Day3 謎の船(お題・謎)
「あっ! あの人、VRチューバーだ!」
千代は船が停泊している間は施設スタッフとして働いている。今日はパークの案内所のヘルプに入っていた。
持ってきたホバーベビーカートを子供連れの客の前に止める。父親らしき男性と手を繋いだ小学生低学年くらいの男の子が行き交う客の一人を指さしていた。
「VRチューバー? 有名な方なのですか?」
眠ってしまった赤ちゃんをカートに寝かせるのを手伝いながら訊く。「うん!」元気な返事が返ってくる。
VRチューバーは星間ネットワークの個人配信者のことを指す。彼等は自分で作った動画やVR映像をサーバー上のVRスタジオを使って配信している。
「お父さんとよく見ている旅チャンネルの人。今日はここを撮りにきたのかな?」
好きなチャンネルなのだろう。嬉しそうな男の子の視線を追う。眼鏡を掛けた青年が『TASOKARE』の目玉、ホラーハウスに入っていく。
千代は自分の眼鏡のつるに触れ、内蔵カメラで彼の姿を写した。
「では、ごゆっくり当園をお楽しみ下さい」
ホバーベビーカートと共にカフェに向かう両親と男の子を見送る。
もう一度眼鏡のつるに触れ、先程のVRチューバーの画像をパークの警備員室へと転送し、通信を開く。
「もしもし、三毛丸くん? 今、VRチューバーの人がホラーハウスに入りました」
* * * * *
「……ここどこだ?」
VRチューバーの青年は大きく首を振り、周囲を見回した。
……ざわざわ……ざわざわ……。
夕日が落ち、残滓のような赤い光が満ちる草原。自分より高い背の草が吹く風に鳴り、その間を湿った土の一本道が薄闇の向こうへと続いている。
「……もしかして……早速か?」
『TASOKARE』はオカルトマニアの間では有名な船だ。ここで本物の怪異と出会ったという噂が後を絶たない。
『
と言っていた仲間のVRチューバーも、意気揚々と船に乗り込んだ後、ことごとく顔を青くして口を閉ざす、そんな謎の船だった。
それならきっと良い映像が撮れるだろうと勇み込んでやってきたのだが……。
入り口から角を二つ曲がるまでは、ごく普通のどこにでもあるホラーハウスだった。3Dで映された地球の島国の黄昏の風景に作り物の墓地。それらの間を通る順路を歩いているうちに、いつしか彼はこの小道にいた。
「映像? それにしてもリアルな……」
先を進みながら指先で草に触れてみる。感触は草の葉そのものだ。映像を撮る為に掛けてきた眼鏡型端末のレンズモニターをアイポインターで操作し、周囲を探るがどこにも機械らしき熱源が無い。
「まさか……本物か? でも、あのホラーハウスの中のどこにこんな広大な草原が……」
爪先立って草の間から顔を出す。草原はどこまでも……日が落ちた空に濃いシルエットとなった山裾までも広がっていた。
「上か下の階に誘導された感じはなかったよな……」
薄暗い中を歩く。行っても行っても草の中の道。めぼしいものは何も無い。
「これ……どこまで続くんだ……」
ぼやいて立ち止まったとき、彼の耳が違和感を感じた。足を止めたのに、ざわざわとどこかで風以外の草の鳴る音がする。
「誰かいるのか?」
呼びかけながら自分の右手の方の草に両手を突っ込み、少しかき分ける。音はその向こうからしている。がさがさ……向こうも草を分けているらしい。彼は安堵の息をついた。どうやら他にも人がいるようだ。
「すみません……」
出口を知ってますか? と呼び掛けかけて、彼は口を閉じた。草の奥から視線を感じる。目を凝らすと自分と同じ高さに何かが光っている。人の目だ。青白い白目に赤い血管が走り、ぎらぎらと光る黒い瞳孔が浮かんた目がこちらを舐るように見ている。それがにぃぃと細くなり、彼は息を飲んで、手を引き、駆け出した。
かざっ! がささっ!! 向こうで同じように誰かが草をかき分け走り出す音がする。
……あれは誰だ?! 何故笑った?!
腹の底が冷えるような気持ち悪さに必死に音よりも先に進もうと足を動かす。
かざっ! がささっ!! しかし、草の向こうの何者かはピタリと並んで走っている。こちらは細いとはいえ踏み固められた道で、向こうは明らかに生い茂った草の中をなのにだ。
しかも、なおも自分を見詰める視線を感じる。耐えきれず、彼は走りながら横目で脇の草の中を見た。薄暗い草の中、何故かまた目と目が合う。その目が、にぃぃと笑った。
がさっ! がささっ!! 音が段々、こちらの道に近づいてくる。草を分け、自分のところに来ようとしているのだ。アレが草むらから出てきたらどうなるのか。彼は大きく首を振り、嫌な考えを振り払うと、真っ直ぐ前だけを見て、懸命に足を動かした。
かざっ! がささっ!! 音が近づいてくる。あの笑った目が輝いているのが何故か解る。
がささっ!! 右肘のすぐ側の草が大きく揺れたとき
「うわっ!!」
彼は慌てて足を止めた。大きな木が草の道をふせぐように生えている。草原でそこだけ小さな円形の空間がぽっかりと開いていた。
しばし呆然と木を眺めた後「アレは!?」焦って首を巡らす。
「……音がしない……」
草をかき分ける音が止んでいる。木の幹まで行き、根が潜り、少し盛り上がった土の上に立って周囲を見回す。見渡す限りの草原。草の波はただ風に揺れていた。
「……助かったのか……?」
大きく息をつく。ずいぶん走ったから喉が乾いた。腰のポーチから水の入ったボトルを出して飲む。底が斜めに上がったボトルの上に一枚ひらりと木の葉が乗った。
「……上……?」
止めろ! 見上げるな! 内なる自分が必死に止めるのに、操られるように視線が上に向く。そして……。
生い茂る木の葉の闇の中、二対の目が自分を見下ろしていた。目の下に白いものが浮かび上がる。歯だ。白く並んだそれは、ゆっくりと口角を上げ、曲線を描いた。
一気に血の気が下がる。叫びたくても口はパクパクと動くだけで、そのままずるずると木の根元に尻をつく。二対の目と一つの口からケタケタ、ケタケタと愉快そうな笑い声が聞こえる。
視界がすぅっと暗くなっていく。それが完全に闇に落ちる前に
「にゃ~」
猫の鳴き声が聞こえた。
* * * * *
「……あの、大丈夫ですか?」
気がつくと彼はパークの医務室にいた。レプリカの棺桶の中で眠っていたのを連れてきたのだと説明しながら、警備員らしき童顔の青年が水のボトルをくれる。
「……すみません」
謝る彼に青年は「たまに怖がりすぎたお客様がセットの中に逃げ込んでしまうことがあるんです」笑って返し、外されサイドテーブルに置かれていた眼鏡型端末を指した。
「それ撮影許可、取ってませんよね」
「すみません」
彼の前で撮っていた映像を消去する。正直、見返す勇気は無かった。
「申告して貰えるなら、宣伝になるので撮影許可を出しますよ。後でチェックさせて頂きますけど」
青年がにこにこと笑む。
「……次はそうします」
素直に頷く。飲まなかった水のボトルを返し、医務室を出る。
彼はぶるりと震えると、逃げるようにパークの出口に向かった。
* * * * *
『ありゃあ、相当脅かされたなぁ』
部屋に河太郎の声が響く。彼は普段はほとんど根城としているコントロールルームにいる。監視カメラを通して一部始終を見物していたのだろう。
「VRチューバーには、いろいろ迷惑を掛けられたことがありますからね。みんな、好きに驚して良いと思っているんですよ」
童顔の青年……三毛丸は肩をすくめた。彼は『TASOKARE』の警備長。この船の場合、警備対象は調子に乗って客にちょっかいを出す『黄昏の住人』も含まれている。
「後で虎丸様に叱ってもらいます。ところで……」
『気絶している間にアイツのバリカから、使っているVRスタジオのIDとパスワード、認証コードを抜いておいた。もし、何かマズイものをUPしたらすぐに
河太郎が通信を切る。
三毛丸はぶるりと身を震わせた。青年の姿が三毛猫に変わる。
「VRチューバーをうまく驚かせたせいで、みんな、はしゃいでいるから……」
調子に乗って他のお客に手を出さないように見張らないと。やれやれと首を振って、三毛丸はするりと医務室を出ていった。
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