第66話 ヒュイラギ公爵

 買い物に付き合い、ゲンナリしてホテルで寛いでいるところへ、ホテルの支配人がお客様ですと言ってきた。

 客を迎える予定は無いが、来るとしたら一人しかいない。

 支配人に案内されて応接室に入ると、案の定待っていたのはブルーゼン宰相だった。


 「何の用ですか、依頼ならお断りしますよ」


 「いえいえ、今日はご家族の安全に関してですが、その前に一つお尋ねしても宜しいですか」


 「フェリザイ伯爵の事なら、奴は死んだんでしょう。なら其れで終わり。これ以上痛めつける気は無いよ」


 「嫡男のホウルには会われたと思いますが、彼をどう思われます」


 「馬鹿な親爺の尻拭いで大変だろうな。逆に聞きたいが、王家があんな馬鹿をのさばらせているのが不思議何だが」


 「貴族や豪商と言われる連中は身辺に置く者を厳選します。下位の使用人なら耳として送り込めますが、側近になると難しいのです。今回の様な事なら報復を恐れて訴えても来ません。ホウルなら立て直しが可能かと思い、取り潰さず降格を条件にしました」


 「そうだな、判断力も行動力も有る。彼が当主であったなら、伯爵家も安泰だったろうに」


 「その事でお伺いしました。臣下の礼は必要在りませんが、ハルト殿に一代限りの紋章を許そうと、いわば他国の公使と同じ扱いですな。ドブルク王国内では公爵待遇とし、家紋として馬車や衣服に示せば今回の様な事は起こりません」


 「一介の冒険者に何故そこまでする?」


 「お気づきでないでしょうが、貴方が他国に移ることは王国にとって脅威なのです。そろそろ他国の公使や耳達の間で、貴方の存在が噂になりはじめています。そうなりますとハルト殿とご家族は、他国からの干渉に晒される事になります。貴方は冒険者ですので王国として何も出来ません。故に貴族位をと・・・」


 なーる、俺が遣りすぎたって事か。

 目立たぬ様にすれば有象無象が湧いて出る、派手にやれば他国の干渉を受ける、実に生きにくい世の中だこと。


 「現在持っている王国の身分証は、そのまま使ってくれて構わない。というより使って欲しい」


 貴族の紋章を掲げていれば、そうそう絡んで来る輩も居なくなるのは有り難いけど、周知するまでに又一悶着ある気がするぞ。

 他国に行って一から始めるのも面倒だし、持ちつ持たれつの関係が最良か。


 「話は分かりました、家紋を決めるだけで良いのですね」


 「家紋と家名ですね、家名がなければ家紋の呼び名が有りません」


 ご尤もです、家名は有るが家紋か、家名と家紋が決まれば連絡してくれと言ってブルーゼン宰相は帰って行った。


 家紋で悩む時が来るとは思わなかった、日本での家紋は下り藤だが使えないよな。

 俺一代限りの家紋なら氷結魔法を図案化すれば良いが、氷の結晶ってか水溜まりに張る氷の結晶じゃ様にならない。

 散々悩んで冒険者ギルドの看板を流用する事にした、楯と交差する剣と槍、楯を大きくして雪の結晶を簡素化したものを楯の模様にする事にした。

 丸い楯を少し大きくし、その中に六角形を七つ、雪の結晶と同じ配列にすると何とか様になった。


 家の表札も冒険者ギルドのマークが有るから丁度良い、名字は日本名の柊を使う事にする。

 ハルト・ヒイラギ・・・まんま日本名だ、もしも転生者がいれば気づくだろう。

 ブルーゼン宰相に家紋と家名が決まった事を認めた書状を、ホテルの支配人に頼み届けて貰う。

 ブルーゼン宰相が訪ねて来てから、ホテルの対応が良くなり姉さん達が不思議がっている。


 翌日にはブルーゼン宰相の使いで、貴族の家紋を管理する家紋認証官がいそいそとやって来て、俺の示す家紋を見て首を捻っている。


 「ハルト様、本当に此れで宜しいのですか」


 「ああ、俺は冒険者だからこれで良いんだ」


 認証官が連れて来た絵師が俺の指示通り、茨の輪の中に交差した剣と槍に丸い楯を一回り大きくした冒険者ギルドのマークを描き、楯に簡素化した雪の結晶を書き込む。


 「家名は、ヒュイラギで間違い御座いませんか」


 「ヒイラギだ、ヒュイラギではない!」


 ヒイラギ、ヒュイラギ・・・ヒューイラギ・・・ヒィーラギィと散々発音修正したが、発音出来ない様であった。

 暫く待たせ、姉やユラマとミューザに聞いたが誰もヒイラギと発音出来なくて、仕方なくヒュイラギにした。


 三日後に再び家紋認証官がやって来た。

 従者に持たせた物は、新たな俺の身分証で茨の輪の下は公爵家を示す太い赤線三本となっているものが10枚。

 首を傾げる俺に、将来伴侶や家族が増えたときの予備ですとぬかす。

 其れとは別に、青い三本線に星五つから一つまでの物が多数有る。

 此方は使用人用ですと言われ、俺もコーエン侯爵様の物を持っているのを思い出した。


 「各地の貴族に対し、ハルト様の公爵待遇の知らせと家紋を通達しましたが、王都住まい以外の者には数日から一月以上は掛かると思います。それと家族や使用人達に徹底するまでには、日数を要しますのでご注意下さい」


 俺が身分証に血を落とすのを確認すると、家紋認証官は帰って行った。

 認証官に教えられ、馬車に取り付ける家紋を彫刻してくれる工房に出掛ける事にした。


 ミューラに馬車を用意させ、ヘルム通りに向かわせ〔エトラス工房〕紋章各種彫刻賜りますの看板の店の前に止めさせる。

 裕福な商人が乗る様な馬車だが外観は質素なもので、自分で扉を開けて下りてきた俺を店内から不審気に見ている。


 「王家の家紋認証官から聞いてやって来た、馬車に付ける家紋が欲しいのだが」


 「恐れ入ります。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか」


 「ハルト、ハルト・ヒュイラギだ」


 「失礼致しました。王城より知らせを受けております。家紋の見本は御座いますか」


 そう言われて気がついた、血を落として家紋や名前などが浮かび上がった物は一枚しか無い。仕方がないので自分の身分証を渡す。


 「えっ・・・公爵・・・様、ですか?」


 「ああ、気にしないでくれ、公爵待遇ってだけで公爵じゃないから」


 取り敢えず表の馬車に付ける物を急ぎ作って貰う事にし、別に四台分の家紋を注文する。

 店の者に指摘され、家の扉の家紋四枚に出入り口の壁に付ける物四枚も追加注文し、ドブルクホテルに届ける様に頼んで引き上げる。

 公爵の身分証は貴族以外には余り見せられないので、公爵代理を示す青色三本線に星五つの身分証に魔力を流し、通常は此方を使う事にした。

 冒険者カードにコーエン侯爵様の身分証と王国の身分証、それに俺の身分証が二枚、合計五枚のカードが手元に有ることになってしまった。


 ホテルに帰り、姉さんに新たな身分証だと言って二枚のカードを渡す。

 一枚は赤線三本のもの、もう一枚は青線三本に星五つのもので、普段使いは青線の物を使う様に教える。


 「ねえハルト、これは何の身分証なの?」


 「あーとね、王国から貰ったんだけど、公爵待遇のものだよ」


 「公爵って・・・なにそれ?」


 「んー、コーエン侯爵様の一つ上って事かな。貴族や役人が偉そうなことを言ってきたら、赤い線の方を見せれば良いよ。あっ、姉さんは今日からヘレナ・ヒュイラギだから、忘れないでね」


 「でも此れって、冒険者ギルドの看板に似てるけど」


 姉さんを納得させるのに一晩かかって説明したが、疑問がループするので、最終的にそんなものなの! と強引に納得させた。

 こうなるとヒュイラギ家の家紋入り服も必要になり、又々商業ギルドのお世話になることになった。

 困ったときの商業ギルドで、今回はもう少し上等な生地にしてヒュイラギ家の紋を入れて貰ったが、家紋が色つきになり使用人達の同色の刺繍とは違い派手になってしまった。

 お陰で使用人と同等の服も作る事になり、時間ばかりが過ぎていく。


 いったい何時になったらヘイエルに帰る事が出来るのかと心配になる。

 馬車に家紋を付け、残りの家紋も受け取り王都を後にしたのは12月の半ば、フェリザイ伯爵と悶着が起きてから一月以上経っていた。


 ユラマとミューザには星二つの身分証を渡しているので、街の出入りにわざわざ俺の身分証を見せる必要が無くなり楽だ。

 最も二人に俺の身分証を渡した時にも、何でハルトが公爵様と同等なんだと突っ込まれて説明に苦慮したが、ドラゴン討伐の功績が認められた結果だと惚けておく。


 ユラマとミューザはホラン達と共に、俺に同行し谷底の森でドラゴン討伐に参加しているので、それで納得させた。

 ヘイエルに帰ったら、ホラン達にはこの手で納得させる事に決めた。


 ・・・・・・


 ヘイエルへの旅は、王家の通達が末端まで届くのに時間が掛かることを、証明する旅となった。

 王都の出入り口はすんなり通れたが、ザンス、ゲドラス、ラジュと街の入り口で止められ、見たこともない紋章だと問い詰められる。

 その度に王国から領主に通達が出ている筈だから確認しろと一悶着、面倒だから王国の身分証を示すが余計に話が拗れる。

 曰く、こんなに若い奴が王国の高官の身分証を持っている筈がない、粗末な馬車で高貴な身分のお方が旅をする筈がないと。

 終いには衛兵達に殺気を浴びせてから、王国の身分証を責任者に預け、領主に確認してこいと送り出す羽目になる。

 その後、領主や代理人が出てきて平身低頭謝罪し、使用人の末端まで通達を徹底させますと誓う事になる。

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