第5章 工業都市エヴァンザ編 第5話(8)
霞んだ青空の向こうに、ルベール達を乗せた飛空船が小さくなって消えていく。
「お兄様、セリナ様、サリュー様……どうか、お気をつけて」
ルチアは戻っていた公社の屋上から、その飛空船に乗った兄達を見送るように空を見上げていた。そこに、ふらりとルグルセンが姿を現した。
「もう、行ったかな?」
「お父様……」
悠然と歩み寄って来たルグルセンに、ルチアはためらいがちに訊いていた。
「今まで、どちらに?」
「市議に私の判断を伝えに行っていた。国事にも関わる重要事だ。いつまでも秘密にしておくわけにはいくまい」
「そうですか……」
ルグルセンの言葉に、ルチアは表情に不安を映して俯いた。
「ここから先、お父様もお兄様も、今まで以上の激務に関わられるのですね」
「いつものことだし、覚悟の上だ。私にしても、ルベールにしてもね」
肩に置かれたルグルセンの手の温もりに、ルチアは己の無力を噛み締めるように呟いた。
「私には、お兄様やお父様を助けるために、何もできないのでしょうか」
「自責の方向に陥るのは良くないな。それは少し言い方を変えて、何かできることはないのか、と思考の方向を変えるだけでだいぶ違う。……と、ルベールなら言いそうなものだな」
軽い指摘を受けて俯くルチアに、ルチア、と、ルグルセンは気遣う声をかけた。
「私やルベールを心配してくれるお前の気持ちはわかる。だが、私やルベールが為せることや為すべきこととお前のそれは性質が違う。私にしてもルベールにしても、今自分にできること、すべきことをしたにすぎない。だから、私達とは違う形の、お前にしかできないことで私達の助けになってくれることも確実にある」
「それは……何でしょう?」
訝しげに訊くルチアの心に信念を印すように、ルグルセンは言った。
「いろいろあるだろうが、私達家族にとってということであれば、それは、お前が元気で、笑顔でいてくれることだ」
「そんなことで……」
「本当だ。私もルベールも、それを支えにしてどんな状況でも戦える。お前が笑顔でいてくれると思えば、私達はどんな苦境にも絶対に屈しない。ルミエに続きお前まで心配で死なせるほど、私もルベールもやわではないし、不誠実でもないよ」
「お父様……」
不安げな面持ちのルチアを勇気づけるように、ルグルセンは力強く笑った。
「私もルベールも、現状を打開し、お前や未来を守るために全力を尽くす。だからお前も、お前にできる限りのことをしてみなさい。それが私やルベールの力になるはずだ」
ルグルセンの言葉に、ルチアは胸に渦巻いていた不安が勇気へと形を変えて、一つの決意となって胸の中に収束していくのを感じた。
(今は今、私にできることをする……それが、お兄様の力になるのなら)
そして、ルチアは胸に生まれた決意と共に顔を上げ、飛空船の飛び去った空を見上げた。
「お兄様……ルチアは、お兄様の信じる未来を信じて、共に戦いますわ」
勇気を湛えた少女の笑顔は、空を越え、兄の信じる思いに確かに共鳴していた。
アスレリア聖王暦1246年8月27日。
工業都市エヴァンザにおいて、魔戒計画を巡る王国の動静が動き出した瞬間だった。
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