第68話 襲撃
ヘイエルに戻って暫くすると、ホランが冒険者ギルドで不穏な動きがあると言ってきた。
「ハルト、ちょっときな臭い話が有る。ハインツ達がギルドで聞いたらしいんだ。此のところ他領から冒険者が流れて来る数が多くなっているが、ハルト達の事を聞いている奴がいるそうだ」
「もう少し、護衛を増やした方が良いかな」
「ヤハン達の一人は、使い物にならなかったとユラマが言ってたが、留守に雇ったハインツのところも、二人は愚痴が多いし仕事をしない奴だったぞ」
「じゃーその二人を省いた四人を雇い、15人態勢にするか」
「だな、二手に分かれてもそれなら何とかなる」
ハインツを呼び出して、ヤハン達同様俺の護衛にならないかと誘う。
部屋はヤハン達が2階の一室を五人で使っているが、もう一室をハインツ達に提供する事で合意。
衣食住提供で月に金貨三枚と聞きほくほく顔だが、ホランに、鍛えるぞと言われて顔が引き攣っていた。
ヤハンやハインツ達を交互に冒険者ギルドに行かせて、情報収集をさせる。
判った事は他国の人間も混じっている事と、冒険者崩れか破落戸の2グループが居るらしい。
他国ってのが気になるが、ブルーゼン宰相が言っていた事だろうから、強行手段は取らないとみて良い。
問題は冒険者崩れと破落戸達だ、此奴等は2~3人で行動していて総数が判らない。
情報収集だけでは無いとみるのが妥当だろう。
標的は俺だけか、それとも姉さん達も含むのかが判らない。
姉さんの外出時の護衛体制の強化をホランに命じる。
直接護衛は四人、離れて周辺警護に4~6人を付けることにした。
姉さんには、外出時は必ずローブを身につける様に言っておく。
ローブは魔法防御が施されているので、万が一の時にはフードを被りミリーネを包み込めば身を守れると教えておく。
俺自身は護衛を必要としないので、家の守り以外は姉さんの安全を優先させる。
俺自身も姿を変えて遠巻きに護衛に出ようと考えているとき、家の事を任せている執事代わりのモルサンが来客を告げてきた。
「ハルト様、オルテミダ王国の派遣大使代理、ビトラ・アキエス子爵様がハルト様にお会いしたいと来ておりますが」
「会わなきゃ駄目かな」
「普通先触れを寄越しますが、ハルト様はあくまでも公爵権限ですので」
「あー、判ったよ。応接室に通しておいてくれ」
コーエン侯爵様にお願いして、家の全てを取り仕切る人材を頼み、やって来たモルサンは優秀だがちょっと堅苦しい。
姉さんも家全体を取り仕切るのは大変で、モルサンが来てからは殆ど丸投げ状態で重宝している。
もう少し砕けた感じになってくれれば申し分ないのだが、などと益体もない事を考えながら応接室に向かう。
新築祝いに王家から送られた品々、絨毯と壁掛けに壺の置き場所として応接室は最適だ。
此処へ通すのは堅苦しい相手や、はったりの通用する相手と決めている。
なんちゃら王国の派遣大使代理なんて相手には、丁度良い場所だ・・・が、俺の服装がぶち壊しなのはご愛敬。
はっきり言って成金趣味の部屋だな。
「お待たせしました、ハルトです」
「お初にお目に掛かります。オルテミダ王国派遣大使代理、ビトラ・アキエス子爵に御座います。突然の訪問に対しご丁寧な・・・」
「あー、申し訳ないが、見ての通り私は冒険者です。アキエス子爵様のご用件を簡潔にお願いします」
むっとした顔を隠そうともせずに、フンと鼻で笑う仕草の後で喋り出したが、オルテミダ王国に俺と家族を招待したいとさ。
ドブルク王国の様な公爵待遇ではないが、子爵として遇し領地も与えましょうときた。
「貴方様の類い希な魔法と、治癒魔法も良く熟す実力は我がオルテミダ王家も・・・」
「アキエス子爵様、先程の言葉の意味をご理解下さい」
「はて、意味とは?」
「先程、私は冒険者と申しました。ドブルク王国から与えられた地位も、公爵"待遇"で紋章も冒険者ギルドの看板を流用したものです。望んだものでなく、王家との暗黙の不可侵条約の様なものです。お分かりですか、地位も領地も必要在りませんし、跪く気もありません。お引き取りを」
「でっ、ではお願いがあります。谷底の森に生息すると言う、ドラゴンを討伐してお譲り下さい。この願いを叶えて下さるなら、領地と伯爵位を賜ることでしょう」
「ドラゴン? 面白い事を仰りますね」
「惚けても無駄です。以前此の国で討伐されたドラゴンは二頭、何れも一撃で倒されています。貴方の強力無比な氷結魔法なら、ドラゴンを一撃で屠ることも可能でしょう。ドブルク王国が秘密にするドラゴンスレイヤーは、貴方しか考えられない。それ故、王国は貴方に公爵待遇を与えたのでしょう」
ドラゴンが欲しいので、爵位と領地で釣ろうって魂胆ね。
お引き取り下さいの言葉に「我々は諦めませんよ、貴方を必ず我がオルテミダ王国に招いてみせます」
と、憎々しげにほざいて、アキエス子爵は帰って行った。
そんな寝言を俺に聞かせたのがお前の運の尽きだ、待たせていた馬車に乗り込むのを2階の窓からお見送りする。
従者がドアを閉めたとき、脳凍結であの世に送って差し上げた。
氷結魔法の、守護精霊降臨のサービスは無しだ。
* * * * * * *
俺がアキエス子爵と別れの挨拶を交わしているとき、ヘレナはミリーネと世話係のエラーシャを連れて、オシエク通りへ何時ものお散歩に出掛けた。
もうすぐ四歳になるミリーネのお楽しみは、オシエク通りの各店舗を見て回り、お茶と甘いクッキーのおやつを食べて帰るのが日課だ。
異変に気づいたのは、離れて監視していたサランとドンザの二人だった。
ヘレナ達に方に駆け寄りながら、鋭く呼び子を吹く。
〈ピッピッピー〉〈ピッピッピー〉鳴り響く合図の笛に、ヘレナ達の傍にいたヤハン達四人が三人を背後にかばい剣を抜く。
ヘレナ達に近づいていた男達が、呼び子の音に気づき剣を抜きながら駆けだす。
いきなり剣戟の音が周囲に鳴り響き、周辺の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
〈キャーァァ〉
〈逃げろー〉
〈ヘレナ様、ミリーネ様を〉
〈建物の中に逃げて〉
〈糞ッ〉
〈ウオーッ〉
ヘレナ達に襲撃者を近づけない事を第一に、ヤハン達は防戦に回る。
切り倒そうとすれば隙が出る、先ず離れていたサラン達が応援に来るまで耐えなければならない。
剣を打ち合う音がオシエク通りに響き、買い物客達が遠巻きにする。
相手は10人前後。
コーエン侯爵様が、オシエク通り裏に新たな警備隊の詰め所を設けてくれている。
彼等が到着するまでが勝負だと思いながら、ヤハン達は剣を振る。
〈糞ッ〉
〈ウッ〉
敵味方双方が倒れたり、手傷を負って戦線離脱する者が出始めたとき〈パーン〉〈パーン〉と破裂音が響き、ヤハンやサラン達と剣を交えていた者が炎に包まれて藻掻く。
魔法攻撃に驚き、不利を悟った襲撃者達が逃げ出したが、背後からファイヤーボールが襲い掛かる。
走り出した背後からファイヤーボールが破裂し、爆発の勢いに突き飛ばされて転倒する。
〈ピーピー〉〈ピーピーピー〉
呼び子の音と共に警備隊が駆けつけて来た時、負傷者の手当をする為にヘレナは倒れている護衛の首に手を当てていた。
「お怪我は有りませんか、ヘレナ様」
「有り難う御座います。助かりました」
「いやー、火魔法を使うとは聞いていたが・・・」
ヘレナは、駆けつけて来たサランの声を聞きながら、怪我人の治療を始めた。
(慎重にやらなくっちゃ、死なせちゃ駄目)震える自分を叱咤しながら魔力を送り込み広げていく。
「ヘレナ様、トランは大丈夫でしょう・・・え、えぇーぇぇぇ」
「まさか・・・ヘレナ様も治癒魔法を」
〈おい! 賊を捕らえろ! 逃がすんじゃねえぞ!〉
〈賊は全て縛り上げろ! 怪我していても構わねえ〉
ヘレナのファイヤーボールを受けて、大火傷をして呻いている奴もお構いなしに縛る。
「すいませんヘレナ様、俺の怪我も治りますか」
「あっしもちょっと斬られちゃって」
怪我をした護衛達がヘレナの元に集まって来る。
「お前達、散れ! そんなものは唾を付けときゃ治る!」
警備隊の対応に忙しいサランが、軽傷の護衛達を蹴散らして怒鳴り声をあげる。
「ヤハン、ヘレナ様達を家にお送りしろ。俺達は後片付けをしてから帰るから。ハルトにも報告しておけ」
* * * * * * *
オルテミダ王国の派遣大使代理、ビトラ・アキエス子爵を、2階の窓からあの世までお見送りしていると、何か騒がしい。
モルサンに何事かと尋ねている最中に、ヤハン達が姉さんと共に帰宅して襲われた事を報告してきた。
「襲って来た奴等は?」
「警備隊が駆けつけて来たので、引き渡す事になった。それよりハルト、ヘレナ様も治癒魔法が使えるのとは知らなかったよ」
「それを何処で知った」
「襲われた時、トランが大怪我をしたのをヘレナ様が治してくれたんだ」
「オシエク通りの真ん中でか?」
頷くヤハン「だって大怪我をして倒れていたので、死なせちゃ駄目だと思ったら」と、姉さんが言い訳をする。
こんなに早く知られる事になるとは計算外だ、今度は姉さんの治癒魔法に群がって来る奴等の阻止も考えないと。
帰って来たサランから襲撃の詳しい話を聞いたが、冒険者崩れと破落戸の様だが、見知った顔は無かったので流れ者の様だと言った。
明確に敵が存在すると判っていれば、遣り易い。
サランとドンザからは、直接護衛に付く者達を遠くから観察していると、襲撃者の行動がよく判って対処しやすいと言われた。
あんな方法を、何処で覚えてきたんだと言われたが内緒。
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