第5話

 その日は雲一つない綺麗な青空が広がり、爽やかで気持ちの良い風が吹いているよく晴れた日だった。


 ちょうどリリーが離れから出て、裏庭を散歩していた時に彼らに遭遇した。



***


 リリーは日中離れで何をしているかと言えば、文字の読み書きと基礎的な計算を伯爵が手配している家庭教師から習っている。


 リリーは文字を読めはするものの書けず、基礎的な計算も出来ているとは言えなかった。


 彼女に限らず、平民で彼女と同じ年頃の子供は文字の読み書きと計算は出来ない者の方が大半だ。


 文字の読み書きと計算が素早く正確に出来るだけで、市井で働ける場所は増える。


 彼女が成人し、伯爵家を出た後、何の仕事に就くにせよこの二つは出来て困ることはない。



 なので、伯爵はとりあえず文字の読み書きと計算を教える教師を手配し、授業を受けさせた。


 教師と言っても、アデレードとウィリアムが教わった教師よりもランクは数段下で、普段は男爵家や子爵家など下級貴族の子女に教えている。


 この教師は厳格な夫人で、指導には定評があり、指導と称して生徒が間違う度に鞭打ちするなどの体罰を好むという癖もないので選ばれた。


 しかし、せっかく家庭教師を手配しても教わる当人のやる気がなければ話にならない。


 そこで、伯爵が授業を真面目に受ければ、時々気分転換に離れから出て散歩をして良いとやる気を出させる為の餌を用意した。


 当然無条件ではなく、メイドが監視の為に一緒に行動する・一時間以内に離れに戻る・散歩可能な場所は離れ付近のみという条件付きだ。


 リリーは離れから一歩も出られない生活に余程鬱屈していたのか、真面目に授業を受け、ついに今日その許可が下りた。



 そのような経緯でリリーは離れから出て離れの付近の裏庭を散歩をしていたのだが、金髪の少女と少年が二人で歩いているのが彼女の視界に入る。


 二人の金髪は太陽の光を浴びてキラキラと輝いているのが遠目にもわかる。


 それはこれと言って特に特徴のないリリーの茶髪とは大違いだった。



 リリーは伯爵には会ったが、実は伯爵の子であるアデレードとウィリアムは紹介されていない。


 少女はリリーの憧れのドレスを着ているし、少年の方も明らかに良家のお坊ちゃんが着てそうなフリル付きのシャツに繊細な刺繡入りの上等な上着を着ている。


 服装や自分とそう年齢が離れているようには見えない容貌からこの二人が伯爵の子達ではないか。


 リリーはそう推測した。



 伯爵にドレスや宝石を要求しても全く聞いてくれず、どんなにごねても離れでの生活から脱却させてくれない。


 ならば、伯爵の子と仲良くなって、そこから伯爵に便宜を図ってもらう。


 彼らと仲良くなれば、彼らと一緒に大きな屋敷の中で一緒に過ごすのは全く不自然ではない。


 伯爵も自分の子から言われたら断らないだろう。


 ここで遭遇したのは千載一遇のチャンスだ。


 一瞬でそこまで考えたリリーは彼女を監視していたメイドが止める間もなく勢いよく二人の方へ駆け出し、二人の目の前に躍り出た。


 残念ながらメイドよりもリリーの方が足が速かった為、メイドの制止は間に合わなかった。



 リリーは近くで見たアデレードが自分の欲しいものを全て持っていることに気づいた。


 金糸の刺繡の入った上品な薄紫色のドレスに首元には大きなダイヤモンドのペンダント。

 

 艶やかな金髪は毛先だけくるくると巻かれ、薄化粧を施されている。


 それは明らかにメイドの手によって綺麗に飾り立てられた姿だった。


 自力で着脱可能な町娘が着るようなワンピースに、飾り物の一つもない自分との差にリリーはぎりぎりと歯軋りする。



 だが、そんなことよりも今はこの姉弟と仲良くなることが優先だ。


 仲良くなれたら自分も同じようになれるのだとリリーは自分に言い聞かせる。


「ねぇねぇ、あんた達は伯爵家の娘と息子よね? わたしの名前はリリー。わたしもこの前、伯爵家の娘になったの。同じ伯爵家の子供同士、仲良くしましょう?」


 湧き上がる嫉妬心を抑えつつリリーはにっこりと、だが目的の為に打算的に仲良くなるという隠しきれない欲望をぎらつかせた瞳で笑いかける。


 それは醜悪な笑顔だった。



 アデレードとウィリアムはリリーをそっちのけにして、小声でひそひそと話をする。


「アデレード姉様、これって例の子だよね? 僕、あんな失礼な口を利かれたの初めてだよ」


「名前と特徴――茶髪に黄緑色の瞳――は合っていますわね。お父様も万が一彼女に遭遇しても相手にするなと仰っていましたから、余計な関わりにならないようにもう今日裏庭でお花を見るのはやめておきましょう」


「そうだね。せっかくアデレード姉様とわざわざ裏庭の方のマリーゴールドの花畑を見に来たのに、お邪魔虫のせいで台無しだよ。本邸の方の庭園で違うお花を見よう。僕達の為にわざわざ料理長が作ってくれた軽食が入ったバスケットはお天気が良いからお外で楽しみたいしね」


「ええ、そうしましょう」



 姉弟の間で話がまとまったところで、二人はリリーと対峙する。


「リリーさん、と仰ったかしら。私は伯爵家長女のアデレードと申します。隣にいるのは伯爵家長男のウィリアム。私の弟ですわ」


「アデレードにウィリアムね。覚えたわ」


「覚えて頂かなくて結構ですわ。私達はあなたと仲良くする気はございません」


 アデレードは熱を感じられないアイスブルーの視線でリリーを力強く真っすぐに射抜く。


「どうして? わたしは仲良くしたいのに……」


「私達はれっきとした伯爵家令嬢と令息。それに対してあなたは単なる居候。それにもかかわらず、初対面でいきなり”あんた達”呼ばわりに敬称なしでの名前の呼び捨て。平民同士の間ではそれは通じるのかもしれないけれど、ここではそれは通じません。自分の立場がわかっていない失礼な居候と私達が仲良くする必要性を感じられないわ。ましてや”同じ伯爵家の子供同士仲良くしよう”だなんて」


「そんな言い方しなくても……酷い!」


「あなたがどう思おうと私達には関係ありませんわ。私達はもう行きますので後はご自由に。御機嫌よう」


 アデレードとウィリアムはその場を去った。



 ――これがバーンズ伯爵家姉弟とリリーの初対面だった。


 バーンズ伯爵家の令嬢として本邸でお嬢様の暮らしをしているアデレードに遭遇したことで、これを機にリリーは彼女のような伯爵令嬢として扱われることにますます執念を燃やすようになった。




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