第26話 流離の風評被害ギャンブラー

「来たわよ、アマッティ」


カランカランというベルの音から「いらっしゃいませ」を言う間を与えずの「来たわよ」宣言。このひと、できる!


「いらっしゃい、そろそろ来る頃だとと思ってたわ、パンドラ」


おっと、すかさず天照さまから「そろそろ来る頃だと」の返し!

この一連の流れに場内は固唾を飲んで……

って、実況中継風はここまで! 今聞き捨てならない名前が出ましたよ!?


「いらっしゃいませ。えっと、パンドラ様……ですか?」

「そうよ実花。こちらがパンドラ。あなたも知ってる、あの有名なパンドラよ」

「あれ? パンドラ様……って神様でした?」

「そうよ実花。パンドラは神、そして神界でもトップクラスの風評被害者なのよ」


「風評被害……って事はもしかして、あの箱の逸話について、ですか……?」



ここでパンドラ様からの被害説明スタート。


「そもそもね、私は豊穣を司る神として信仰されていたわけよ。でもね、私にとって興味があったのは実は豊穣というよりギャンブル。あの当時の農業って、ちょっとした事にもの凄く左右されるでしょ? それでいて結果が出るまで何ヵ月も掛かる訳だから、そのギャンブル要素の高さに凄く痺れたの。それで豊作の年なんかは人間達と一緒に大喜びしてたわけ。そうしたらいつの間にかね」


豊作を喜ぶ姿から豊穣の女神と……


「その通りよ。でもね、あの当時の人間たちは私のギャンブル好きも知ってたわけ。だから私を喜ばそうと、収穫のお祭りにはくじ引きを用意してくれていたのよ」


あれ? でもそう言えばギャンブルの神様とかって他にいたような……


「ああ、それって多分ヘルメスとかエジプトのトトの事じゃないかしら? でも彼らって、幸運を司るって事で人間のギャンブラーから信仰されてるだけ。別に彼らがギャンブル好きって訳じゃないわ。大体、ギャンブラーがギャンブラーを信仰する訳ないでしょう?」


ああ、なるほど確かに。


「その点私は違うわけ。ギャンブルに神の幸運を使うなんて邪道も邪道、まずあり得ないわ。当然ギャンブルのときは全ての神力をオフにするわけよ」


イカサマではない、神様なのだ……と。

まあ、無いな。


「そしてあの年……あの時も私はガチでくじに挑んでいた。でも、その時の私には幸運の女神に見放されていたっていうか、まあ流れが来ていなかったわけよ。だから当然くじを引いても引いても外ればっかりだった。で、残ったくじはとうとう最後の1枚になったわけ」


うん、何だかオチらしきものが見えてきた。


「でね、その村に……えっと何て言ったかしら、そう確か……『ヘーシオドス』だったかな? まあとにかくそんな感じの名前のおっさんがいたのよ。でそいつがね、その私の様子を見て無駄に想像力を働かせたわけ。それでどうやら『これは儲かる!』って踏んだわけね」


おっさん……


「それで自分の畑を放りだしたと思ったら吟遊詩人? ってやつを始めて、そこら中でその無駄に発揮した『想像の産物』を吹聴して回ったわけよ」


やっちまったな……


「もう分かったでしょ? それが今人の世に伝わっているパンドラの物語。今じゃあ人間達の間では、私はすっかり人間を堕落させる土人形ってわけよ。はははは……はは……」


パンドラ様、気の毒すぎる。

これって『ギャンブルで身を崩す』に含まれるんだろうか……




「そんな私が神界に突如発生したクジの匂いを嗅ぎつけて、大急ぎでここにやって来たってわけよ! さあアマッティ、今すぐ私にクジを引かせなさい!」


「ええっと、その前にもう一点だけ。そのアマッティっていうのは……?」

そんな私の問いに答えてくれたのは天照さま。

「私の事よ、実花。私とパンドラは昔っからの親友同士、『パンドラ』『アマッティ』って呼び合う仲なの」


それはまた、何だか意外な繋がりっていうか、意表を突かれたっていうか……


「だって実花、パンドラの境遇ってすごく面白――じゃなく気の毒って思うし、そのデマっぷり笑え――じゃなく風評被害として残念に思ってるし、何よりもそこからの二次創作なんかが結構アニメとかの題材に――」

「天照さましっかり! 今あなた達の友情が終わりかけてますよ!?」


本音駄々漏れ過ぎ……


「ははは、大丈夫だ、えっと実花だったか? 大丈夫、アマッティは昔からずっとこんな感じだ。容赦なくいじってくれるお陰で逆に私は救われてるってわけよ。それにアマッティの言うところの二次創作も結構色々と見せられてるし。箱が鎧になってりゅーせーけーん、みたいな?」


天照さま……それって何て死体蹴り?

まあ本人が良いって言ってるんだから、別にいいのかもしれないけど。



「で、さっきも言った通り私はクジを引きにここへと来たわけだけど……当然あるわよね?」

「まあありますけど、ご期待に添えるものかは分かりませんよ?」

「もし気にしているところが射幸性の高低だったら別に問題はない。当たりを引くというその事自体が重要なわけだからな」


「そう、それなんですよ。このクジは当たり外れではなくって、種類分けなんです。強いて言うなら、この十種類以外に用意しているシークレットの一種類が『当たり』って言えなくもないかな」

「おおっ、『シークレット』! なんという甘美な響き、まさに当たりと呼ぶに相応しいじゃないか! よし、なら私はシークレットを狙えばいいわけだ!」


うわあ、このひとやっぱり根っからの……


「じゃあ早速用意しますね」


パンドラ様から神力を受け取り、レジの横に置いておいた赤白の紙箱を差し出す私。

「この中からカードを1枚引いてください」


真剣な表情で箱に手を入れるパンドラ様。そして――

「最初のこの一枚こそが希望っ!!」


いや、ここでまさかの自虐ネタですかっ!!!




パンドラ様が当てたのは、三毛ネコ(オス)店長バージョン。

狙ったシークレットじゃなかったけど、店長の希少性的には『当たり』だって言えるんじゃないかな?


「シークレットではなかったようだけど、だからといって当たりを引くまで繰り返すなどという無粋な真似はしないわけよ。……昔のアレで懲りたしね」


そう言いながら嬉しそうにゲットしたスノーグローブを眺めるパンドラ様。


「次のクジが出来た時にはまたすぐ来るわけよ!!」

そう言い残すと、扉を開け颯爽と店を出ていった。




いや、買い物もしてって下さいよぉ!!

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