第2話 出題編

「それで、今回はいったい、どこの誰が困っているんだ?」

 俺の前に小森こもりが姿を現すとき、彼女の胸にはひとつの謎が抱えられている。

 その内容は大概、小森本人にはまるで関係のない、顔も名前もわからない誰かの悩みごとである。そして、毎度ながら、その誰かというのが非常に胡散臭い。

「さすが澄明すみあきくん、話が早い。実は、わたくしの同級生の友人、その姉のボーイフレンドの妹――……」

 どうやら今回も例に漏れないらしい。延々と言葉が連ねられる。

「――その兄のバイト先の店長、その店長さんこそが今回の依頼人なのです」

 終わったようだ、ようやく。

「店長さんには小学二年生になる娘さんがおり、その娘さんの学級で、連続盗難事件が起きているそうなのです」

「連続、盗難事件?」

「はい。学級内で飼育しているペットが盗まれているだとか」

 俺の興味を引いたのは「盗まれている」という表現だった。現在進行形である。

「なんだ、その学級はペットを複数匹飼っているのか?」

 金魚や養殖メダカが頭を過ぎり、そういえば自分の学級ではザリガニが飼われていたことを思い出す。あれはひどかった。雄同士を一緒の水槽に入れたのが良くなかったのか、最終的には共食いを始めてしまい、生き残った一匹もほどなくして死んでしまったのだ。

「ペットは担任の先生が知り合いから譲ってもらったものです。当初は一匹だけ飼育する予定が、あれよあれよという間に、どうしてだか八匹になってしまっていたそうで」

「ずいぶん行き当たりばったりだなぁ。飼育設備は足りたのか?」

「用意していたカゴひとつで間に合ったようですね。ですが、さすがに低学年の学級で八匹ものペットを世話し続けるのは難しい。そこで、先生は学級内から七匹分の里親を募集しました」

「里親は決まったのか?」

「はい。壮絶なるジャンケン大会の末、七名の児童に親権が委ねられました」

「ジャンケンね。微笑ましいな」

 俺が笑みをこぼすと、つられて小森も薄桃色の唇を綻ばせた。

「すぐに引き取られたわけでなく、折を見て、それぞれ連れて帰ってもらう手筈だったそうです。ですが……」

 途端、小森から微笑が消える。感情の抜けきった冷たい面立ちが恬淡と語り始める。

「学級にペットが迎え入れられてから三週間――ここから盗難事件が始まったのです」


 + + +


 いわゆる第一発見者は、飼育当番の少年だったという。

 いつものように餌やりをしようとしたところ、ふと少年は、どうにもペットの数が足りていないことに気付いた。七匹しかいない。慎重に数え直してみても結果は同じだった。

「彼はすぐさまクラスメイトに報告しました。ですが、最初ばかりは、うっかり逃げてしまったものとして片付けられたそうです」

 もっともだ。そして、通常ならそこで終わる話である。

「ですが、また翌朝に一匹、さらに翌朝には二匹まとめて……。これだけ被害が続けば偶然や不注意だけでは済まされなくなります」

「担任教師の対応は? 二匹目が盗まれたあとに多少なりと対策はしたんだろう?」

「いえ。特に、なにも」

「は?」

 喉から素っ頓狂な声が上がる。対して、小森は淡々と語り続けた。

「不思議だね、先生にもわからないな、諦めるしかないかも――そんなコメントしかしないのだそうです。子ども相手だからと侮って、事件の発生そのものをうやむやにしようとしているのでしょうか?」

 小森の見解も一理ある。学級で盗難事件が起きようものなら、それが解決しようと迷宮入りになろうと、どっちにしたって担任教師には相応の責任が追及される。それを免れるためには、事件そのものをなかったことにしてしまうのがもっとも手っ取り早いだろう。

 だが、どうにも煮え切らない教師の態度には、もっと別の意図が隠されているような気がしてならなかった。それがなんであるか想像がつかないまま、小森は現場の状況について着々と説明していく。

「カゴは教室内に置かれています。教室はホームルーム終了時、教師の立会いの下で鍵当番によって施錠され、鍵は職員室にて厳重に保管されます。体育や課外活動など教室が無人になるときも同様です」

「休日は? ペットは教室に置きっぱなしだったのか?」

「はい。ですが、昼に一度、飼育当番が餌の世話をしにやってきます。ただ、防犯上の理由から、休日に児童が教室を利用する際には教師の同伴が義務づけられています。鍵を取り扱っていいのは同伴の教師だけです」

「戸締りや鍵の管理は万全だな。ということは、外部犯の可能性は低いってことになる」

「少なくとも、児童らはそのように考えています」

 つまり、内部犯――クラスメイトによる犯行が疑われているのだ。

 動機については、里親を巡る争奪戦が開催されたという事実だけで事足りる。里親になりこそねたクラスメイトによる犯行。そのように考えてしまったとしても無理からぬ話だろう。


 俺は口元に手を当て、視線を床に落とした。頭の中に散らばった情報を精査する。

 無言になった俺を、小森はまっすぐ見据えた。

「……現在、学級全体は疑心暗鬼に包まれており、依頼人の娘さんは学校が楽しくなくなったと嘆いています。このままでは残りの三匹も……ねえ、わたくしの探偵さん、どうか助けてください」

 梨の花のように白い頬。黒々した瞳が、ぽっかりと開けられた穴のように見える。

「どうかこの連続盗難事件の犯人を突き止めてあげてください」

 そう語る小森の声は、あまりにも滑らかで聞き心地が良い。あたかも用意された台本を読み上げているだけのように聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る