第5章 工業都市エヴァンザ編 第4話(3)
「さて、せっかくお嬢さんが話に乗ってくれたんだ。まずは自分の話から始めるのが筋かな」
鉄のように冷たい風が渓谷の花畑に吹き抜ける中、ジークはおもむろに語り始めた。
「僕の元の母親は魔女でね。父も母も、気性も穏やかで優しい人だったよ。ただ、母親が魔女であるということを除けば、何の不都合もない、幸せな家庭だった」
過去を振り返るようにそう話すと、ジークはルチアに影を帯びた目を向けた。
「お嬢さん。『魔女狩り事件』のことを、知っているかな?」
振られた話に、ルチアは記憶にある知識を引き出す。
「聖王暦1225年、当時の《六星》の一人、《炎星》の叛逆行為をきっかけに、国内の反魔女勢力が一斉蜂起した事件のことでしたわね。炎星が命と引き換えに暴動を鎮圧した後、国王と残りの五星の宣言によって事態は収束した……と聞いています」
「そう、その通りだ。それでお察しかもしれないが……僕の両親は、それに乗じて殺された。僕の住んでいた村は、わりと魔女の受け入れに寛容な場所だったから、その人口も多くてね。その分、魔女狩りの火の手は酷かった。村中が火に焼かれて、地獄みたいだったよ」
痛ましい過去を振り返る表情のジークに、ルチアは恐る恐る訊いた。
「事実……ですの?」
「いくら僕でも、こんな悲しい話で笑いを取れるほど酔狂じゃないつもりだよ」
どこか寂しそうな声で乾いたように笑って、ジークは話を続けた。
「そういう訳で身寄りを失った僕は、当時、僕と同じように『魔女狩り事件』の影響で寄る辺を失くした魔女の子供達を引き取っていた女性に預けられた。それが今の母親……《六星の巫女》の一人、《闇星》ゼノヴィア・クロニアス様さ」
突如話に出て来た思わぬ人物の名前に、ルチアの声に驚きが現れる。
「《闇星》が……貴方の身元の引受人ですって?」
「そ。それで今はその恩に報いるため、母様の仕事、《計画》の進行を手伝ってるってわけ」
経緯を語り終えたジークの声の色が、深みに入るもののそれに変わった。
「端的に言うと、僕らは《ある物》を使って、この王国全土に直訴のようなことをするつもりでいる。僕らの活動を通じて、この王国は自らが犯してきた過ちを直視せざるを得なくなるだろう。無実の魔女を虐げてきた人間の、理不尽と愚かさをね」
そこまで話して、ジークの声にわずかに懸念のような感情が混ざる。
「けど、逆賊としてしか見られないのなら、僕らが何を成し遂げた所で、過去の過ちの焼き直しにしかならない。果たして、僕達が果たそうとしている正義は、この王国の姿に認められるべきものなのか……それを確かめようとするのが僕の、そして僕ら《墜星》のやらなければならないことってわけなのさ」
そこまで話し終えると、ジークはルチアに不敵な目を向け、視線と共に問いかけた。
「そこでルチアちゃん、君に訊いてみたい。なぜ、魔女は迫害されてきたと思う?」
ジークの問いに、ルチアは警戒を緩めず、問われたことに対する答えを率直に返した。
「魔女ではない人々には持てなかった力をやっかまれて……では、ありませんの?」
「聡いね。そう、実際そう考えるのが妥当だし、そしてそれは真実だ。魔女は人間に持ち得なかった超常的な力――魔力を持つが故に、人間から嫉妬まみれの眼で見られてきた。あの日――僕らの家族を焼いた下手人も、そういう手合いだったことは間違いない」
そこまで言って、けど、と、ジークは問いを向け変えた。
「元々この王国における魔女の立場は、建国の伝説を語る聖典にも記されている。加えて言うなら、帝国との戦争の際にこの国を窮地から何度も救ったのは、他でもない魔女の協力があってこそだ。魔女の存在と協力無くして、今のこの聖王国の繁栄はありえない」
自らが経験した惨劇の由来を概観するように、ジークは懐疑的な調子で話す。
「魔女の存在は今や……というか遥か昔から、この聖王国に無くてはならない存在だった。迫害を受けなければならない理由など、どこにも存在しない……そうは思わないかい?」
「お言葉ですけれど……だからこそ、なのではありませんか?」
ジークのその見解に、ルチアはかえって疑問とばかりに答えを返した。
「魔女がこの王国にとって必要不可欠な存在になればなっていくほど、そうでない人間の立場は相対的に弱くなるはずですわ。その事実が、貴方のお話ししたような手合いの醜い嫉妬の火に油を注いだと考えても、何も不自然はないと思われますけれど」
「ふふ……さすがだね。君はすぐに欲しい答えに辿り着いてくれる。話しがいがあるよ」
満足げな笑みを零し、ジークは再び、ルチアに問いかけた。
「ルチアちゃん。人間と魔女の違いとは何か……わかるかな?」
ジークのその遠回りに思える問いかけに、ルチアはある違和感と確信を、同時に得た。
市の代表の身内を誘拐するなどという、この町に混乱をもたらす程の行動をしていることを自覚しているこの人物が、ただの興味や好奇心でこんな問答を続けるはずがない。一見、単なる問答に過ぎないこの男の問いかけには、やはり何らかの意図がある。
たとえば、それこそ彼の言ったように、自分から何らかの答えを聞き出すこと。それが彼やその所属する勢力にとって何の得になるのかは不明のままだが、答え方次第では状況を変化させることになるかもしれない。この町、あるいは兄の所属する勢力にとっても。
警戒をいっそう強めつつ、ルチアはジークの問いに対し、慎重に、正確な言葉を選ぶ。
「魔力を扱えるか否か……ではありませんの?」
「その通りだ。君も知っている通り、魔女と人間の間に生体構造的な違いはほぼ無い。魔女も人間と同じように呼吸をし、食事も排泄もすれば、人並みの恋だってする。両者の違いはただ一つ、魔力を使役する能力を先天的に備えているかどうか、ぐらいだ」
そう話しながら、ジークは底の読めない翡翠色の瞳を、ルチアの眼に向けた。
「でも考えてみてくれ。逆に言えば、人間と魔女の違いなんてそれだけのものだ。魔女と人間は決して分かたれた存在じゃない。現に魔女は原初の系譜から人間と交配して子孫を増やしてきているしね。君のお兄さんのような人も、その一系統だ」
「何が、言いたいんですの……?」
兄のことに言及され思わず焦れかけるルチアに、ジークは平然とした調子で言った。
「《原初の七人》から辿って見てみれば、人間と魔女を対立させようとする動き自体、歴史的に無理があるってことさ。人間が思う以上に、魔女と人間は不可分の関係にある。血筋的にも生活的にもね。今反魔女主義を掲げている誰かが話しているその相手に魔女の血が一滴も流れていないと言うことの方がむしろ難しい。それを弁えるなら、人間の劣性だの魔女の優性だので争うなんて馬鹿げてるってことが言いたいのさ」
ジークのその言葉に、ルチアはそれまでの警戒を思わず緩めてしまった。
理不尽な暴力に家族を奪われたと偽りなく語った彼のその答えは、あまりにも。
「意外……ですわね。てっきり貴方は魔女の優性を唱える一派なのかと思っていました」
「そんなことで殺し合うなんて馬鹿げてるって思ってるって言ったろう? そういうことを考える人間が思う以上に、魔女の側は比較的寛容だ。自分達の血筋がこの聖王国の地の歴史に根付いてるってことを血の自覚として持っているから、自分の立場を疑うことがないのさ。まあ、それを優越卑下と見られちゃ、たまったものじゃないけどね」
寒々しく笑うジークは、侮蔑の感情をその軽い嘲笑に混ぜ、なおも語り続けた。
「魔女はその、王国の歴史との絆を心の支えに、身勝手な人間の軽蔑に耐えてきた。だが、あの日……それに思い至らない愚かな人間は、越えてはならない一線を越えようとした。それによって、《均衡を守る者》が殺められ、魔女と人間の間の堰は決壊する間際だった。だが、それを止めたのも……《均衡を守る者》の、遺志だった」
その言葉を口にしたジークの表情に、今までにない憐憫の情が現れたのをルチアは見た。その表情に偽りがないことを感じ取りながら、ルチアは恐る恐る訊ね返した。
「その《均衡を守る者》というのは……?」
「そうか。君はあの時、まだ生まれていなかったか」
ルチアの疑問に、憂いを浮かべた表情を吹き払い、ジークは再び軽い調子で語った。
「この王国で二十年ほど生きている者なら、きっと誰でも知っている。魔女狩り事件のその日、この王国のある場所に、天を衝くような火柱が上がった。この王国の抱えてきた罪を象徴するようなその火柱の上がった日を、人は《業火の日》と呼んでいる」
「《業火の日》……」
畏れ多いその響きを口に出すルチアに、ジークは興気な目を向けながら言った。
「知らないようなら調べてみてくれ。宿題だ。きっと君のためにもなるだろう。お兄さんやお父さん、亡くなったお母さんの遺志を継いで、この王国に仕えようとするのならね」
「お兄様もお父様もまだ亡くなっておりませんわ。縁起の悪いことを仰らないで」
思わず声を上げたルチアに小さい笑みを返すと、ジークは話を締め括るように言った。
「いずれにせよ、あの日、人は過ぎたる過ちを犯した。そして、時の王の仲裁で事態は収束したものの、その行いの真偽はきちんと裁かれていない。魔女と人間が共に歩み、創り上げてきたこの王国の歴史への背徳と冒涜を、野放しのままにはしておけない。っていうわけで、僕ら《墜星》が、その後始末――《裁き》のために動いている、ってわけなのさ」
そこまで聞いて、ルチアは彼の――《彼ら》の語ろうとするところに、容易に辿り着いた。
「そのために用いるのが……《最終兵器》なのですね?」
「おや、もうそこまで伝わっていたか。さすがは君の兄君、情報が早いねえ」
理解を喜ぶジークに、ルチアはいっそうの警戒を強めながら、その話を追及する。
「待ってくださいませ。お兄様から聞いた話では、《最終兵器》は帝国との膠着状況に決着をつけるために運用されると聞いていましたわ。けれど、今の貴方のお話からすれば……!」
「うん、そうだね。でも安心して。天央の女神より賜りし血盟の絆に誓って、僕ら《墜星》は《それ》を真の目的以外には使わない。少なくとも、反乱分子の排除なんて目的には使わないから、そこは安心して。あれはそんな規模で使えるものでもないしね」
ジークのその言葉に、ルチアは即座にまた一つの事実を看破する。
「真の、目的……つまり、帝国との決着が真の目的ではないということですね?」
「まあ、そこらへんはおまけってところかな。その辺も気になるなら調べてみてもいいけど、いずれにせよ僕達の本当の目的じゃないね」
ルチアのその解析の速さに興気に笑みながら、ジークは断言するように言った。
「《墜星》の目的は、ただ一つ――《審判》だ。ここまでの話の流れを考えれば、それが何なのか、何を意味しようとしているのか……想像がつくんじゃないかな?」
「《審判》……」
鍵となる言葉を与えられたルチアを前に、ジークは謎々をかけた道化師のように笑む。
「さあ、だいぶヒントはあげたよ。後は推理してみてごらん。そして、僕らの目的に、同じ場所に辿り着けた時……君達には、もう一度会って話をしてみたい。僕らがもう一度同じ場所に立てるかどうかは、きっとその時にわかる……そう、伝えておいてもらえるかな」
「伝える……?」
「もちろん、君のお兄さんとそのお仲間さん達にだよ。彼らも僕らに関する情報を欲しがってるはずだ。伝えてあげれば喜んでくれるんじゃないかな」
そこまで言うと、さて、と、ジークは話を切り上げるように言って、背を向いた。
「お喋りはここまでみたいだ。悪いけどもう少し芝居に付き合ってもらうよ、ルチアちゃん」
そう言って背を向いたジークとルチアの視線の先に、三つの人影が現れていた。
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