第69話 ヘレナの実験
コーエン侯爵は日課の移動標的射撃の訓練を終え、サロンでお茶を楽しんでいる時に、オシエク通り裏に設けた警備隊からの伝令が駆け込んできた。
「申し上げます! オシエク通りにてヘレナ様ミリーネ様達が、不審者からの襲撃を受けました。幸い護衛達とヘレナ様の魔法により撃退、7名を捕縛致しました」
「ヘレナ殿、母子は無事なんだろうな」
「はっ、ご無事です。護衛の一人が大怪我を負いましたが、ヘレナ様の治癒魔法にて治療されたので、大事には至っておりません」
「待て、いま何と言った」
「はっ、護衛達も大事には至っていないと」
「治癒魔法と言わなかったか?」
「はぁ、直接見た訳ではありませんが、護衛の一人がそう言ってました。大怪我を負ったとみられる護衛は胸当ての隙間から剣を突き入れられた様で、大量の血で汚れていましたが、立ち上がっていましたので本当だろうと思われます」
又、厄介事の種が増えたと思いながら、賊は捕らえているんだろうなと確認する。
「大火傷を負っている者も複数いますが、7名を捕らえています」
「徹底的に調べて、逐一報告しろ」
ハルトの姉と姪が無事で会ったことにほっとすると共に、此れはハルト達に対する攻撃で有ると共に、私への挑戦だとコーエン侯爵は思った。
陛下より、ハルトの家族の安全に気を配れと命じられているので、彼女達の安全を脅かす者は私の敵だ。
* * * * * * *
コーエン侯爵の怒りとは別に、賊7名を取り調べる警備隊本部では尋問すべき人物のうち、取り調べに耐えられそうなのは二人しかいない。
四人は大火傷で唸っていて、もう一人も斬り傷が深くて高熱に魘されている。 残り二人は明らかな下っ端で、一言恫喝しただけでペラペラ喋り出したが聞くべきものが無かった。
取り調べに当たっている担当者は、重傷者の取り調べが出来れば何か聞き出せると考えていたが、犯罪者には重傷でも高価なポーションは与えられない。
部隊長にポーションの使用を申請しても、怒鳴られて却下されるのは目に見えている。
どうしろって言うんだと、半ば自棄気味に考えていて耳寄りな話を聞いた。
警備対象になっているハルト・ヒュイラギ公爵の姉君が、怪我をした護衛を助ける為に治癒魔法を使ったというものだ。
それも重傷者をみるみるうちに治したと聞き、ダメ元でヘレナ様にお願いしてみようと思い尋ねて行った。
* * * * * * *
「コーエン侯爵様配下の、警備隊で賊の取り調べをしておりますゴーゾンと申します。捕らえた賊の事でヘレナ・ヒュイラギ様にお願いがあって参りました」
「すまんが、此方はハルト様の家だ。裏にヘレナ様の住居入り口が有るので、そちらに回ってくれ」
そう言われ、拍子抜けしながら裏口に回る。
その間にハルトの下に行き、警備隊の者がヘレナ様にお願いがあると言って、来ていると報告する。
「警備隊が姉さんにか・・・賊の治療を頼みに来たのだろうが、その男は間違いなく警備隊の者か?」
「初めて見る顔なので、何とも言えないな」
そう聞いて、治療依頼ならと自分が行くことにした。
ゴーゾンは三階に上がり、ヘレナの家のノッカーを叩く。
扉を開けてくれた護衛に、捕らえた賊の容体が思わしくなく、死なせてしまえば取り調べが出来なくなるので困っている。
ヘレナ様の治癒魔法で、賊の怪我を治して貰う訳にはいかないだろうかと、恐縮しながら頼んでみた。
ハルトが扉の陰から姿を現して、姉の代わりに自分が手伝おうとゴーゾンに伝える。
「ヒュイラギ様が直々に、と言うかヒュイラギ様も治癒魔法を授かっているのですか」
「まあ、怪我を治すのは得意だよ。取り調べもね」
甚振って白状させるのが得意だ、とは言わない。
「ハルト、確かめたい事が在るから私も行くわ」
* * * * * * *
ヘイエル随一のホテル、ボラードホテルの一室では襲撃犯の一人がエランドに詰め寄っていた。
「女が火魔法を使うとは聞いていなかったぞ! お陰で仲間が捕まったしまった。何故それを早く言わなかった!」
「お前達は、女一人満足に殺せないのか。高が火魔法一つ射たれたからと、無様に逃げ出すとは情けない」
「ケッ、高々銀貨3枚で、割の合わない仕事を寄越しやがって偉そうに」
「口を慎め! お前の様な下賎な者は、黙って我に従えば良いのだ。下がれ! 新たな指示を出すまでの間、待機していろ」
下がれと言う様に、顎をドアの方に向ける。
仲間達を促して部屋を出て行き、街の酒場で他の仲間と合流して情報交換を始める。
「ボイスの兄貴、奴はどうもヴァラの街の領主、ザグレブ子爵の嫡男らしいっすよ」
「貴族の嫡男か・・・」
「それで奇妙な噂が流れていましてね。ヘレナって女の兄貴と揉めたのが原因で、家を放り出された様です」
「すると、今は貴族とは関係ないのか。道理で貴族を示す物を何一つ身につけてない訳だ」
「でも兄貴、奴はお財布ポーチを持っていますぜ」
家を放り出されて貴族とは関係ないと判れば、其れなりにやりようがある。
金は持っていそうだから、精々搾り取らせて貰うか。
ボイスが仲間達の顔を見ながらニンマリと笑う。
* * * * * * *
ハルトとヘレナが警備隊本部に到着して、頼みに来たゴーゾンの案内で怪我人の所へ案内された。
獄舎の中のベッドに寝かされているが、足を鎖でベッドに繋がれている。
馬車の中で相談したとおり、姉さんが火傷で重症の者の手を握り魔力を流し込む。
〈ほう〉
〈こんなの初めて見た〉
〈オイ、呆けてないで良く見張ってろ!〉
次々と肩に手を置いたり首筋に手を当てて、怪我人を治してしまう。
もう完全に治癒魔法を使いこなせているので、最後の実験をする。
怪我を治した者の中から、魔力が一番多いと見当をつけた男の元にヘレナが座る。
肩に手を置き僅かに目を細め、男の表情を見ている。
〈エッ・・・ちょっと待っ・・・て〉
男が驚愕の表情で何か言おうとしたが、警備の者に抑えられるとそのままベッドにベッドに押さえ込まれた。
姉さんの顔を見ると軽く頷き、男から離れる。
男が跳ね起きようとしたが、力が入らない様で崩れ落ちた。
警備兵に姉さんを休憩させてくれる様頼み、おれは取り調べに協力する事にした。
「ゴーゾンさん、此奴等が素直に喋る様にすれば良いんだろう」
「はい、元気になったなら遠慮無く絞り上げてやります」
張り切るゴーゾンさんに、暫く俺に任せろと言い取り調べる許可を貰う。
「姉が世話になったな。誰に頼まれて襲ったのか話して貰うが、早めに喋った方が良いぞ。此れから遣ることに耐えた奴はいないからな」
警備兵に言って、男をベッドに固定させると腹の上に拳大のフレイムを乗せる。
見た目には腹の上で火が燃えているが、普通の生活魔法のフレイムなら10秒前後で消える。
だが俺のフレイムは、魔力を込めているので5分でも10分でも燃え続ける。
〈おい、止めろよ。俺は焚き付けじゃねえぞ〉
〈止めろ! 熱い、てめぇー殺す・・・熱い止めてくれェェェ〉
途中で悲鳴が消えた、気絶した男の鼻の頭に小さな火球を乗せて暫く待つ。
〈ウオーォォォ〉
跳ねる様に目覚めたが、大の字に固定されていて動けない。
「簡単に寝るなよ、お前がペラペラ喋るまで続くんだからな」
〈ウッ、糞ーっ、殺せー!〉
「そんなに死に急ぐなよ、と言うか死なせないからな。永遠に続く火炙りを楽しませてやるよ」
そう言って男の肩に手を乗せ、魔力を流し込んで腹と鼻の頭の火傷を治してやる。
〈ウソー〉
〈兄弟で治癒魔法が使えるなんて・・・〉
「さあ、もう一度火炙りを始めようか」
そう言って男の腹にソフトボール大の火球を乗せる。
〈ギャー・・・止めてくれー、頼む止めて、止めて下さいお願いしますぅぅ〉
「喋るまで、何度でも治して火炙りにするからな。喋る気になったらそう言え」
気絶した男の頭に火球を貼り付ける。
警備兵が、青い顔をして俺と男を見ている。
汚い悲鳴を上げて目覚めた男を放置して、暫く火傷の痛みを楽しんで貰う。 隣のベッドで震えながら俺を見ている男に、にっこりと微笑んで次はお前だから待ってろと教えてやる。
男は警備兵に、何でも喋りますからあれだけは止めてくれと懇願している。
ゴーゾンさんが、にっこり笑って男を取り調べの為にベッドから引き摺り出している。
「あー残りの奴等も、火炙り希望なら順番に試させてやるから楽しみに待ってろ」
そう告げて、火傷で苦しむ男の治療をしてやるが、天頂部の火傷は治ったが頭髪は復活しない。
「どうだ何度でも火炙りを楽しめるだろう。ベッドが無けりゃ、もっと盛大に炙って遣るんだがなぁ、残念だよ」
「喋ります、喋りますから勘弁して下さい」
泣き出しちゃったよ。
警備兵が満面の笑みで、泣き出した男を取調室に連れていく。
「いやー、見事な手並みですね、助かります」
ゴーゾンさん達に最敬礼で見送られて家に戻った。
「どうだった」
「魔力を全部抜けば、多分死んでしまうと思う。逆に吸い上げた魔力で、ハルトに魔力を貰っていた時と同じ感覚になったわ」
「多分、あのまま魔力を返さなければ、姉さんの魔力が僅かだが増えると思うよ」
自分の限界以上の魔力を取り込めばとは、言わないでおく。
寿命と魔力の関係を思い出したが、姉さんは人族で平均80~120才の寿命と言われているが、魔力の多い者は長生きだと言われている。
俺は先祖返りの龍人族、平均寿命180才だと聞いたが魔力量は今も増え続けている。
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