第15話 或る戦い

バステトと店長候補の猫達に再会を約束した実花はその場に立ち止まったまま動く気配を微塵も見せなかったが、自然な笑顔から怖い笑顔に変化し最後は黒いオーラが見え隠れし始めた天照に手を引か連行されて姿を消した。

そんなバステトの神域にて。


「さてお前たち、状況は分かっているにゃ?」


実花達を見送ったバステトが、先程までとは打って変わって真剣な声と表情で眷属達に語り掛けた。

そんなバステトの様子と当然その言葉が指し示す意味を理解している周囲の猫達眷属もまた、緊張の色を隠せない。


「用意された椅子は二つにゃ。そして我々は……十一にゃあいる、にゃ」

バステトの言葉に猫たちは頷く。

「そう……一にゃあどころじゃない。九にゃあ多いのにゃ」


嗚呼、その門は余りに狭く至る道は余りに険しい。

ライバルは全て半神。知力、体力、速度、技量……その全てに於いて人間を遥かに凌駕する猫達なのだから。


「我々は決めねばならない。実花の元に行く二にゃあ――即ち店長と副店長を。そして……それを決める為の方法を!」


「「「「「にゃあ!」」」」」

「「「「「るなぁ!」」」」」


そう、彼らは分かっている、理解できてしまっている。

平和的解決など初めから望むべくも無い事を。

すでに自分達には戦いの道しか残されていない事を!


その時、選ばれし十にゃあの中の一にゃあがバステトに話し掛けた。

「なあ、うななあ、にゃにゃおおん(ところで何故バステト様が数に含まれているのですか?)」


周囲の猫達もその言葉に『初めて気付いたにゃ!』といった表情を浮かべたが、そんな眷属達に対しバステトはニヒルな笑みを浮かべた。

「ふっ、お前はあのこたつを諦められるのにゃ?」

「うるなあ!(そんな訳がない!)」

「だろう? つまりはそういう事、にゃ」


問いかけた猫ははっと納得して下がる。

要はバステト自身もこたつに魅了されてしまった、というだけ。

だが同じく魅了されている猫達にとってその行動原理は、まさしく禿同なのである。


だがそこに声を上げた別の猫、その言葉に状況は大きく動く事になる!

「なぅあああ、うるぁう、なおおおん(バステト様は付き添い兼保護者として別枠で同行すればよいのでは?)」

「「「「「!!?(にゃ、にゃんだってーー!?)」」」」」

「「「「「!!!(てっ、天才現る!!)」」」」」


「お前、やばい奴にゃ! ガチの天才にゃ!! まさかそんな抜け道があろうとは……これぞ孔明の計にゃ!」


ここに来て枠の数が二から三へと増えたのだ!

何と当社比五十パーセント増量なのだ!


「お前は今日からコーメイとにゃのるがいいにゃ」

「うななーうにゃん(ありがたき幸せ)」


ハチワレのコーメイ……後に神界きっての知能派猫と呼ばれる事となる、これがその天才軍師猫誕生の瞬間であった。


「でもそれはそれ、これはこれにゃ。店長の座は公平に争ってもらうにゃ」

バステトのその言葉にがっくりと項垂れたコーメイ、残念ながらこの件に選定への加点は無かったようだ。


「さて、それでは心置きなく審判をやらせてもらうにゃ。」


一気に当事者から他猫事ひとごとへとその立場を変えたバステトが高らかにそう宣言し、そして歴史に残る壮絶な戦いがその幕を上げた。




Battle 1

箱のにゃかみ中身にゃんだろにゃ


穴から前足を突っ込む。中の物に爪をひっかける。箱が動く。楽しい。

穴から前足を出す。その前足で箱を転がす。超楽しい。

箱に猫パンチ。激しく転がる。追いかける。むっちゃ楽しい。

十匹の猫達は一斉にひとつの箱を追いかけ始め、それは彼らが飽きるまで続いた。


Battle 2

叩いてかぶってジャンケンポン


じゃんけんぽん! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ!

……ここにパー以外を出せる者は、一猫もいなかった。


Battle 3

ぐるぐるバット


バットに額を……つけられないから、バットの周りをぐるぐる回る。

十周回って走り出す。

よろける。ふらつく。座り込む。寝転ぶ。楽しい。

十周回って走り出す。

よろける。ふらつく。座り込む。寝転ぶ。楽しい。

十周回って走り出す。

よろける。ふらつく。座り込む。寝転ぶ。楽しい。


完走者ゼロ。


Battle 4

手押し相撲


後ろ足で立ち上がる。

かわいい。

身動きが取れない。


終了。




それは、実に長い戦いであった。

猫達は己の知力・体力の全てをぶつけ合い、そして勝利を目指した。

誰もが真剣であった。

誰一人として途中で脱落する事なく、その戦いはひたすらに激しさを増していった。

――たとえ傍からは遊んでいるようにしか見えなくとも。


……そしてついにその時が訪れた。




「皆さん! いつになったら来てくれるんですか! 私あれからずっと待ってるんですよ!?」

いつまで経ってもやって来ない猫達にしびれを切らし、実花オーナーが戻ってきたのだ。


「私の事ほっといてみんな楽しそう……やっぱり本当はみんな、お店になんて来たくないんだ!」

楽しく遊んでいるようにしか見えない猫達の様子を見た実花は、そう叫ぶと半泣きでその場にうずくまった。


「ちっ、違うのにゃ。分かって欲しいにゃ、これは神聖な戦い……店長を決める戦いなのにゃ!」


その声が届いたのか――

実花は背中をぴくりさせるとゆっくりと顔を上げ、自分を囲んでオロオロとしているバステトと十匹の猫達に視線を向けた。


「店長を……決める?」

「そうにゃ。店長と副店長、席は二つだけにゃ。これは誰が行くか決めるためのバトルにゃ!」


「……みんな……で……」

「にゃ?」

「みんなで来ればいいじゃない!!」


どどーーん!


「ずっと待ってたのに! すっごく楽しみに待ってたのに! 二人しか来ちゃダメとかなんて無いのに!」

「「「「「……!?」」」」」

「全員来ればいいじゃない!!」



「「「「「!!!?(にゃ、にゃんだってーーー!?)」」」」」



こうして猫歴20〇〇にゃんにゃん年、猫史上最も激しくそして敗者なき戦いは……その幕を下ろしたのである。

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