エピローグ
第6章 海浜都市レオーネ編 エピローグ(1)
クラウディア達がレオーネを去り、次の町に向けて旅立った、その日の夜。
聖塔の地下牢で眠っていたミラは、石室の暗闇の中に突然現れた眩い光に気づいて目を覚ました。
光の色は、見覚えのある金色。
それでミラは、誰が何のために何をしに来たかを悟った。
その間に、まるで空間に開いた扉のような金色の光溜まりから、ひょっこりと一人の少年が出て来て、冷たい石の床に降り立った。無邪気さを残す顔立ちに、鳥の頭のように無造作に跳ねた金色の髪、そして瞳が、冷たい闇の中に煌々と煌いていた。
金色を振りまく少年は、不機嫌そうな顔を向けてくるミラに気づくと、軽く手を挙げた。
「やっほー、ミラ。大変だったね。まさか捕まっちゃうなんて」
「見ていたということは、これくらい想定内なのでしょう」
答えたミラに、金色の少年――《十二使徒》セルフィは、にかっと笑って見せた。
「うん、迎えに来たよ。母様が帰って来いってさ」
「それであなたが来てくださったというわけですか」
「そゆこと。ここ寒いし、早く帰ろうよ。ミラも寒いでしょ?」
「そうですわね。母様への報告もありますし。いつまでもここに留まるつもりもありませんでしたからね。あなたもお迎え役ご苦労様。助かりますわ、セルフィ」
「ううん、別にいいよ。大した仕事じゃないし。あ、そうそう。母様からミラに伝言」
「伝言?」
「えーっと、『役は十分果たしてくれた。よくやった。《鍵》を忘れないように』だってさ」
意味を取れていないセルフィの伝えた『母様』からの伝言に、ミラは降参したように笑う。
「やはり、掌の上ですのね……その千里眼、さすがは母様ですわ」
呟き、ミラは石室のベッドから立ち上がると、牢を出る支度をした。とは言っても、武器である細剣は没収されており、手元にあるのは黒い外套だけだったが。
「できることなら、細剣を回収しておきたかった所ですが、贅沢は言えませんわね」
「これ?」
そう無造作に言ったセルフィの手元には、まさしくミラの細剣があった。金色の光がまだ残っているのを見る限り、まさに今ミラの言葉を聞いてどこかから拝借するように取ってきたものらしい。剣を受け取ったミラは少々不安を覚えながら訊いた。
「セルフィ。それ、どこにありました?」
「なんか、見張りの人達の休憩所みたいな所」
「……見つかりませんでしたの?」
「んー? 剣のあった場所に手を伸ばしただけだから、気づかれなかったと思うよ?」
何でもないことのように話すセルフィに、ミラは不安の混じった溜め息を吐いた。
「セルフィ……感謝しますけれど、あなたはもう少し注意深さというものを覚えた方が今後のためにもよろしいと思いますわよ。自由自在に近い力を持っているとはいえ、あなただって決して無敵ではないのですから。母様のことを考えるなら、もう少し慎重になさい」
「お説教やだー。いいから早く帰ろうよ。もうここに用はないんでしょ?」
「はいはい、そうですわね。行きましょう」
セルフィに急かされるミラは、石の廊下に目を向けながら、半ば呆れ交じりに言った。
「それにしても、こんな形で脱獄を許すようでは、ここは監獄としては形無しですわね」
「それはそうよ。ここは罪過を濯ぐ女神の社で、罪科を咎める監獄ではないもの」
その言葉に答える声が、おもむろに冷たく暗い石の廊下を歩いて来た。暗い中で手にしたランプに照らされるその顔が、まるで予見していたかのような目で牢屋の中の二人を見ている。その目には、脱獄を目の前にしていながら、追う意思が感じられなかった。
ミラは、セルフィを背中に回しながら、その声の主――シャーリィに言った。
「シャーリィ様……やはり、貴女も予見していらっしゃったのですね」
「夢見の勘はなぜかいい方でね。そっちの子は、お仲間?」
「ボク?」
首を傾げるセルフィを後ろ手に庇いながら、ミラはシャーリィに問うた。
「私が行くのを止めないのですか。脱獄を許したとなれば、聖塔の管理者であるあなたにも責任の火が飛びませんの?」
「空間転移で逃げられた、って説明すれば、仕方ないって思われてくれるんじゃないかしら。それに、今更責任逃れなんてするつもりはないわ。ずっと、裁かれなければいけない身のようなものだもの。セレニアを見殺しにして、ゼノヴィアを庇いにも行かなかったあの日から」
自嘲を混ぜたシャーリィの言葉に、ミラはなぜか胸がキリキリと痛むのを感じながら、問いかけるようにシャーリィに言った。
「シャーリィ様……私を見逃すということは、たとえ市民の人々がそれを知らないとしても、私達の計画を野放しにするのと同じですわよ。国の平和を守る六星の巫女として、許してはいけない……貴女自身も、許されてはいけない行動だと思われますけれど」
「そうね。けれど、あなた達はクラウディア達が止めてくれる。それに、たとえ止められなかったとしても、その先の未来はあなた達が作る。これはそういう勝負。でしょう?」
何かを見通したようなシャーリィの言葉に、ミラは息を呑むと、油断を消した目でシャーリィを見た。
「シャーリィ様……貴女は、何かを知っているのですか?」
「ううん、ただの勘よ。女神様の力のおかげで、人より少し良く見えるだけの、ね」
睨むような目を向けてくるミラをなだめるように微笑みながら、シャーリィは言った。
「あなた達は――革命を起こそうとしているんでしょう? 魔女と人間の間にある認識の壁を壊して、新しい世界の姿を作り出すための」
「そこまで知っていて、私達を止めないということは……貴女も……」
「そうね、同罪よ。六星の巫女として言える立場ではないかもしれないけれど……あなた達のその戦いがどんな新しい世界の姿を生み出すのか、ちょっと信じてみたくってね」
シャーリィは自分に呆れるように笑って、心を託すようにミラに語りかけた。
「私もあなた達のように、あの日の傷跡を忘れられることはない。けれど私には立場があるから、あなた達のようなことはできない。だから、あなた達に託してみたいの。私が動けない分、革命の旗を振るあなた達が、戦いの果てにこの国を少しでも変えてくれることを。セレニアとゼノヴィアの無念が報われるような結末を、私はあなた達に託してみたい」
「そうやって、また他人任せにするんですのね。母様にはとても聞かせられませんわ」
「恥知らずと言われても、今の私にはここでやるべきことがあるから。私は私の信じる使命を全うする。だから、あなた達はあなた達のやり方で、信じる道を突き進むといいわ」
困ったように笑って見送る目を向けるシャーリィに、ミラは鋭い目を向けながら言った。
「重ねて申し上げますけれど、私達を見逃したことについて、私達は一切責任を持ちませんわよ。それに、貴女の望んだような結末になるとは限りません。この選択が貴女に後悔をもたらすとしても、私達は責任を持ちません。それを心得ておいででしょうね?」
「もちろん。それに、そんなことにはきっとならないわ。あなた達もクラウディアも、心の底は同じはずだから。あなた達はきっと、願いを叶えられる。私はそう信じているわ」
祝福の聖女の願いを乗せた言葉に、ミラは小さく目を閉じると、言った。
「見逃してくださること、一応感謝しておきますわ。行きましょう、セルフィ」
「あ、ちょっと待って!」
去ろうとしたミラを、シャーリィが慌てて引き留めた。
「何ですの?」
振り返ったミラに、シャーリィは真心を贈るような目をして、言った。
「ゼノヴィアに伝えてほしいの。私もクラウディアも、貴女を信じているって」
「……伝えておきますわ。それでは、またいずれ」
数瞬の間の後にミラは答え、金色の少年と共に、光の門の中に姿を消した。後に残されたシャーリィは、空になった地下牢の中でランプの光に照らされながら、しばらく佇んでいた。
彼女にも、ある程度の推測がつけられているだけで、ミラやゼノヴィア達の《計画》の全貌を知っているわけではない。ただ、クラウディアやミラがこの町で残していったいくつかの言動から、シャーリィは彼女達の行動の底に流れているものにある確信に近いものを感じ、そこにある可能性を信じたいと思うようになったのだ。
亡き炎星・セレニアの意志を、それぞれの形で継ごうとするミラ達とクラウディア。
そこに流れている意志の源が、同じ所にあるのならば――いつか、二つの分かれた道は、どこかで一つに繋がる……そんな『予見』をシャーリィは見出し、また信じようとしていた。
(今はまだ、暗いけれど……いつか、あの子達が救われる日が来ますように)
シャーリィが祈りを送ったその頃、地下室の窓の外から微かな薄明りが入ってきた。夜明けの朝の霞んだ空気が、暗闇に閉ざされていた地下牢をゆっくりと明るくしていく。
「――私も、今はできることをするわ。だから、未来を信じて待っていて。セレニア」
心の中の友に送る小さな決意を口にすると、シャーリィは明けていく海辺の空を見に、地下室を出て、町を見渡せる教会の展望台へと昇って行った。
アスレリア聖王歴1246年、8月25日、早朝。
眩い光を放つ太陽が水平線から昇り、レオーネの町を新しい朝の色に染めていた。
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