第5章 工業都市エヴァンザ編 第4話(9)

「あ……」

 ルチアの呟きと共に、微かな沈黙が吹き抜ける風に流れた後、状況終了と見て緊張を解いたルベールは、握り締めていた風銃をホルスターに収め、後ろの仲間達を振り返る。

「大丈夫かい、三人とも?」

「あたしは何ともないわ。それより、サリューさんとルチアちゃんが……」

「私も大丈夫よ。あの程度でくたばるほど柔な女じゃないわ」

 二人の無事を確認すると、ルベールはルチアの元に屈み込んだ。

「ルチア、大丈夫かい?」

 その言葉に、ルチアは見る見るうちに瞳を涙に潤ませ、ルベールの首に抱きついた。

「お兄様……ごめんなさい。私のせいで、お兄様も、皆さんも……」

「いいよ、君が無事でよかった。よく無事でいてくれたね。ありがとう、ルチア」

 そこまで口にしたルベールが、ふいに力尽きかけたように膝を崩した。

「ルベール!」

 セリナが慌ててその身を支える中、倒れかけたルベールの背を、サリューが擦る。

「魔力解放、やり慣れてなかったんでしょう? 無茶するわね」

「すみません……でも、彼に対抗するには、やるしかないと思ったので」

 今さらのように憔悴の色を見せていたルベールの言葉に、セリナがサリューに訊いた。

「サリューさん、まさか、魔力解放って……」

「そう、さっきルベールの体が光って、劇的な力を発揮してたあれよ。私も同じことをしてたけど、要は自分の中に溜めてあるエネルギー……魔力を解放することで、一時的に爆発的な力を引き出す方法。本来は魔力を十分に貯蓄できる魔女の類しか使えないんだけどね」

 セリナはルベールを見る。気付けば、ルベールの髪も瞳も、元の色に戻っていた。ルチアが隣で心配そうな目を向け続ける中、サリューは呆れたように言った。

「純系の魔女ですら、魔力解放は長い時間持たない方法なの。それを、ろくに魔力の貯蓄も解放の経験もない彼が土壇場でいきなりやったのよ。ガタが来て当然ね」

 そして、無茶をした彼の想いを労わるように、魔力を込めた手で背中を擦りながら言った。

「けど、あなたがあそこで無理をしてくれたおかげで、結果的に私達は皆助けられた。よく頑張ってくれたわね」

「大切な人達のためでしたから。無理をしないわけにはいきませんでした」

 疲弊しながらも喜んで笑うルベールの軽口を、サリューは愛おしむように笑った。

「ありがとう、ルベール。無理をさせてしまって、ごめんなさいね」

「その気持ちだけで充分です。皆が無事で、本当によかった」

 軽く笑ったルベールは、満身創痍の中、瞳を上げ、帰り道に聳える黒馬の騎士を見た。

「どうやら、話を付けなければならない相手がまだいるようですね」

 騎士とその配下の兵士達を前にしたその瞳には、明らかな警戒心が宿っていた。

「ルベール……?」

 状況が呑み込めていないセリナとルチアを脇に、ルベールはふらつきながらも立ち上がり、黒い騎士団に対峙する。その隣に立つサリューも彼と同じように状況を理解しているのか、表情を警戒に緊張させていた。その様を一望した騎馬の男が、笑みを浮かべて言った。

「その徽章、王都自警団の者達と見受ける。よくぞ逆賊から民間人を救ってくれたな」

 労うように言う騎馬の男に、ルベールは警戒の目を崩さない。それに騎馬の男は失笑した。

「そう畏まるな。我らは《特務》を受けてここに来たに過ぎない。貴君らに敵対する意思はない」

「《特務》……?」

 その言葉に引っ掛かりを覚えたセリナを手で制し、ルベールは挑むように口を開いた。

「差し出がましいようですが、所属とお名前を伺ってもよろしいですか」

「畏まるなと言ったつもりだが……いいだろう。不敬を働いたようなら失礼した」

 そう言って、騎馬の男は改めて堂々と名乗りを上げた。

「我らは聖王国王都府直属・特務部隊、《鷹》。私は部隊長のレグルス・ヴィンディデイトだ。この度は王都府からの特務を受けこの地にやって来た所で、貴君らへの助力を頼まれた」

「頼まれた……誰にですか?」

 ルベールの問いに、騎馬隊長レグルスは含みのある笑みを浮かべながら答えた。

「市議長ルグルセン・コーバッツ氏。君の父上だ……ルベール・コーバッツ君」

「…………!」

 その答えを聞いたルベールの瞳に、明らかな警戒の色が宿った。同時にそれを察したのか、レグルスもまた早々に話を切り上げるように進めた。

「見た所、被害を受けた者は救出できたようだな。我らは足労というわけか」

「そんなことはないでしょう。《目的》は達成できたようで何よりです」

(…………?)

 意味の繋がらないように聞こえるルベールのその言葉にセリナが疑問を覚える中、ルベールとレグルスが静かな視線を交わす。ルベールのそれは静かな激情に満ち、対するレグルスのそれは冷ややかな宣下の色に満ちていた。

 互いに含みのある視線を交わした後、レグルスがふっと視線を切った。

「いずれにせよ、妹君は無事に救出できたようで何よりだ。我らはこれより町に戻り、ルグルセン市議長に事態を報告しに行く。貴君らはギルドの方へ報告に向かってくれたまえ。疲労しているようなら町まで乗っていくか?」

「いえ、結構です。お気遣いありがとうございます」

「そうか。まだ若いのに殊勝なことだ」

 そう感心したように言い、レグルスは黒馬を引き返す方向へと旋転させ、ルベール達に背を向けた。そして、忠告を残して平然とその場を引き上げようとした。

「ここに来るまでの安全は確保してあるが、帰りの道中、気を付けたまえ。ではな」

「待ってください」

 その出立をふいに呼び止めたルベールの声に、レグルスは首を振り向けた。

「何かな?」

「貴方がこの町へ派遣された《特務》というのは、いったいどのようなものなのですか?」

 そう訊かれたレグルスは、ルベールに視線を据え、真っ向から疑いの目を向けてくるルベールの瞳を見返し、そこに映っていた彼の意図を読み取ったように小さく笑った。

「御父上に訊いてくれ。事情は呑み込まれているはずだ」

 そして、そう答えて黒馬の上からルベールの油断のない瞳を冷ややかな目で睥睨すると、

「まだ若いのに、随分とできた男だ。敵にするのは怖いな」

 そう言葉を残し、指示を出し騎馬隊を率いて、その場を下り始めた。後に残されたルベール達の立ち尽くす広場に、夜気を帯び始めた冷ややかな風が吹き抜ける。

 セリナとルチアは、ルベールの表情が先程よりもいっそう深刻さを増しているのを見た。

「ルベール……」

「僕らもエヴァンザまで戻りましょう。今は一刻も早く、状況を確認したい」

 ルベールの緊張を煽るように、冷たい風が一筋、花の荒らされた岩場を吹き抜けた。

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