第5章 工業都市エヴァンザ編 第4話(4)

 透き通るような白い肌と水色の髪を風に梳かせる、鋭い目をした妙齢の美女。

 拳を握り込み、小柄な体躯に弾けそうな戦意を漲らせる、怒れる眼をした栗色の髪の少女。

 そして、今にも火を噴きそうな銃口のように鋭く冷徹な目を向ける、痩身の青年。

「お兄様……」

 ルチアの声を背に、ジークは鋭くした目を、現れた王都自警団員の三人に向ける。

「やあ、来たね。兄君にお嬢ちゃん。それにサリューか。久しぶりだねぇ」

「ええ、久しぶりねジーク。相変わらず女の子をかっ攫うのが好きみたいね」

「初めて会う子達の前で人聞きの悪いことを言わないでくれよ。そういう君も相変わらず意地悪みたいだね。ふふ……懐かしいな」

 再会を喜ぶように笑うジークに、サリューは厳しく細めた青い瞳を向ける。

「悪いけど、お互い再会を喜べる立場じゃないことはわかってる?」

「もちろん。君の方こそ、それを自覚してくれているようで幸いだ」

 言葉を交わし、《十二使徒》ジークは、中央に立つルベールに目を向けた。

「ところで、愚問かもしれないけれど、どうしてここがわかったんだい?」

「ルチアの利用価値と君達の目的を考えれば、このエヴァンザの地でルチアを連れ出せる場所は限られてる。《柱》もない場所で、君達の目的にとって役に立つような場所……それは、鉱場の隙間、地下に流れるとされる霊脈の上に咲くこの秘密の花畑くらいなものだ」

 そう話すと、それに、とルベールは付け加え、自分の胸に手を当てる。

「僕は君よりもこの町やルチアのことをよく知ってる。いくら君に優れた力があろうと、この町の中でルチアを探す僕を撒けるとは思わないでもらいたい」

「へえ、お見事。さすがはこの地に連綿と連なる高貴なる血という所か。侮れないものだね、肉親の絆というのは。そうは思わないかい、サリュー、我が愛しの家族よ」

「ええ、全くね。できることなら私達もそうでありたい所だけど……今はそうはいかないわ」

 呆れたように言うサリューの脇で、ルベールが腰のホルスターから銃を引き抜き、その銃口をジークに向けた。それに不敵な眼差しを返すジークに、サリューが追撃のように言う。

「ジーク。こちらの要求は一つだけよ。ルチアちゃんを返しなさい」

「んん、至極正当な要求だね。ちなみに、もし返さないと言ったらどうなるのかな?」

「その時は、自警団の人間として実力を行使させてもらうだけよ。もっとも、ルチアちゃんの身柄と引き換えに私達からせしめられる対価なんて、あなたにはないと思うのだけれど」

 押し込むようなサリューの言葉に、ジークはしれっと返した。

「元からそのつもりだよ。だけど、当然こちらもタダでとは言えないな」

「では、あなたの要求は何?」

 サリューの問いに、ジークは答えを返さない。そこにルベールが挑みかかるように言った。

「《十二使徒》ジーク。なぜルチアを……僕の妹を、コーバッツ公社の要人を攫った?」

「んん……何故だと思う? 君のその眼を見る限り、何か予想があるのだろう?」

 鬼気を秘めた目を向けてくるルベールを前に、ジークは挑発するように言った。

「答えてみせてよ。もしも君が僕の考えを読み切れたなら、彼女を手放そうじゃないか」

「何よそれ……人の妹かっさらっといて、ッ!」

 傍らで激昂するセリナを片手で制し、ルベールは冷静の下に激情を秘めながら話す。

「十二使徒ジーク=ヴィント。ルチアを攫った君の言を易々と信用するつもりはない。だが、君には訊きたいことがいくつかある。僕らの捜査を進めるためには、君達の情報が欲しい」

「ふぅん……そうだろうね。けど、僕がそれを易々と話すと思うかい?」

「無論、思わない。だが君がそういう態度で来ることくらいは、こっちも想定済みだ」

 ルベールは瞳に映ったわずかな憂いを払うと、ジークに視線を向け直し、言い放つ。

「だから、僕はこの町でこの行動を起こした君の帯びている役割を明らかにするだけで済ませておくことにするよ。それが明らかになったら、ルチアを返してもらう」

「へぇ……随分と大胆だね。何か当てでもあるのかい?」

 ジークの言葉に、ルベールはちらと視線を脇の二人――セリナとサリューに投げ、

「散々悩んだ分、周りに迷惑をかけたからね。少しは仕事をしないと怒られる」

 照れ笑うように言うと、視線を再び向け直し、銃口と共に鋭い口調で語り始めた。

「情報のルートはまだ不明だけど、君はルチアがエヴァンザの要職の家柄であり、同時に王都自警団に所属する僕の個人的な近親であることを知っていた。そのことを利用して君がこの町でルチアを攫うことで実現できる効果は二つ」

 そう言って、ルベールは鋭く切り込むように、自らの推理の結論を発した。

「それは、エヴァンザの町の警戒心の強化、そして……ルチアの近親である僕を中軸にして、僕達王都自警団の君達に対する警戒心、あるいは認識を撹乱することだ。このエヴァンザのトップを務める家柄であり、かつ王都自警団に身を置く僕の近親であるルチアに狙いを付けたのも、その両方を一度に撹乱し、警戒させるためだったんだろう?」

 ルベールのその言葉に、ジークは当てが外れたかのように、落胆したような調子で言った。

「ふぅん、名推理のように聞こえるけれど、いまいち解せないねぇ。話を聞いた限り、それじゃあ僕の側には何のメリットもないように聞こえるけれど?」

「ああ。僕も最初は、そんなリスクを高めるだけのような行動に何のメリットもないと思っていた。けれど……その認識の迷いを生むこと自体が狙いなら、メリットはあるだろう?」

 その言葉にジークが目を細めたのを見ながら、ルベールは厳しい目を向けたまま言った。

「初めは、頭がこんがらがるばかりだった。けど、僕達全員が面している状況を考えて、ようやく見えてきたよ。君達の一件矛盾するように見える、不可解な行動の意図が」

 細い眼差しを返すジークを前に、ルベールはその謎の一端について語り始めた。

「僕達は何度か、君達、《十二使徒》を名乗る人間と接触している。君達の目的は《魔戒計画》を進行させること。そして僕達の目的は、その計画の実行を阻止すること。僕達が相反する思惑の元に対立するはずの立場にあることは覆しようのない事実……そう思っていた」

 けど、と、ルベールは思考を進めながらさらに言葉を続ける。

「商業都市ハーメスで接触した十二使徒の発言と行動から、僕達は君達の行動に疑念を抱き始めた。圧倒的な力を持ちながら、何度かの接敵の際にも、君達は僕達を本気で潰しに来なかった。僕達がただの障害であるなら、即刻排除をすればいいだけの話なのに」

 ルベールがそこで言葉を止め、風が一筋吹き抜けると共に、ジークが口を開いた。

「つまり……何が言いたいんだい?」

「君達は今まで、僕達を始末できなかったんじゃない。意図的に始末をしない、あるいは始末するわけにはいかなかったんだ。その方が君達の《真の目的》に適うから。違うかい?」

 微かに目を眇めるジークに、ルベールは銃口を向けたまま、畳みかけるように言う。

「君達は、僕達に何らかの利用価値を見出している、ということさ。それも、僕達が君達を敵視することによって生じる、何らかの効果をね。だから君達は僕達を本気で潰しに来ない」

 確信を得たルベールの言葉が、錐のように鋭くなっていく。

「君達は、僕達に《正体》を特定されない方が都合がいいはずだ。ただ表向きの《敵》を演じて、それに僕達が素直に従うことで、単純な対決の構図を保つ。その方が君達の真の目的を進めるには都合がいい。だからこんな回りくどい手を使ってまで、僕達を再び誤解させようとした。一度生まれた、君達の真実を暴かれかねない僕達の疑念を、再び煙に巻くために」

 そして、勢いを増してきた風の渦に乗るように、迷いを振り払うべく告げる。

「けど、もうその手には乗らない。目論見が見えている以上、僕達は君達の情報操作には惑わされない。僕達は僕達の眼で真実を見抜く。君達の目論見は、もう僕達には通用しない」

 ルベールはそこで言葉を切り、真実を見抜こうとする鋭い目をジークに向ける。

 鮮烈な推理と決意を突き付けられたジークは、ふふ、と興気に小さく笑うと、こう言った。

「お見事、なかなかいい読みだ。けど残念、まだ少しだけ足りなかったかな?」

「何……?」

 警戒心を露わにするルベールを目に、ジークは解答者のように語る。

「さすがは《切れ者》のルベール、ある程度は正解と言っておこう。けど、その裏側にある僕達の《狙い》までは、まだうまく見切れてないみたいだね」

 そして、ルベールに見えていない真実を手にしている勝利者の眼で、彼を見た。

「じきに《正解》がここにやってくるはずだ。それが君達のタイム・リミットだよ。それまでにせいぜい頭を捻ってごらん。それまでは僕がここで相手をしていてあげるからさ」

「タイム・リミット……」

 その言葉に再び思考の坩堝に落とされるルベールを嗤うように、ジークは言う。

「ちなみに、《正解》を捻り出しても、たぶん君にそれを止めることはできない。でも、知らないよりは知っておいた方がいいだろうね。とだけ、忠告させてもらうよ」

 ジークの言葉に、その場の空気が再び黙考の中に沈もうとする。だがそこで、痺れを切らしたセリナが強く前に身を乗り出し、澱んだ空気をぶち破るように勢いよく言い放った。

「るっさいのよ、このおとぼけキザ男。どんな理由か知らないけど、この町やあたし達の大事な時期にルチアちゃんを攫って、公社や町の人達に心配かけて……これ以上ルベールや町の人達に心配かけさせるようなこと、あたしは何があっても絶対に許さないから」

 挑みかかるように言ってのけるセリナに、ジークは試すように不敵な目を向ける。

「んん、少々浅薄だね。いいのかい? 下手に動こうとすれば、かえって不利を招くかもしれないよ。君達だって今、難しい状況なんだろう?」

「悪いけどあたし、あんたらみたいに小難しい屁理屈で動けなくなるようにできてないの。今は今、あたしは目の前にあるやるべきことをやるだけ。今あたしがやるべきことは、あんたをぶちのめしてルチアちゃんを取り返す、それだけよ」

 停滞を嫌い、燃え滾る決意の元に動く今のセリナに、問答による封殺は通用しなかった。

「あんたの目論見なんて知らない。どんな理由や《正解》だろうと知ったこっちゃないわ。ルチアちゃんは返してもらう。そんでついでに、あんたも必ずとっちめる!」

「んん、威勢が良いねぇ。苦悩の円環に囚われっぱなしのそこの彼より、よほど爽快だ」

「あんたなんかに褒められても嬉しくないっての!」

 発気一声、セリナが駆け出した。靴に装着された金の拍車が跳躍力を強化、爆発的な加速力を得て一足の内にジークに肉薄、思い切り引いて溜めた右拳を杭打のように突き出す。

 細身を貫くかの如き強烈な突拳はしかし、またも不可視の分厚い壁に阻まれた。

(くっ……また!)

 セリナがその感触を拳に染み込ませる中、壁の向こうに平然と立つジークが笑う。

「ああ、ちなみに言い忘れてたけど……さっきの彼の推理、なかなか見事だったのは確かだよ。けど、当然些かのズレはある。まあ、端的に言うなら……」

 笑みを浮かべながら語るジークの瞳が、凶気を帯びて、セリナに向けられた。

「僕らの目的に照らしても、君一人くらいなら、別に死んでも何とも思わないんだよね?」

「ッ……⁉」

 戦慄するセリナを取り囲むように、空気の流れが参集、風の刃となって舞い踊る。

 彼女を八つ裂きにするその刹那、乾いた銃声と共に、その風の刃が霧散した。

「!」

 虚を突かれたセリナとジークの間に、緑色の残光を帯びた痩身の影が割って入る。

「させないよ。君に、セリナをやらせはしない」

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