第55話 世界の崩壊

この精霊さん――エーテルさんの暴走はこの辺りで何とか食い止めなきゃ。

「あのー、いい加減そろそろ私の話を聞いてくれませんか?」

その言葉に『私困ってます』の圧を込めた日本的笑顔を添えて……

「はいっ! 創造神様の仰せのままにぃぃ!!」

何だか思ってたよりもかなりオーバーリアクションだけど、静かになってくれたからまあいっか。


「あのー、誤解しているようですけど、私創造神どころか神様ですらないですから。ドワーフの里出身の単なる錬成美少女ですから」


そんな噛んで含めるような私の言葉を受け、エーテルさんは深く頷いた。

よかった、やっと分かってくれたみたい。


「はい、そういう設定ですね。理解しました」

分かってなかった!

「いやあの設定とかじゃなくって――」

「でも我々精霊の目にはあなた様の魂が重なり合っている様子がはっきりと映っているのです。本来のドワーフ美少女の魂、そしてそれに可逆的に混ざっているもう一つの魂が」


あ、それって転生した私の魂の事だ。

前にセントラルちゃんにも指摘されたっけ。

そっか、精霊には見えちゃうんだ……


「あの、それだったら私が『異世界転生』してきたから、ですよ? 私は単なる人間で、ちょっとした事故でうちの世界の神様とえにしを結ぶ事になっただけなんです。こちらの神様達とはその際に知り合ったんですよ」

「実花の言う通りにゃ」

「だワン」


それから三人掛かりで説明を続け、何度繰り返し『私は神じゃない』と言い続け、今度こそようやく分かってくれたみたい。

「そうでしたか……それは大変失礼いたいしました」

「いえいえ、分かってくれて良かったです。そんな風に誤解されないようにって、丁度今ここを撤去して引っ越そうか相談してたところだったんです」

「――そうですか」


あれ、さっきまでと打って変わって今度は沈んだ表情に?


「あのー、どうかしました?」

その表情が気になった私は、何となくそうエーテルさんに訊いてみた。

「ええ、その……」

エーテルさんはそこまで言って少し言いづらそうな感じで一度口を噤んだけど、やがてゆっくり言葉を続けた。


「本来はこの世界の人間や魔物、それに動植物などにも言っちゃいけない事なんですけど……」


あ、これ訊かなきゃよかったパターン?


「実は精霊界でちょっと問題が……私の領域の中に大きな『穴』が開いてしまいまして……」


穴……?


「地面に? だったら埋めたらいいだけなんじゃ――あ、それとも穴が大き過ぎて埋める土が足りないとか? だったら思いきって湖にリフォームしちゃったり――」

「いえ、その……お恥ずかしながら私の領域というのは『空』なので、その……『空間』に穴が開いちゃったんです」


へえ、空間に穴って開くものなんだ……

あ、でも『時空間魔法』とかあるくらいだからこの世界じゃ普通なのかな……?

なんて考えてる私の隣で――


「にゃっ!?」

「ぅワン!?」


妙に反応が大きいバステト様とアヌビス様。

えっ、もしかしてコレ……大事件発生!?


「にゃあ! そのあにゃってどれくらいの大きさにゃ!?」

詰め寄ってきたバステト様にエーテルさんが目を白黒させながら答える。

「えっ、あの、その……こっこれくらいです!」


そう言ってエーテルさんが両手で作った○は、直径20センチくらい?


「にゃあ……それくらいにゃらまだもう暫くは猶予があるにゃ」

「その様だワン。だが一度我ら自身の目で確認した方がいいワン」

「……だにゃ」


そんな犬猫会議の後、アヌビス様がエーテルさんに向き直り深刻そうな表情(黒柴の子犬だけど)でこう切り出した。

「恐らく――今の時点ではまだ『可能性』レベルではあるが……」


その只事では無い様子(黒柴の子犬だけど)にエーテルさんも背筋を伸ばし表情を引き締める。


「これは『空間崩壊』の兆しの可能性が高いワン。このまま放置すると、最悪の場合精霊界を発端としてこの世界全てが崩壊するワン」


そんなアヌビス様の超ヤバい宣言にアワアワと狼狽え出すエーテルさん。そんな彼女に今度はバステト様が語り掛ける。

「まずはこの目で見にゃいとにゃんとも言えにゃいにゃ。だから今から一緒に見に行くにゃ」




バステト様の言葉に少しだけ冷静さを取り戻したエーテルさんに連れられて私達がやってきたのは――

「ここが精霊界――の中で私が管轄する『空』の領域となります」


【転移】とはちょっと違った不思議な感覚に包まれた直後、私達はこの場に……この、場に……ってここ地面無いじゃん!


でも何故か落下する感じも無く、軽い浮遊感を感じながらこの場に留まっている。

あの、これって……

「はい、私の力によって皆さんを空中に留めています」


やっぱり……


でも足の接地感が無いのはちょっと不安だし不安定。よし、じゃあ足元の空気をちょっと広めに固めてベクトルで固定してっと。

うん、これで落ち着い――てないな。透明な足場ってちょっとヒュッてなるから。

だからええと、足元の固めた空気の屈折率をちょっと弄って……

辺り一面が白い床みたいになった。ふぅ、やれやれ。


「その御力、やっぱり上位神様――」

「違いますっ! これ只の【錬成】ですよぉ!」

「……誤解を招き過ぎにゃ」

「反省が足りてないワン」

「……すみません」


はい、今反省しました。


「――とまあそんにゃ事はどうでもいいにゃ。さあ、早くあにゃのところ連れてくにゃ!」

あれ、もしかしてここからまだ移動するの? それじゃ私の立場――じゃなくて足場は一体……

「すみません実花様。あまり近くに跳んで穴に悪影響が出るとよくないので、ちょっと離れた場所に……」

「うむ、いい判断だワン」


凄くちゃんとした理由だった。

「じゃあ飛びますね」


と言う事で私達は今、風になっている。

正確に言えば『風に乗っている』かな?

『風を切って』じゃなくって、周りの空気と一緒に『風のように』飛んでいる。

私の移動手段――空気を固めて無理矢理飛んで行くのとは全然違う。

何て言ったらいいかな、凄く――『滑らか』な感じ?

こういうところがきっと『空の精霊さん』なんだろうな。


そして飛ぶこと約数分……

「穴……おっきくなってる……」

「ま、不味いにゃあ!!」

「急いで塞ぐのだワン!!」


私達が到着したその場所には……空中に直径2メートルくらいはありそうな大きな穴が広がっていた。

そしてその周囲には空間にヒビみたいなのが少しずつ広がって――


ビキィッ!!


「ヤバッ! 巻き込まれる!? 緊急退避にゃ!」

「穴から離れるワン!」


「ヒビが!? 何とかしなきゃっ!!」

効果あるかなんて分からないけど、穴の周りの空気をギュッと圧縮!

もっともっともっとギュッと――

そしてその空気を固めて固定しようとした瞬間!


「にゃぁぁぁぁぁ……」

「わふぅぅぅぅぅ……」

「きゃあぁぁぁぁ……」


突然穴が周りの空気を吸い込み始め、私とバステト様とアヌビス様はその中へと吸い込まれていった。

「かっ……固まれぇーーーっ!!」


私の放ったその最後の魔力が穴の周りで圧縮を続ける空気に届いたかどうか。

意識がまるで深い穴の底のような真っ暗闇に覆われた私には、もう知りようが無かった……




目の前で実花達が穴に吸い込まれてゆき、その気配が全く感じられなくなってしまったその瞬間、穴の周りの空気がまるで透明なダイヤモンドのように強く固まり、空間に広がり続けようとしていた穴をその内に捕えた。

「実花様、犬神様、猫神様……ああ、急いでお助けしなきゃ。でもどうすれば……」

その空気の檻と中の穴を呆然と見つめるエーテルであったが、やがてその彼女の耳に小さな音が聞こえ始めた。


ピキッ

パキン

ピキピキッ


それは実花が固めた空気の檻が少しずつ浸食され破壊されてゆく音。

この世界を崩壊へと導く破滅の音。

「たっ大変!!」


空気で作られた檻なのだから自分にだって維持させる事が出来るはず!

そう考えたエーテルは、全力を持って檻の制御を始めた。

「凄い、実花様ったら一体どれだけの力を……ダメ、私の力だけじゃ足りない! 抑えきれない! イズミ! セージュ! お願い、助けてえっ!!」


共にこの世界を支える『海』と『聖樹』の大精霊達に助けを求めるエーテル。

その二人がこの物語本来の主人公である『カルア』を連れてエーテルの元へと駆け付けるのは、また別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る