Day9 座長(お題・団扇)

『虎丸さん、あたし、あんたと一緒になれて良かったよ……』

 最後は半生を過ごした『TASOKARE』で迎えたい。そう懇願されて連れて帰ってきた部屋のベッドで、彼女は細くなっていく息の下からそう言った。

『あたしがあんたにあげた籍は……そうだねぇ……地球人の今の寿命からして、後十数年はもつね。その間に虎丸さん、新しい奥さんを見つけて、その人と幸せになっておくれ』

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「虎丸様、ここにいらしたのですか」

 今日の勤務時間が終わり、警備服を着た童顔の青年姿から、直立して立つ三毛猫の化け猫の姿に戻った三毛丸がとんと虎丸の隣に降り立つ。

「ん?」

 テーマパークのアトラクションの塔の屋根。その急な勾配に虎丸が座り、煙管をくゆらせていた。

 座長である彼の役目は『黄昏の住人』が客に必要以上にちょっかいをかけないように見張ること。この船で一番の妖力ちから持ちである彼が、こうして常に目を光らせていることで、人外としてタガが外れやすいモノ達の間に、ある一定の秩序が保たれている。

 今日の虎丸はどこか精彩に欠けている。いつもはピンと立っている眉毛もヒゲもへなりと曲線を描いていた。

「コイコイのことを気にしていらっしゃるのですか?」

「……別に」

 昨夜、三毛丸にも六造から連絡があった。コイコイと呼ばれる『成り損ない』が千代を喰おうとしたので消したと。

「まあ、仕方がないわな……」

 あの六造がそう簡単に住人を消すことはない。ギリギリまで観察して、千代の命と船の存亡に関わると判断してからの決断だったのだろう。それは船を造る以前からの長い付き合いである虎丸もよく知っている。

 ……だからと言って、そうと直ぐに切り捨てられる、お方じゃないからなぁ……。

 隣に腰を下ろし、三毛丸は小さく息をついた。

 そもそも『TASOGARE』を造ったのがそうだ。

 元から主従だった虎丸と三毛丸は変化。妖として身体……初めから魂が根付いた器を持っている。器を持ち、自ら妖力を得た妖は人に関わりなく存在し続けることが出来る。しかし、虎丸は時代の流れと共に、次々と姿を消していく器を持たないモノ達を、その中で『消えたくない』と強く願うモノ達を哀れみ、当時の妻、高天原陽子と『TASOKARE』を造ったのだ。

 『自分てめぇの存在は自分てめぇで守れ』という言葉と共に。

「しかし、今日は暑いな。気温上げすぎじゃねぇのか?」

「そろそろ夏ですから」

 テーマパークはやはり季節ごとに変化があった方が喜ばれる。島国の殺人的猛暑にはしないが、それなりにパークのある区画は春夏秋冬と太陽系標準暦SSCに合わせて気温を変える。

 虎丸の手に団扇が現れる。パタパタと仰ぐ面には涼しげな泳ぐ金魚が描かれている。その絵柄に三毛丸は見覚えがあった。

「それはおきよ様の……」

「ああ、清香きよかの手作りだ」

 清香は千代の前の虎丸の妻。絵を描き小物を作るのが好きな女性で、パークの売店で自分が作った物をよく売っていた。

『虎丸さん、あたし、あんたと一緒になれて良かったよ』

 船の住人に身分証明が必要なときは、船籍がある高天原宙運を通して、河太郎が用意するが『TASOKARE』を運航するには、どうしても『船長』と施設責任者の『座長』の個人証明がいる。『TASOKARE』が出来て、もうすぐ一世紀。その間、虎丸の個人証明は妻達が自分の籍に彼を入れることでやってくれていた。

 虎丸の部屋にはその妻達の形見が大切に保管されている。

 ……情に厚く、時にどうしようもなく甘い。そんな虎丸様だからこそ、女性達も妖のこの方に添ってくれたのでしょう。

 揺れる団扇を見ながら三毛丸はふっと口元を緩めた。

 

 ピロン……。軽い電子音が鳴る。虎丸が茶色の毛並みの手をかざし、自分のバリカを出す。

 画面を覗くと千代から『一緒にお昼ご飯を食べませんか?』というメッセージの通知が浮かんでいた。彼女は詳しい事情は聞いていないが、虎丸が落ち込んでいることには気が付いていた。そんな彼を気遣ってのお誘いだろう。

「……これ、どう返事をするんだ?」

「……虎丸様。いい加減、こういうものの操作も覚えて頂かないと……」

 OKで良いですね、確認してバリカを取り上げ、メッセージアプリを開いて

『おう。たまにはレストランでも行くか?』

 と返事を送る。

『はい! じゃあ、どこにします?』

 千代の返事を見せると「岩のところだ」と答える。岩魚坊主がやっている和風レストランの名を書き込み、三毛丸はポンとスタンプを押した。

 バリカを返された虎丸が画面を見て目を剥く。

「おい! 三毛丸! 何、ハートマーク着けてんだ!」

「いいじゃないですか、たまには」

「馬鹿野郎! 早く消せ!」

「残念ですが、もうお千代様に送ってしまいました」

 虎丸の鼻先と耳の内側が真っ赤に染まる。彼の猫パンチでこづかれながら、三毛丸は楽しげな笑い声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る