第63話 伝授

 続けてファイヤーボール大を射たせるが、魔力は小の三個分を指定する。


 「ファイヤーボール大・・・ハッ」


 〈ドッカーン〉轟音と共に的が吹き飛び、炎が巻き上がる。


 「ファイヤーボールの大きさは目安ですが、大中小必要な大きさのファイヤーボールを作ったときに、必要な魔力量を無意識に使える様にするのが次の段階です。もう一つ短縮詠唱は、口に出さず口内で呟くだけで良いんです。人に知られずに使うには便利ですし、他人に知られて良い事は何もありませんよ」


 「確かに、短縮詠唱を知られるくらいなら、無詠唱と思わせる方が優位に立てるな」


 「ファイヤーボール小は馴れたでしょうから、今日からは35メートルの的に30発射って下さい。当たらなくなる距離まで続ければ、限界が判ります。30発以上は中で標的射撃と回数を数えて下さい。距離は30メートルで宜しいですし、馴れれば大も使って結構です。然し中と大を使うと魔力切れで倒れるでしょうから、常に傍に誰かを控えさせて下さい」


 「判った側近の者をを控えさせてから練習するよ」


 「標的距離の限界が判れば連絡下さい。実地訓練と最後の事をお教えしますから」


 侯爵様に誘われてサロンでお茶をご馳走になるが、1枚の身分証を渡された。

 俺が預かる身分証と同じだが星の数が一つ少ない四つだ。


 「此れは?」


 「実は王家より、君の家族の安全に留意せよとの達しが出た。君達に手出しする馬鹿を、牽制する意味でも持っていて欲しい。君のものより一段落ちるが、一応騎士団長や執事と同程度のものだ。君には必要無いだろうが、。ご家族の衣服に我が公爵家の紋章を付けてくれると有り難い。この街で王家の紋章は目立ちすぎるのでね」


 成る程ね、余計な事をされては困るから魔除けに使えって事か、姉さん達の外出時に、チンピラに絡まれないお守りにするか。


 有り難く礼を言って、侯爵邸をお暇する。


 ・・・・・・


 姉に身分証を渡し、血を一滴垂らしてもらい説明するが、色々質問攻めにされて大変だった。。

 此れさえ見せれば、侯爵様の配下の者は姉さんに極めて協力的になる魔法のカードだから、何時も身につけているようにと言い聞かせる。

 魔法の呪文、ミリーネに何か有ったときに役に立つからと、吹き込んでおく。

 仕立屋を呼んで俺と同じ少し裕福な商家の者の衣服を作り、コーエン侯爵家の紋章を入れて貰う。

 後は俺のレインコートを取り返す為に、商業ギルドを使って姉さんの為のローブを注文する。


 一日街の外に出て色々試した結果、オークの心臓はなかなか強烈で、空間収納を広げるのに一役買ってくれた。

 熱暴走を鎮める迄に、アイスジャベリンを約60発射てる事も判明した。

 最もオークの心臓を喰らって、熱暴走を鎮めるのにアイスジャベリンを60発も連続使用する様な、事態にならない事を祈る。


 なーんて気楽に考えていたが、考えが甘かった様だった。

 クロドス商会の会長から書状が届いた、孫のフィシアはすっかり元気になったが、その事で困った事が起きている。

 以前の様な脅迫紛いの頼みは無くなったが、フィシアの全快を知った商人仲間やその知り合いから、俺との中を取り持って欲しい治療を頼んで欲しいとの頼みが引きも切らず、困っているとの事だった。


 確かに、俺に紹介するには王家の通達があり迂闊に紹介できない、されど頼みを無視する事も出来ないのだろう。

 近々其方に伺うが、以後頼まれたら俺の住まいを教えて、直接頼む様に言ってくれて構わないと返信しておく。


 その夜姉に魔力操作の練習を続けているのか確認すると、ミリーネを寝かしつけた後でしているので、今は身体全体に張り巡らせる事も出来ると言った。


 「姉さんは治癒魔法を覚える気は有るかい」


 「私は治癒魔法なんて授かってないわよ」


 「でも姉さんなら使えるんだよ、俺もね」


 半信半疑の姉の目の前で腕に傷を付け、魔力を身体全体に張り巡らせると治る事を証明して見せた。

 俺がナイフで腕を切ったとき、何をしているのかと怒ったが目の前で傷が塞がり綺麗に治ったので驚いていた。

 切り傷から流れた血はそのまま残っているのに、傷が消えた事実が受け入れられない様だった。


 もう一度傷を付け、姉さんと手を繋ぎ魔力を流し込む様に言う。

 水が糸を引いて流れ落ちる様な感じで細く細く魔力を送り込む様に言い、流れを監視し送り込んだ魔力を広げるのを見守る。

 不思議な感覚だった、魔力自体はだれの魔力も同じだが、姉の魔力が身体に流れ込み広がっていくのが判る。

 そして傷が綺麗に治ったのを見て呆けている。


 「まさか本当に治るのね」


 「まあね。此れは偶然に見つけた方法で、誰にでも出来るってものじゃない。治癒魔法師の様に離れていても治療出来る訳でも無い、身体を接触させてしか出来ないからね。だから姉さんが俺から習ったと言ったら、どうなると思う」


 「判っているわ。でも誰かに知られたらどう言えばいいの」


 「そうだな、俺と同じじゃ無いかって言っておきなよ。授けの儀では治癒魔法なんて授かってないのに、火魔法が使える様になったら怪我も病気も治せる様になっていたと言えば良いさ。ミリーネが熱を出したときに、抱きしめて熱が下がりますようにと祈っていたら治ったって言えば、人には判らないさ。偶然治ったのがきっかけ、創造神様の加護だって言って祈りの真似事でもしていれば良いのさ。魔力操作と魔力を流し込む事を言わなければ、治癒魔法を姉さんから教えて貰えるものじゃ無いと、誰もが思うしね」


 頷く姉に大事な事を一つ教えておく。


 「俺が姉さんに魔力を送り込んでいたとき、どう感じた」


 「どうって?」


 「身体の変調は無かった」


 「何かが流れ込んで来るのは判ったけど」


 「姉さんの魔力量を増やす為に、限界まで魔力を送り込んだとき身体が熱くなっただろう。それ以上送り込むと、耐えられなくなって死ぬんだよ。生活魔法しか仕えない、生活魔法すら使えない者には特に注意が必要なんだ、相手に流し込む魔力は、糸の様に細くゆっくりと流し込み広げる様に注意してね」


 大事な事は伝えた、これ以上魔法で教える事は無い、後は少し早いが侯爵様に最後の指南を済ませる事にした。


 ・・・・・・


 侯爵様の都合に合わせ、侯爵様と俺の馬車を連ね草原の荒れ地に出掛けた。

 50メートル先の氷柱に向けて小中大のファイヤーボールを三発ずつ射って貰う。

 次ぎに小のファイヤーボールに大の魔力を使って射って貰い、牽制射撃のやり方を教えておく。


 「威力の小さい、小のファイヤーボールだと油断させておいて大爆発させれば、以後魔力を節約しながら敵を翻弄できますから。それとファイヤーボール大の数と、中小の数は一定の法則が有ります。使用する魔力量から計算すれ判ると思います」


 そう告げ最後に小の魔力量の五倍の魔力を、ファイヤーボール小に乗せて射たせた。


 〈ドッカーン〉轟音と共に標的の氷柱が巨大な火球に包まれ石や土煙が周囲に飛散する。

 俺達の場所まで小石が飛んでくるので氷壁を立てて防ぐが、射った本人も威力に驚き固まっている。


 「これが侯爵様を草原に連れ出した意味です」


 「あっ、ああ、驚いたよ。まさか此れほどの威力が有ると思わなかった」


 「何故魔力の大きさを固定させたか判ったでしょう。小の五個分の魔力量で此れです、もっと増やせば家一軒くらい楽に吹き飛ばせますよ」


 「いやいや、今のでも楽に家を吹き飛ばせるよ」


 「これ以上魔力を増やして射つ時には、くれぐれも注意して下さいね。余り威力が大きいと自分も巻き込まれますから」


 最後の仕上げに移動標的射撃を実施する事に、俺は50メートル先の標的の陰に隠れ、氷の風船をランダムに射ち出す。

 其れを侯爵様がファイヤーボールで射ち抜く練習だ、直径1メートルの氷の風船は50メートルも離れると小さな的だ。

 悉く外れ、ファイヤーボールは虚しく飛び去っていく、可哀想になり一定方向に一定間隔で打ち出すと八発目くらいから当たる様になった。


 「どうでした、動く的は難しいんです。此れからは動く標的でも練習して下さい」


 そう言いながら、頭上を飛ぶ鳥に向かってアイスアローを射ち込む。

 一発で鳥を射ち抜き、よろめきながら落ちてくる鳥を見て唸る侯爵様に、練習あるのみですよと惚けておく。

 アイスランスの発射速度に気がついていない。

 三連射でも五連射でも出来るが教えてやらない、自分で考えろ、だ。


 二人に伝える事は伝えたので、姉のローブを受け取りに行く序でにクロドス商会に寄ってみる事にする。

 姉にその事を伝えると、私も一度は王都を見てみたいと言い出した。

 ミリーネはどうするのかと聞いたら、ミリーネはもう三歳半で大丈夫だと胸を張る。

 王都は憧れの場所だから、姉は目をキラキラさせている。


 おら、東京さ行くだ! って言葉が頭に浮かぶ。

 俺一人なら護衛は要らないが、姉とミリーネを連れていくなら護衛が必要だが、ホラン達全員を連れて行く訳にもいかない。

 ミリーネの世話係エラーシャと、御者兼護衛のユラマとミューザだけでは手が足りない。

 ヤハンかハインツのどちらかのパーティーに頼む為、冒険者ギルドに出向く。

 はぁ~、家族が居るって大変だぁ、ゴールデンウィークに家族サービスするお父さんの大変さがよく判る。

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