小森専属「わたくし探偵」によるペット連続盗難事件

まがむし

第1話 導入編

 レンズ越しに、襟に白いラインの入った紺色のセーラー服が見える。ここから徒歩二○分のところにある市立中学校の制服だ。髪型はきっちりと整えられたショートボブ。黒髪の艶やかさと相まって日本人形を彷彿させる風貌だ。しかし、やたらぱっちりと開かれた主張の強すぎるアーモンド形の瞳が、彼女の本質が奥ゆかしき大和撫子とは真逆であることをほのめかしている。

 ドア越しの少女は、あたかもこちらの姿が見えているかのように、魚眼レンズを交えて俺に視線を絡めてきた。

「開けてください、澄明すみあきくん。あなたの可愛い小森こもりです。新聞の勧誘ではありません」

 こちらの名を呼ぶ穏やかな声音に、俺は間髪入れずに言い返す。

「帰ってくれ、俺は忙しい。大学に提出するレポートの期限が間近に迫っているんだ」

 期限間近であることについては事実だ。しかし、だから忙しいというのは完全に方便である。今回のレポート提出を、俺はすでに諦めている。

「レポートの片手間で構いません。澄明くんの知恵をお借りしたいのです」

 中学生らしからぬ畏まった喋り方は小森なりのこだわりらしい。そして、年上である俺をくん付けなどして馴れ馴れしく呼ぶのもまた、彼女流の親愛表現であるという。もっとも本人による証言なので当てにはできないが。

 俺はドアノブに手をかけないまま踵を返そうとした。

 だが、小森は声量をいくらか高め、お決まりの台詞を言い放つ。

「助けてください。わたくしの探偵さん」

 いたいけな少女を戸口で「助けて」と叫ばせる俺を見て、他人はいったいどう思うだろう。大家に睨まれるだけならまだしも、近隣住民に通報でもされた日には――……考えたくもなかった。

「騒がないでくれ、頼むから。そこで騒がないでくれ」

 早口に言い、急いでドアを開く。

 玄関口に佇む小森は会釈ひとつしないまま、ただ悠然と俺を見据えている。


+ + +


 年季の入った四畳半に上がり込んだ小森は、室内をきょろきょろと見回した後、彼女の定位置である敷きっぱなしの布団の上にちょこんと正座した。

「どうぞ、おかまいなく。――ちなみに御存じでしょうが、わたくしはお茶請けならキャラメル味のラスクが好きですよ?」

「招かれざる客がなにを言う」

 俺はぶっきらぼうに吐き捨て、ぺらぺらの座布団に腰を落とす。

「おまえには茶の一杯さえ惜しい。ああ、水道水なら出してやらないこともない」

「相変わらずつれないですねえ、わたくしの探偵さんは」

 小森と初めて出会ったのは、この木造アパートに俺が入居して間もないときだった。

 当時まだ小学生だった小森が自宅の鍵を失くして途方に暮れていたところ、俺が偶然通りかかり、彼女の証言だけを手掛かりに鍵を見つけてやったのが始まりだった。なんてことない、俺でなくとも解決できたであろう、本当にささやかな手柄である。だが、当事者はそうと思わなかったらしい。

「ありがとうございます。また助けてくださいね、わたくしの探偵さん」

 以来、俺は小森に「私立探偵」ならぬ「わたくし探偵」として認められている。

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