第48話 はじめてのダンジョン

「――でも受付の仕事は大丈夫なの?」

「平気よ。最近うちの受付が増員されてね、パピとピコって双子の姉妹なんだけど――」


そんな話をしながら森を歩いていると、ふとパルムさんが立ち止まった。

「ここね」

どうやらダンジョンに着いたみたい。

「ほら、あそこ……」


パルムさんの指さす先には地面から突き出た大きな岩がある。

……どうやらただの岩のようだ。

「ふふっ、そう見えるのが『隠蔽』の効果よ。何かが『そこにある』って意識しながらもう一度よく見て」


その言葉を信じ、『あるよ、あるある!』って念じながらその岩をじっと見つめてみると――

「ああっ、ホントにあった」

うそ、さっきまで単なる岩肌としか見えてなかったその場所に、今は大きな扉と転送装置が設置されてるのが見える!

これが『隠蔽』魔法……目には映っている筈なのに意識しないと気付けないなんて!


「さ、入りましょ」

そんな魔法の凄さを実感しながら転送装置にギルドカードを翳すと一瞬軽い浮遊感を感じた。あ、これ何度か経験した転移の感覚だ。

と思った次の瞬間、私達は先程までの森とは違う薄暗い建物の中のような場所に立っていた。

そこはちょっとした大きさのホールみたいになっていて、奥側の壁には重厚な扉が付いている。

……ここがこのダンジョンの『転移の間』か。


あれ……?

今更だけど、これって転移だ。

つまりダンジョンのこれは転移の魔道具で……

何だ、主人公が作った物の他にも転移の魔道具普通に使われてるじゃん。

しかも冒険者ギルドで!


「さあ、行きましょうか」

転移の魔道具を手に入れられる可能性について再び考え始めた私の思考は、でも先導するパルムさんに続いて扉をくぐった瞬間、完全に消え去った。

澄み渡る青空のもと爽やかな風が流れる草原の景色が目に飛び込んできた、その瞬間に。……マジか!


いや確かに『ダンジョンの中がまるで外』っていうのはファンタジー作品とかでよくある展開だよ? でも……でもこうして自分で体験するとやっぱりビックリするし感動するって!


で、驚きと感動の次に私が気付いたのは、目につく位置に立っている『お子様専用フロア』と書かれた大きな看板……えっ、ダンジョンに看板?


◇◇◇◇◇◇

お子様専用フロア


このフロアはちいさなおともだちのフロアです。

みんなでなかよくさいしゅするですよ。


こちら(地下第一階層)は15歳未満のお子様とその保護者の専用エリアです。

一般の冒険者の方はそのまま下のフロアにお進み下さいです。


[注意!]

ルール違反が多発する場合は厳正に対処スタンピードするです。


セントラルダンジョン運営

◇◇◇◇◇◇


いや『運営』ってさ……

まあ取り敢えずそれはいいや。

それでこの注意書き、『大きなお友達がルールを守れなかったら即スタンピード』って……ペナルティ重っ!

っていうかこの看板、ダンジョンって言うよりまるでアトラクションみたい。そのうちどこかに身長制限とかの看板も立ってたりしてね。


「へぇ、話には聞いていたけど面白いダンジョンね。うちが管理してるフィラストダンジョンにもこんな場所があったら、きっとカルア君も子供の頃もう少し暮らし易かっただっただろうなあ」


そんな事を一人呟くパルムさん。そう言えば主人公って子供の頃に両親を事故で亡くして冒険者になったんだっけ。ああそうか、きっとこのフロアは主人公が何らかの手段でその気持ちをこのダンジョンに反映させたんだ。多分『セントラルダンジョン運営』にお願いしたとかで……




よし、感慨に浸るのはこれくらいにしてそろそろ下層へ向かおう。

一面長閑のどかなこのフロアなんだけど、年齢制限に引っ掛かる私としてはいつまでも滞在している訳にはいかないからね。というかそもそもここには猫がいないし。

そして階段を下りるとそこには……


◇◇◇◇◇◇

セントラルダンジョンへようこそ


さあ、ここからいよいよ冒険のスタートです。

この第2階層から最下層の第29階層まで、進むごとに難易度が高くなるですよ。

油断してるとホントに死んじゃうですから、みんな十分注意するです。


[注意!]

そこのあなた、本当にその装備で大丈夫です?

問題ないとか言ってる奴から死んでくですよ?


セントラルダンジョン運営

◇◇◇◇◇◇


次なる看板が立ち塞がる!

って、何だかなあ。ダンジョンに心構えと装備の心配されちゃったんだけど……

というかさ、これ言い回しとか微妙にネタっぽくない? 大丈夫? 問題ない?


まあそれはそれとして……上の草原と違い、ここって所謂『ダンジョン』っぽい。

何て言うかな……目の前の通路や扉それに石畳、これ全部古き良きゲームに出てくるダンジョンそのもの、って感じの景色だ。

「このフロアからは魔物が出てくるみたいだから気を付けて。といってもまだバットとかラビットくらいしか出ないみたいだけどね。あ、でももう少し先に行くとウルフとかも出るんだって」


ウルフ……って狼!? そんなの超危険じゃないですか!

「ウルフは初級レベルの魔物の中で一番危険な敵だから注意が必要ね。といっても群れていなければそれ程対処は難しくないけど」

あれ? ここだとその程度の認識なの?


でもそれよりも――

「ほほー流石は一流受付嬢、何て的確なアドバイス」

「っ!? もうっ、突然何言うのよっ」

――照れるパルムさんが可愛い。


そっか、ウルフは初級レベルなんだ。

ああ、でもそう言われてみれば――

「ウルフは里でも安物素材の代表格だったなあ」

「魔物の判断基準が素材としての善し悪しだなんて、流石ドワーフね」

……いや、そういう訳じゃないんですけどね……多分。




そんなリラックスムードでダンジョンを進んで行くと、奥からバットがパタパタと羽を鳴らして飛んできた。おおー、ついにこのダンジョンの第一魔物を発見!

「どうやら一体だけみたいね。ミカさんどうする? 私がやっちゃっていい?」


ミカとしての私は魔物と戦った事も殺した事もある。この世界で生きてきたんだから当然だ。でも実花としての私は当然だけどそんな経験はない。そして今私の心のほとんどは実花の意識の意識が占めている。なのでこの場は――

「はい、お願いします」

生き物をでにやって来たのに、その同じ場所ダンジョンで魔物を殺したらきっと今の私じゃ上手に気持ちを切り替えられない気がするから。

……もちろんこれが自分本位の甘えだって事は分かってるけど、そこは心の問題だから許して欲しい。


で、お任せしちゃったパルムさんだけど、聞いていた通り本当に強かった。

もちろん初級レベルの階層で初級レベルの魔物を相手にしてるんだから本来の実力は全然推し量れないんだけど、でも何て言うかな……一緒にいると『安心感』と言うか『守られてる感』が凄い。パルムさんがいてくれれば大丈夫、みたいな。

きっとそんなパルムさんだからピノさんも安心して押し付……いや、これ以上は考えまい。




エンカウントした魔物を倒したり追い払ったりしながら第二階層、第三階層とサクサク進み、そして今私達は第四階層への階段を下りている。


「次からはゴブリンの階層ね。あいつらって強さはそれ程でもないんだけど、中に時々狡賢い個体がいたりするから油断はしないで。あとは魔法を使うゴブリンマジシャンとか魔物を使うゴブリーダーとかにも注意が必要よ」

「はいっ」

返事と共に右手をギュッと握る――自分の身を守る、その為の撲撲ボコボコ棒を。


『安心しろ峰打ちだ。弾け飛べ、通路の果てまで!』

そんな一度は言ってみたいセリフ二つをコンボで脳内で呟きながら、私はゴブリン達の生息する第四階層の地へと降り立ったのである。




◇◇◇

「ふふっ、実花ったらノリノリね。そのうち『またつまらぬモノを斬ってしまった』とか言い出しそう」

(それにしても一人だと何か落ち着かないわね。バステト様まだ撮影終わらないのかしら。……ふふっ、前はこんな風に感じる事なんて無かったのに。いつのまにか実花と一緒に過ごすのが私の『当たり前』になっていたのでしょうね)

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