第33話 取扱いには注意しましょうって話

「天照さま、今日もお客様が来てくれるといいですね」


朝。

この神界って明るくなったり暗くなったりは無いんだけど……でも何となく今が一日の始まり、そんな気分になる時がある。

だからきっと、今が朝。

それでいい。


「そうね。せっかくお店を開いたんですもの、やっぱり色んなひと達に来て欲しいわ。それで皆笑顔になってくれたら、こちらだって元気を貰えるもの」

「ですよね。お客様の笑顔で私も元気チャージ……あれ?」


神様も元気じゃなくなる事ってあるのかな……?


「あの、神様も怪我したりとか病気になったりとかってするんですか?」


だってほら……神様だし、ねぇ?


「あら、もちろんなるわよ? タンスの角に小指をぶつけちゃったりしたらそれはもう飛び上がるくらい痛いし、神同士でつまらない理由で喧嘩する事だってあるし。あとそうそう、病気とかに掛かる事は無いんだけど、呪いに掛かったりなんて事は結構あるし」


神様もタンスの角に……ってか呪いとかやっぱあるんだ。うわ怖っ!


「でもまあ大抵は神力で治っちゃうし、それでも追い付かなければ常備や――」

カランカラン……

「――っと、お客様ね」


すみません天照さま、続きはまた後で。

「いらっしゃいませーー」


さあ、今日はどんなお客様が来てくれるかなっ……




「へぇ、ここが話題のお店かあ。中々いい感じだね、ナーサティヤ兄さん」

「そうですねダスラ、素晴らしく清潔そうなお店です。店内の隅々まで綺麗に整頓されていて……」


今日のお客様は、見た感じ二十歳くらいの同じ顔した男性二人組。同じ顔って事は双子さん? って事はあちらのさっき『兄さん』って言ってたお客様が弟さん? いや以外と血縁関係欠片も無くって実は事務所の先輩後輩とか……って何の事務所だよ!


「あらアシュヴィンのおふたり、お久し振りね」


何だと、知っているのか天照――じゃなくってぇ!


「天照さま、お知り合いですか?」

「ええ。前にも言ったかもしれないけど、この業界って結構狭いから。こちらのご兄弟はナーサティヤ様とダスラ様、人界で言うところのヒンドゥ教の神様よ。ふたり合わせて『アシュヴィン双神』なんてユニット名でも呼ばれてるわ」


ユニット名て……


「ヒンドゥ教っていうと、この間いらした濃ゆいミルク様とご同郷ですか」

「濃ゆいミルク様って……それクリシュナ様の事よね? 確かに前回は牛乳のイメージが強過ぎるご来店だったけど、でもその覚え方ってどうかと思うの…………」


天照さまと小声でそんなやり取りをしていると、お客様から声が掛かった。

「店主さん、このお店はこちらのカゴに商品を入れて店主さんの所へ持って行けばいいのですか?」

いい笑顔でそう尋ねてきたのはお兄さんの――ナーサティア様、だったかな。


おっと、スマイルスマイルっと。


「はい、それで大丈夫です。もし量が多くなるようでしたらそちらのカートもご利用ください」

「うん、まあ今回はそれはいいかな。じゃあ兄さん、カゴは僕が持つよ」




このおふたりは右回りで攻めてく感じみたい。

カゴを持ってそのまま壁沿いに右に進もう――としてそのまま固まった。

……どしたの?


「ちょ、兄さん、この棚に並んでるこの小ビン――」

「っ!? まさか……いや、ですけど……」

「ほらだって見てよ、ビンから溢れるこの神力……」

「いや待ってください、その横の金色の箱からはもっと……」

「うわホントだ! でもちょっとこの濃さってヤバ過ぎじゃない?」

「ええ。もし本当にこれが――マだったとしても、余りに異常な……」

「でもこの感じ、やっぱりソ――なのは間違いないよね?」

「それは僕もそう思いますけど……でもやっぱり信じられない」


凄く慌てた表情で、何をそんなにコソコソ話し合ってるのかな?


「店主さん店主さん、ちょっといい?」


おっ、弟さん――ダスラ様からご質問だ。

はいどうぞ……ニッコリ。


「「これソーマだ(です)よね!?」」


小瓶と金の小箱をそれぞれ手に掲げ、おふたり声を揃えてのご質問。うわお、双子ムーブ!?


「いえ、ウンケルですけど。あ、そちらのビンの方はテオビタです」


トラブルにならないよう商品名は正確に、ね。

でも『ソーマ』ってどこの製品だろう……それとも製造販売元とか……うーん、どっちにしても聞いた事ないなあ……あっ! もしかしてインドの製品とか?


「実花? ソーマって言うのはね、神の飲む薬なの。ほら、さっき言い掛けた『常備薬』、あれがソーマの事なのよ」


ああ成程、だったら聞いた事無いのは当然だよ。人界のコンビニじゃ売ってないし、もちろんCMだってやってないし。

『神の薬ソーマ、新発売!』……うん、普通に消費者庁とかに訴えられそうだ。


「うん、だったらやっぱり違いますね。それって人界の栄養ドリンクを実体化したものですから」

「あっ……!」


ちょっと天照さま、ちっちゃい声で『あっ』とか言うのやめてもらえませんか?

あとその『やっちゃった』みたいな顔も――って何やっちゃったんですか!?


「ええっと……あのね実花、私達がやってたのって『概念の実体化』じゃない?」


そうですね。そう聞いてますが?


「それじゃあ栄養ドリンクの『概念』って何かしら?」

「何ってそれはもちろん『飲むと元気に』って……ああっ!」


神様が飲んで元気になるドリンク、それってつまり……


「どうしましょ。私ったらうっかり『ソーマ』作っちゃったわ。おまけに効き目が強い『お高いドリンク』も」

「……それって普通のソーマよりも効き目が凄いって事なんじゃ」

「うふふふ……バッキバキにキまっちゃうわね」

「怖い言い方しないでもらえますぅ!?」


売り場の方では、私と天照さまの話を聞いて『やっぱり』って感じで頷いてるアシュヴィン双神様。そして栄養ドリンクコーナーを舐めるように見始め――


「兄さん兄さん! 僕最強にヤバいの見つけちゃったかも。ちょっとこれ見てよ!」

「『ローヤルゼリー入り』……蜂蜜を一足飛びに飛び越して『ローヤルゼリー』ですって!?」

「どうしよう兄さん、こんなの飲んだら僕達神格が爆上がりしちゃうんじゃ……」

「恐ろしい……こんな凄まじい商品が入口のすぐ近くに並べてあるなんて……いけない、この店はレベルが高すぎます。私達はまだこの地に足を踏み入れるべきではなかったのです!」


ええーーー、うちは普通で平凡な神界のコンビニですよー……?


「実花……このお店は神界で唯一無二なんだから、普通で平凡って事は無いと思うの」

「あ、やっぱり?」




結局双神おふたりはローヤルゼリー入りのウンケルを一本ずつお買い上げ。

「兄さん、帰ったら早速神棚に飾らなくっちゃね」

「……いや、賞味期限までにはお召し上がりくださいね」


まるで奮発して買った高級栄養ドリンクを飲む勇気が出ない人みたいな……

って言うか、ヒンドゥ教の神様の家に神棚って一体誰祀ってるの!!

「あ、ツッコむとこソコなんだ……」


天照さま……

取り敢えず栄養ドリンクの取り扱いについては後でじっくり相談しましょう。

「ありがとうございましたー」




何だか朝から疲れたよ……私もウンケル飲もうかな?

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