第5章 工業都市エヴァンザ編 第4話(8)
「ルベール……」
サリューの声が風にかき消される中、ルベールはその翠色に輝く瞳と銃口を前方にあったセリナの囚われた竜巻に向け、迷いなく発砲した。空気の炸裂音と共に、風色の輝きを放つ高密度の魔力を凝縮した銃弾が光の軌跡を引いて竜巻に着弾、炸裂と共に霧消させた。
風の牢獄から解放されたセリナがルベールを見ると、ルベールは輝く瞳を向け、ただ一つ、頷きを返した。それに同じく頷きを返したセリナの踵に付けられた金色の拍車が、彼女の意志に呼応するように輝きを放つ。再び前を向いたセリナは、再度ジークに向けて飛び込んだ。
「くそ……人間風情が、目障りなんだよ!」
それに、遊びを捨てたジークが苛ついた声と共に、周囲に幾筋もの闇色を纏った風の刃を形成した。凶気を纏ったそれらがジークの怒りに呼応するように荒れ狂い、セリナへと迫る。
「当たったらヤバそうだね……けど、当たんないよ。今のあんた、照準ズレズレだっての!」
セリナは迫り来るそれらを前に臆することなく、瞳を光らせて凶刃の渦へと飛び込んだ。触れれば断ち切られる鋭利さで縦横無尽に迫り来る風の刃の嵐を冷静な勘で一つ一つ見切り、しなやかで強靱な体躯を躍動させ、先を読みながら紙一重の動きで躱し、潜り抜けていく。死神の鎌のように凶暴に襲い掛かる刃の追撃も、踊るように動く彼女を捉えられない。
「この僕の力を、潜り抜けるっていうのか……ただの反応だけでっ!」
焦りを見せていたジークは、その凶刃の全てを潜り抜けたセリナが、その一瞬の隙に一足跳びに眼前に迫るのを見た。ジークは焦りから思わず全ての力を守備に回した。
ジークの周囲を闇色を帯びた風が渦巻き、彼に近づこうとする者全てを阻む。
それが、勝負の決着点だった。
ジークが守護の風壁を解いたその時には、セリナは既に後方へ飛び退っていた。
その腕に、ジークが傍を離れていたルチアの身を抱えて。
ジークはその時、セリナとルベールの思惑、全てを悟った。
これまでの攻勢の全ては、彼らの本来の目的――ルチアを奪還するため、ジークの注意をルチアから逸らし、救出の機会を掴みだすための陽動だったのだと。
完全に嵌められたことを知ったジークの口から、乾いた笑い声が零れる。
「はは……なんてことだ。これじゃあ、母様に言い訳ができないよ……」
「だから言ったでしょ。あんまりあたし達を見くびらない方がいいってね」
勝利を告げるセリナの言葉に、ジークは参ったように頭を垂れ、首を振った。
「はぁ……完敗だよ。さすがはクララやサリューの傍仕えを務めるだけはあるね。侮っていた僕の負けだ。本当に……損な役回りになっちゃったな」
そして、吹っ切れたような目になって、勝ち誇ったような顔で、笑った。
「けど、残念だったね。君達に僕を止めることはできなかった。まあそれは、ここで戦う前からわかっていたことなんだけどね」
そう語るジークの声は、満身創痍ながら、奇妙なほどの余裕を見せていた。それを訝しんだセリナが訊く。
「どういうこと? ルチアちゃんは取り返したんだし、あんたの負けでしょ」
「いや、この勝負は僕の勝ちだ。最初に言ったろう? 《正解》を見つけられなければ、ってね。君達は君達の目的を達成したけど、《正解》の意味をおろそかにした。そしてそのおかげで僕は僕の役目を妨げられなかった。それだけのこと、いわばおあいこってわけだ」
「どういう、意味だ……?」
ジークの言葉を訝しんだルベールは、魔力解放のために鋭敏になった聴覚で、遠くから迫ってくる物音を聞いた。統率された多数の馬の蹄のような音。
「馬の蹄の音……?」
徐々に迫ってくるその音をセリナやサリューも聞きつけ、ルベールがそれに不吉な予感を覚える中、その音を聞いていたジークが、彼らの《敗北》を宣告するように言った。
「おや……どうやら《正解》が到着したみたいだよ」
その言葉が終わると同時、広場への坂道を登り切ったその音の正体が、姿を現した。
それは、黒い鎧を纏い、見慣れない紋章の旗を掲げた、一個中隊ほどの騎兵隊だった。その先頭を率いる黒馬に乗った強面の騎士が、その場を一望した後、朗々と名乗りを上げる。
「我らはグランヴァルト聖王国騎士団所属特務部隊、《鷹》なり」
そして、見る者を射殺すような鋭く冷徹な視線を、ジークに向ける。
「黒き魔女の使徒。王国の正義の名の元に、貴様を拘束する」
「王国の正義の名の元に、ねぇ。よく言うよ。これだから嫌いなんだ、恩知らずな人間はさ」
満身創痍ながら呆れたように肩を竦めると、ジークは騎馬の男に視線を返し、慇懃に返す。
「初めまして、宰相閣下の一番槍殿。お会いできて光栄だ」
「逆賊に浴びせる栄誉はない。覚悟しろ」
その挨拶を切り捨てるように返した騎馬の男に、ジークはなおも呆れた目を向ける。
「逆賊ねえ……果たしてその旗印、いつまで光を浴びられるものやら」
そして、全身から力を抜き、あっさりと退却の意志を表した。
「しょうがないな、潮時みたいだしここは退くよ。役目も終わったことだしね」
そう言ってジークが含みのある視線を向けてきたその時、ルベールが、何かに気付いたように顔色を変えた。
「十二使徒ジーク……まさか、君の目的は……!」
「おや、気付いたか。さすが聡いねぇ。君とはいい相手になれそうだ。また会えるのを楽しみにしているよ、ルベール・コーバッツ。いずれ《真実》に辿り着いた時、また逢おう」
そう告げると、ジークは最後にセリナの腕の中にいたルチアに、寂しそうな視線を向けた。
「お別れだ、お嬢さん。ご家族を大切にしてあげなよ」
別れの挨拶のように告げられたその言葉と共に風が渦巻き、ジークの身体を包み込んだ。荒れ狂う風が解けたそこには、既にジークの姿はなかった。
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