第65話 決断

 ブルーゼン宰相は、王都入り口の衛兵からの通報に顔を顰めた。

 この一年静かだったのに、ダルヴァ・フェリザイ伯爵が王都入り口で、ハルトから派手な制裁を受けたとの報告にがっくりした。

 ハルトとフェリザイ伯爵との遣り取りから、道中ハルトの乗る馬車をフェリザイ伯爵が故意に路外に落とし御者を鞭打った事と、伯爵署名の借用書の束を見せつけて取り立てると言った事が判った。


 馬鹿が、知らぬとは言えハルトの乗る馬車を故意に路外に落とし、あまつさえ御者を鞭打つなど殺してくれと言っているも同然だ。

 侍従に、フェリザイ伯爵を即刻呼び出せと命じ、自身は国王陛下に報告に赴いた。


 「其れでは、フェリザイ伯爵は殴られただけで許されたのか」


 「其れが微妙なところでして、伯爵署名の借用書の束を突き付け取り立てに向かうと告げて解放したそうです」


 「借用書の束とは何だ?」


 「ハルトから借りた訳ではないでしょうが、伯爵の署名入りとなれば何れかの商家から借り入れ、返済が滞っていたものでしょう」


 「ハルトが代理で取り立てるとなると・・・」


 「面識が有り親しき者となりますと、ゲドラスのクロドス商会かと思われます」


 「フェリザイ伯爵を呼べ!」


 「既に呼び出しを掛けております」


 ・・・・・・


 「父上、そのお顔は如何為されました」


 「ええい! 忌々しい! 護衛達を呼べ!」


 ホールで荒れ狂うフェリザイ伯爵の前に、馬車の護衛を務めた騎士団の面々が呼び出され、伯爵の怒号が浴びせられる。


 「貴様達は護衛の意味が判っておるのか! 御者は殺され、主人である我が怪我を負わされているのに何をしていた! 黙って見ている護衛等必要無いわ! 即刻屋敷から立ち去れ!」


 「父上、何が有ったのですか。武勇の誉れも高い騎士団達を押さえるなど、尋常な相手では有りませんぞ」


 「お前達相手は誰だ? 護衛隊長申せ!」


 「はっ、衛兵達はハルト様と呼んでいました。商家の者の様な身なりでしたが、王都入り口の衛兵達を手足の如く使っておりました」


 「ハルトと呼んでいたのは、間違いないか」


 「はっ、間違い御座いません。あれが噂のハルトなる人物なら・・・」


 「黒髪黒目で小柄な男か?」


 「はい、間違いないかと思われます」


 「そうか、よく押さえたな。父上詳しくお話し下さい。事と次第に寄っては、フェリザイ家は取り潰しの憂き目を見る事になります」


 「お前は何を言っている! 我をこの様な目に合わせた男を何としてでも叩き潰し、フェリザイ伯爵家の面目を守らねばならん」


 「その前に、我がフェリザイ家は王家に依って取り潰されますよ。おそらく父上の首は・・・」


 「おっ、お前は、何を言っている。何故、我の首がなどと不穏な事を申す」


 「お忘れですか父上」


 嫡男ホウルがハルトの事を詳しく話して聞かせる。

 一年前の夏、王都で起きた六商家取り潰しの顛末と、騒ぎを鎮める為に王都騎士団200名が駆けつけたとき、騎馬200騎を馬車道に一人立ち止めた事を。

 その時騎馬軍団は、ハルトを踏み潰す勢いで迫って居たのだが、30メートル程手前で急停止してしまった。

 その時騎馬軍団を指揮していた隊長は、殺気だけで200騎の騎馬隊を止められたと報告したそうだと。

 その後六商家当主の処刑と、後ろ盾となった貴族達が隠居,降格,貴族位剥奪等で没落した事を告げると、伯爵が震えだした。


 「父上はその後王家から出された通達を、何一つ読んでおられないのですか?」


 「なっ、何の事だ?」


 「ハルトなる冒険者には、王国の身分証を与えている事と、その地位は公爵や宰相及び各大臣と同等だと」


 「・・・そんな」


 腰が抜け、座り込んで震える父から何も聞き出せないと思ったホウルは、常に父に従う護衛達から今回の事を詳しく聞いた。

 クロドス商会での一件と、道中馬車を追い越す際に御者と馬車に鞭を入れて路外に落とした事。

 其れがハルトの乗る馬車であり、王都入り口で制裁を受けた事等を伝える。

 以前よりクロドス商会以外にも金を無心し、借用書だけを渡していた事を聞き絶望した。


 どう対処すべきか考えている最中に大声が響く。


 〈申し上げます。王城のブルーゼン宰相閣下より、フェリザイ伯爵様は即刻王城に出頭せよと使者が参っております〉


 「ホウル、どうすれば良い・・・儂は死にたくない! 何とかならんか」


 自分にすがり、懇願する父を黙ってみたホウルが、彼の腰から短剣を抜き取ると〈父上御免!〉の一言と共に胸に突き立てた。


 〈ウッ〉信じられないものを見る目でホウルを見ながら倒れるフェリザイ伯爵を、騎士達は黙って見ていた。


 「父上は、今回の事を恥じて自害なされた。後を頼むガーラン」


 騎士団の隊長ガーランにそう言いおくと、使者の待つ玄関ホールに向かった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ダルヴァ・フェリザイ伯爵の代理として、嫡男ホウル・フェリザイが来ていますと報告を受けたブルーゼン宰相は一瞬瞑目し、嫡男と会うことにした。


 「ダルヴァ・フェリザイ伯爵が嫡男ホウル・フェリザイで御座います。父の急逝により、代理として参上致しました」


 そう言って跪く男を、ブルーゼン宰相は見下ろす。


 ホウルは護衛達から聞き出したことを全て述べ、父は其れを恥じて自害したと伝える。

 暫しの沈黙の後、ブルーゼン宰相はホウルを待たせて国王陛下に報告に向かった。


 ホウルからの報告を陛下に伝えて裁可を仰ぐ。


 「ハルトは取り立てに行くと言ったのだったな」


 「衛兵からの報告も、ホウルからの申告もそうなっています」


 「ホウルは使えるか?」


 「伯爵の所業をどの程度知っていたのかは判りませんが、事が起きてからの判断と行動力は優れているとみて良いでしょう」


 ・・・・・・


 〈国王陛下のお成りです〉の声に慌てて跪くホウル、その頭上から、声が掛かる。


 「その方がフェリザイ伯爵の嫡男として、後始末を見事できたなら降格転封の後フェリザイ家の存続を許そう」


 「はっ、父の不始末は必ず片付けて見せます」


 ・・・・・・


 王城から下がったホウルは、騎士団隊長のガーランを呼び父の葬儀は行わない事を告げる。

 庭の一角に遺骸を埋葬すると、ガーランと執事を呼び、何れハルトの訪問を受けるだろうが如何なる敵対行動も禁じ、現れた時には最高の礼儀をもって迎えろと命じた。


 それと同時に、クロドス商会以外からの借り入れが如何ほど有るのかを執事に調べさせた。

 判っただけで金貨10,000枚以上、絶望的な気持ちで金庫に如何ほど残っているのか確かめる。

 金貨32袋と多数の宝石に、父が買い集めた装飾品の数々を見て、泣きたい気持ちで家族会議を開くことになった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一日のんびりした後、王都見物の案内は馴れたユラマとミューザに頼み、俺はホテルの馬車を借りてフェリザイ伯爵邸に出向くことにした。

 馬車は貴族街に入りフェリザイ伯爵邸に到着すると、御者が衛兵に俺の名を告げる。

 用件も聞かず衛兵が敬礼し門扉が開かれた。

 通用門からの訪問にしては、迎える衛兵の態度が恭しすぎる。

 案内されて出入り業者の待機所に向かうのかと思ったら、執事に引き継がれサロンに通された。


 待っていたのは聡明そうな男が一人。


 「ハルト殿、お初にお目に掛かります。伯爵だったダルヴァ・フェリザイが嫡男ホウル・フェリザイで御座います」


 「伯爵だった・・・か」


 「はい、父は己の行いを恥て自害致しました。故に私が、父ダルヴァ・フェリザイの後始末を命じられました」


 「そうか、ブルーゼンは何と言ったのだ」


 「貴方様や他の商人達に対する不始末を無事片付けられたなら、降格転封で許してやろうと、陛下からのお言葉を頂きました。付きましては、ハルト殿にお願いが御座います」


 「聞こうか」


 ホウルが傍らに控える執事に頷くと、ワゴンを俺の前に押してくる。

 金貨の袋に、大きな宝石箱が二つ。


 「フェリザイ家の全財産です。後は宝飾品等が御座いますが、ハルト殿にお渡しすると他の商家に対する保証が出来ません。王都と領地の財産を処分して支払うつもりですが、ハルト殿に対するお支払いは最後にして頂けないでしょうか」


 「しれっと言うが、出来なければどうなるか判っているのか」


 「文字通り、フェリザイ家は消滅します」


 「不思議何だが、お前ほどの男が何故あの馬鹿を御せなかったんだ」


 「貴族家当主の権限は絶対です。私は父に疎まれていましたし、全ての権限を握って離しませんでした。嫡男と謂えども部屋住み同然です」


 親爺とは大違いの、なかなか腹の据わった男の様だ。

 フェリザイ伯爵署名の借用書の束と、金貨4,500枚の受取証をワゴンの上に乗せる。


 「クロドス商会から俺が買い取った借用書だ。払えるときになったら、王都商業ギルドの俺の口座に振り込んでくれ」


 ホウルと家族の最敬礼を受けて伯爵邸を後にした。


 ・・・・・・


 ヤハン達を王都見物に送り出した後は、姉さん達を連れて王都商業ギルドに出向く。

 頼んでいた姉さん用のローブを受け取り、俺のレインコート代わりのローブを返して貰う。

 後は姉さんとミリーネ用に、コーエン侯爵家の紋章入りの衣服を何着か作れば王都に用はない。


 そう思っていた俺が馬鹿だった。

 ヘイエルに無い物、変わったデザインの服、ミリーネの為の玩具等を次々に買い込む。

 特に菓子類はエラーシャも交え、三人で味見と買いあさりに余念がない。

 ミリーネも一端の口調で講釈を垂れている、三歳児恐るべし。

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