第54話 シースルー美人現る

その日の夕方……戻ってきたロベリー師匠が部屋中に立ち並ぶクリームを見た時の表情をきっと私は一生忘れられないと思う。

あの実写版カートゥーンを……


で、3ヶ月分の仕事を全部やっちゃったし材料はすぐには調達出来ないしで、私は急遽3ヶ月分の給料を貰って明日から1ヶ月間の夏休みって事になった。

工場自体を休みにする訳じゃないから他のみんなはその間も仕事するらしいけど。


「――って事で暫く休みになっちゃった」

「……にゃんだかにゃあ」

「わふぅ……」

バステト様とアヌビス様から呆れ声を受け取り、次はバステト様からのツッコミが入るのかな――って待ち構えていたんだけど、帰ってきた反応は想像とはかなり違っていた。


「不味いにゃ。いよいよ足を踏み外し掛けてるにゃ」

「うむ、人として終わりそうだワン」


なっ!?


「『足を踏み外した』とか『人として終わってる』とかってちょっと酷くない!? 私ってそんなに悪い事した!?」

突然の罵詈雑言にビックリだよ!

「足は『踏み外し掛け』で人としては『終わり掛け』だワン。まだギリギリ大丈夫だワン?」


「それがどう大丈夫なのかサッパリ分からないんですけどぉ!?」

酷い事言われてるって事だけは間違い無いと思うんだ……


だけどそんな私の怒りはバステト様の次の言葉で完全に吹き飛んだ。

「実花お前にゃ、自覚にゃいかもしれにゃいけど神に成り掛かってるのにゃ。もう人間やめる気にゃのか?」

「……………………は?」




完全にフリーズした私にバステト様はゆっくりと語り掛けた。

「にゃあ、最近自分が休みにいつもやってきた事を覚えてるにゃ?」


休みの日にやった事って……

『住環境』を整えたりとか『移動手段』を開発したりとか『遊び場』で実験したりとかの事?


「エアコンとかスプリングベッドとか低反発マットとかIHっぽいキッチンとか、そんにゃのは別にいいにゃ。この世界にもそれっぽいのはちらほらあるのにゃ。【転移】魔法の代わりに高速移動手段を開発したのも別にいいにゃ。所詮空気への物質操作とベクトル操作にゃし、ここのやらかし担当主人公も似た技術を開発済みにゃ」


何だ、じゃあ別に問題とか無いんじゃないかな……


「実花、今『問題にゃいんじゃにゃい?』にゃんて思ったにゃ?」


すっ、鋭い……


思わず目を見開いた私にバステト様は溜め息を一つ吐き、そして話を続けた。

「問題は『遊び場』でやってきた事にゃ。『魔法の限界に挑戦する』とか『科学と魔法の超融合』とか言いにゃがら楽しそうに……」


それは……やったけど……


「その『科学』ってのがまた良くにゃかったのにゃ。その聞き齧りの中途半端にゃ知識が……大体『量子テレポーテーション』を『物質は瞬間移動する』と捉えるにゃんて、拡大解釈どころか誇大解釈もいいところにゃ。しかもそんにゃ誇大解釈を『概念』としてそこらの物質に【付与】するにゃんて――」

「えっ、でも瞬間移動だったら時空間魔法の【転移】だって――」

「それは魔力と魔法で実現してる仮初めの現象だにゃ。物質そのものの性質をねじ曲げるのとは全然違うにゃ」

「…………」


「それから『遊び場』に作った実花照お主の店のレプリカ、あれも良くないワン。気付いてないワン? 最近あの付近に神気が漂い始めているワン」

「えっ……?」


やっぱ住み慣れた家は落ち着くなぁ――とかは思ってたけど、神気が……?

でもどうして? あれってその辺の材料から錬成しただけの建物なのに。


「つまりアレは神界に存在する施設のレプリカだワン。しかも元の施設のあるじがその制作者となれば、それはもう神域であり神具であるのが当然だワン。……ハッキリ言うワン。この実花照みかてらすは今、この世界と神界を繋ぐ特異点になり掛かってるのワン」


うっそぉ……


「今はまだ他の誰にも知られていにゃいからギリギリセーフにゃ。でももし知られたら――」

「知られたら……?」

「この世界に降臨した現人神として一気に信仰を集めるのは確定だにゃ。実花神様の爆誕にゃ」

「ひぃやぁぁぁ…………」




幸いここは誰も寄り付かない秘境中の秘境。周囲を険しい山々に囲われた高台のような場所だ。

周囲数十km以内に人がいない事は最初に確認済みだし、私みたいに空を飛んで来ない限り誰かがここを見つけるなんて心配はほとんど無いだろう。

無いだろうが……

「『聖地』っぽいにゃ」

「『聖地』っぽいワン」

ああっ、それは言わないで……


取り敢えずここは撤去して今度は南海リゾートっぽい無人島でも探そうか――なんて話をしていると、バステト様とアヌビス様の耳が同時にピクリと動いた。

「にゃっ……ヤバ……」

「遅かったか……わふぅ」

その反応、猛烈に嫌な予感が……


とその時――


『現人神様の聖地はこちらですかぁーーーっ』

そんな叫び声と共につむじ風が渦巻き、その中から絹っぽいヒラヒラした衣装の美人さんが現れた。


うわぁ、ホントに美人……

大人の女性って感じで肌は透明感が……

透明感が……?

あれ? ホントにちょっと透けてない?


「あなた幽霊……さん?」

「ちっ……違いますよ!? お盆に帰省してきたとかじゃありませんからね!? 私はエーテル、この世界の『空』を司る精霊です!」


いやお盆って――ていうかこのシースルー美人さん、精霊さんだったんだ。


「それでその、大変不躾ではありますが……現人神様のお名前をお聞かせ頂いて宜しいでしょうか?」

「…………」


取り敢えず最初にその誤解を解かねば!

「現人神じゃないだの。私はミカっちゅうしがない普通のドワーフ少女だの」


なのに視界の端で子猫と子犬がボソッと――

「手遅れだにゃ……」

「悪足掻きだワン……」


「そこ、うるさい! 希望は最後まで捨てちゃダメってパンドラ様も言ってたでしょ!」

「ああ……とうとき犬神様と猫神様へのその容赦なき一喝、やはり間違いなくあなた様は高位の……」


ええ、そんな予想外の反応ある……?

でもきっとまだ道は……


「はっ!? そうよ、このような神気溢れる建物をお創りになられる方と言えば――もしやあなた様は創造神様ですかっ!?」


道は無かった!?

というか悪化した!?

でも、でも諦めなければきっと何とか……

先生……もう少し人間でいたいです。




▽▽▽

「実花負けないで。諦めたらそこで人間終了ですよ」

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