手を回したのではなく、理由があって家長であるお父様が禁じた。詳しく調べれば、我が伯爵家の方に正当性は認められますので特に心配するようなこともありませんわ」




**********


読んでみて、もし面白いと思われましたらフォローや☆、♡で応援して頂けると嬉しいです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る