第67話 追放

 四日目のヴァラの街が特に酷かった、毎回入り口で信用されず領主に確認に行かせるまでは何時も通りだった。

 ミューザなんて、貴族の紋章も案外役に立たないねぇ等とほざいている。


 今回やって来たのは、30前後の男で身なりと胸の紋章から領主の親族だと判った。

 其奴は王国の身分証を端から信用しておらず、連れてきた護衛達と衛兵に命令した。


 「王国の身分を騙る痴れ者め! このエンデ・ザグレブ様の目を騙せると思ったか。此の痴れ者共を取り押さえよ!」


 そう叫んでニヤリと笑いやがった。

 衛兵が短槍を突き付けてくるし、護衛達は一斉に抜刀して向かって来る。

 余りに阿呆な言葉に呆気にとられたが、ヤハン達に抵抗するなと言ってから向かって来る奴らに、本気の殺気を浴びせて身動き出来なくする。

 殺気を浴び、蒼白になって震えるエンデを馬から引きずり落とし蹴り上げる。


 「エンデ・ザグレブと言ったな、貴族の一員の様だが貴様は当主から何も聞いていないのか! 当主の名は何だ!」


 馬から落とされ蹴られ、痛みに呻くエンデの顔を平手打ちして問いかけるが、震えるばかりで返事が出来ない。

 抜いた剣を手に冷や汗を流す護衛に主人の名を言え! と脅してやっと判った。


 「しゅ、主人モーラ・ザグレブ子爵様は、嫡男のエランド様と隣町のラジュに出掛けています」


 「この馬鹿以外に話の判る奴はいないのか?」


 「ご次男のエルド様がいらっしゃいますが・・・」


 「では、そのエルドを呼べ!」


 「そのー・・・」


 歯切れの悪い護衛を問い詰めると、放蕩息子の様で、多分娼館に居ると思いますが酔っているのでと言葉を濁す。

 エンデの首に文字通り紐を付け、護衛騎士の案内で娼館に向かう。


 護衛騎士の一人を連れ〔ヴァラの華〕・・・薔薇の花かよと心の中で突っ込みを入れながら中に入る。

 護衛騎士は素通り、後に続く俺を用心棒がジロジロと見てくる。

 何時もの冒険者スタイルだから、護衛騎士と同行したとは思わないよな。

 迷わず店の奥に向かう護衛の後を付いて行くと、個室をノックする。


 〈何だよう、おっ、エルド様に用か?〉


 護衛の服を着崩した、赤ら顔の男がぞんざいに聞いてくる。


 「エルドに用が有るのは俺だ」


 護衛騎士を押しのけて前に出る。


 「あーん、誰だ? お前は」


 酔っ払いとの問答は面倒なので、蹴り飛ばして中に入ると騒いでいた男女が静かになる。


 「あんた龍人族の子でしょ。此処はあんたみたいなお子ちゃまには早いわよ」


 爆笑する馬鹿共に、殺気を浴びせると静まりかえる。


 「エルド、此れが何か判るか?」


 そう言って俺の名の浮かんだ身分証を見せると、ぽかんとした顔で見ていたが突然笑い出した。


 「お前面白い奴だな、此れが本物だよ」


 笑いながら自身の身分証を見せてくる。

 確かに本物だな、茨の輪の下に細い赤線三本、子爵の子弟を示す身分証に間違いない。


 「まさか、冒険者ギルドの看板入り身分証を見せられるとはね。いや久々に面白い物を見せて貰ったわ」


 ヤハンに声を掛けてエンデを連れてきて貰う。

 顔が腫れ唇から血を流すエンデを見て、エルドの顔色が変わる。


 「面白い余興だと思ったが、貴族に刃向かった報いは受けて貰うぞ。殺れ!」


 ドアを開けた護衛が抜き討ってくるが、酒が入っているのか遅い。

 腹にアイスアローを三発射ち込み、剣を手に立ち上がる護衛達の腹にもアイスアローの三連射を射ち込み無力化する。

 おまけでエルドの両肩にもアイスアローをプレゼントしてやる。

 痛みに顔を顰めるが、何が起きたのか理解出来ずに目をキョロキョロさせているエルド。


 「誰を殺せって?」


 お口パクパクしているエルドに優しく問いかけると、股間にシミが出来ていく。


 「お前は父親から何も聞かされて無いのか、それとも酒と女に溺れて忘れたのか」


 カチカチ歯の鳴る音が聞こえるが、首を振るだけで返事をしない。

 まぁ、俺の身分証を面白い物と抜かすんだから、ザグレブ子爵から聞いていないのかも知れない。

 放蕩息子の様だから知らせようとしても出来なかったのか、エンデの馬鹿は端から信用していなかったから、当主の怠慢かな。


 エルドの腹に手抜きのアイスランスを射ち込み椅子に縫い付ける。

 〈ヒッ〉エンデが悲鳴を漏らして座り込む。

 此奴は殺さず、ザグレブ子爵へ俺の書簡を送る役目に使う事にした。


 王家から与えられた公爵待遇の身分証を信頼せず、愚弄した挙げ句殺せと命じたエルド・ザブレグを、娼館ヴァラの華にて返り討ちにした事を記した書状を、エンデに渡す。


 「パパにこの書状を渡せ、エルドの仇討ちなら何時でも受けて立つと伝えろ」


 エンデに書状をもたせ、護衛の騎士に屋敷へ連れて帰れと言って解放する。

 取り敢えず今日は此のヴァラの街に泊まることにしホテルを探す。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ハルト達がヴァラを出立しザイントに向かっているとき、エンデの送り出した早馬がラジュのザグレブ子爵宿舎に駆け込んでいた。


 「何事だ!」


 「はっ、ご次男エルド様が、娼館ヴァラの華にてお亡くなりになりました。子細を記した書状を、エンデ様より預かって参りました」


 書状を受け取ったザグレブ子爵は、みるみる顔を蒼くした。


 「エランド、お前はエルドとエンデに対し、ハルト・ヒュイラギ公爵の話をしなかったのか? ヒュイラギ公爵の家紋の事を配下の衛兵や騎士達に何時知らせたんだ!」


 「父上、何をそんなに怒っているのですか。ヒュイラギ公爵などと言ってますが、所詮公爵"待遇"ですよ。栄えある茨の輪に、冒険者ギルドの看板を描くなど、王家に対し無礼千万」


 「馬鹿者が! 王国騎士団200騎の進撃を、殺気一つで止めた男を敵に回すつもりか! 王家が何故、何の実績も無い男を公爵待遇にするか判らぬか。急ぎ屋敷に帰るぞ、お前は屋敷に帰ったら謹慎しておれ!」


 急ぎヴァラに帰るザグレブ子爵。


 ・・・・・・


 ハルト達はその朝ヴァラの街を出立したが、出入り口を守る衛兵達を完全に無視し、衛兵達も前日の事件から怯えてしまい何も言わず通過を許した。

 結果ザブレグ子爵がヴァラに帰り着いたときにハルト達の姿は無く、途方に暮れるエンデがしょんぼり部屋に籠もっていた。


 エンデから詳しく話を聞こうとしたが、ハルトに良い様にあしらわれた挙げ句エルドが殺された事にショックを受け、碌に受け答えも出来なかった。

 エルドの護衛達六名のうち、腹にアイスアローを射ち込まれ生き延びた二人から事情を聞きだした。

 エランドがヒュイラギ公爵の事を伝えなかった結果に、改めて怒りが湧いた。

 その後騎士団長や衛兵達から事情を聞いたが、誰もヒュイラギ公爵の事を知らなかった。

 ただ、翌日にはヒュイラギ公爵の馬車は、ヘイエルに向かって旅立ったと報告を受けた。


 ザブレグ子爵は、怒りに震えながらエランドを執務室に呼び出した。

 騎士団長と複数の騎士に囲まれて現れた、エランドの顔色は冴えなかった。

 嘗てこの様な扱いを、父が自分にした事は無かったからである。


 「父上、御用でしょうか」


 「お前は王家の通達を蔑ろにした結果、エルドは殺されザブレグ家を存亡の危機に陥らせた。以後ザブレグを名乗ることを禁じ、領地から追放する。お前が馬鹿にした、冒険者にでもなるんだな。連れて行け!」


 エランドは騎士団長達に引き摺られ、騎士団の宿舎に連れて行かれた。

 其処でザブレグ家との関わりを示す全ての物を剥ぎ取られ、粗末な剣を一本投げ与えられて、他領との境まで連行された。


 「エランド、以後ザブレグ領内に姿を見せれば、問答無用で斬り捨てよとの命令が出ている。行け!」


 〈行け!〉の声と共に尻を蹴られ、ザブレグ領から追放された。


 エランドが追放宣言を受け、騎士団に連れ去られた後エンデが子爵に呼び出された。


 「エンデ、お前はエルドが殺されたとき、腰を抜かして震えていたそうだな。ザブレグ家の一員として情けない限りだ。今日よりザグレブを名乗るな、市井で自由に暮らせ」


 「父上、お許しを、この恥辱必ず晴らして見せます。父上!」


 哀願も虚しく全ての衣服を剥ぎ取られ、領民の着る粗末な衣服に幾許かの金の入った革袋を与えられて、通用門から放り出された。

 呆然と佇むエンデを、衛兵が哀れむ様に見ている。

 その視線に耐えられず、エンデはトボトボと街に向かって歩き出した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「ハルト、後ろから騎馬の集団が迫って来てるが、どうする?」


 言われて馬車から身を乗り出し確認するが、遠くに土煙が上がっていてよく判らない。

 遠すぎて、ザグレブ家の追っ手かどうかも判らない。

 取り敢えず馬車を路肩に停めて様子を見ることにする。

 迫ってくる騎馬の集団は20騎前後だが、敵意は無さそうだと判断して見ていると、速度を落とし馬車の手前で下馬した男から声が掛かる。


 「ハルト・ヒュイラギ公爵殿の馬車とお見受けする」


 ヤハンが対応していたが、ザブレグ子爵だとハルトに告げる。


 「俺がハルトだが、何か用かなザブレグ子爵殿」


 「我が領地での不手際の数々、誠に申し訳御座いません。ご無礼を働いたエンデは我が家名から外しました。王家よりの通達を配下に告知する様に命じた嫡男の怠慢許しがたく、廃嫡の上領地より追放し謝罪に参りました」


 「もう一人御子息がいたはずだが・・・」


 「放蕩者の暴言、如何様になされても仕方のない事です」


 「王家の通達は、徹底した方が宜しいですよ。王都より六つの街を通りましたが、似たり寄ったりの状況ですがザブレグ領が一番酷かった」


 「はっ、誠に申し訳なく、一兵卒に至るまで通達を徹底致します。何卒ご無礼の数々、深くお詫び致します」


 「もう宜しいですよ、私は不要な軋轢なしに街を通りたいだけですから」

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