第62話 短縮詠唱
訓練場に騎士達は居たが、魔法部隊の者は誰一人居なかった。
魔法標的の10m前に立ち、標的に当てる必要は無いと伝えて火魔法を射つ様に指示する。
〈炎よ地獄の業火よ、我の願いを聞きたまいて、彼の敵をその炎で焼き尽くさん・・・ハッ〉
伸ばした腕の先に、生活魔法と同じ大きさの火球が現れて飛んで行き、的を掠めて防壁に当たる。
〈パーン〉と軽やかな音を立てて砕け散る。
詠唱を聞き、恥ずかしさの余り顔が赤くなりそうだ。
しかし、生活魔法を使って火球を作る練習の成果か綺麗な火球が出来ている。
「魔力の動きは判りましたか」
「何かが腕から抜けていく感じかな」
「それが魔法を使うときの魔力の流れです。今のは無意識の流れです、現在魔力操作で魔力を小さく切り分ける事が出来てますよね。その小さくした魔力を、魔法を射つときに意識して腕から放出して下さい」
真剣な顔で頷き、再び詠唱を始める。
〈炎よ地獄の業火よ、我の願いを聞きたまいて、彼の敵をその炎で焼き尽くさん・・・ハッ〉
〈ドーン〉と先程より大きな音を立て、標的を半分吹き飛ばして背後の壁に当たる。
「凄い!」侯爵様自分の手をみて呟いているが、もっと魔力を小さくして使わなければ直ぐに魔力切れを起こしそうだ。
「ハルト殿、素晴らしい・・・まさか此れほどの威力が有る魔法が射てるなんて」
「誰だ、今魔法を使った奴は! 誰の許しを得て・・・こっ、此れは侯爵様お出ででしたか」
「ああ、済まないホルド、脅かしたかな」
「えっ」
おっさんは侯爵様の言葉の意味が判らず、フリーズしちゃった。
暫く固まっていたが、横に立つ俺を見て何かを思い出そうとしている様だが、俺はあんたを知ってるよ。
初めて侯爵様に魔法を見せたときに、あんたは吹き出しそうな詠唱の後で火魔法を射って見せたよな。
「今のは、侯爵様が・・・」
「ああ、彼に魔法の指南をお願いしてね」
侯爵様、満面の笑みでホルドとやらに答えている。
「なっ、何故? 魔法の手ほどきなら我々魔法部隊の者に」
「君も、以前彼の魔法を見ているだろう。標的の背後の石壁を射ち抜いたときの事を、アーマーバッファロー三頭を討伐した腕の持ち主なら、師事する価値が有ると思わんかね」
そう言われ、おっさんが黙り込んだ。
「侯爵様、彼には下がって貰えませんか」
侯爵様からこの場を離れる様に言われて、渋々引き下がるおっさん。
放出する魔力量が多すぎて、ファイヤーボールにしては威力が有りすぎるので、次の段階に移る事にした。
「次は同じファイヤーボールを射って貰いますが、先程の半分の魔力に出来ますか」
そうして三発ほど射って貰い、適正な魔力量を確認して試し打ちを終える。
残念そうに、未だ射てると言う侯爵様に説明する。
「基礎を固める為に試し打ちをして貰いました、これ以上続けても不安定な魔法になるだけです。今日からは先程使った適正な魔力の大きさを、ひたすら作る練習をして下さい。もう一つ拳大のファイヤーボールを作る事、射ってはいけません。何時如何なる時も、安定したファイヤーボールが作れる様になれば、次に進みます」
そう、侯爵様に告げてお暇する。
此れから俺が居ない間、あのおっさんは侯爵様の練習方法から何かを得ようと必死になるだろうが、多分理解出来ないだろう。
近くで見ていても大して参考に為らないだろううし、魔法を授かった者が誰でも上達するのは無理な方法だ。
侯爵様が習った方法を全て喋ったらと思うが、多分漏らさないだろう。
* * * * * * *
今度は五日ほどで、侯爵様の使いが来た。
根を詰めて練習している様だが、ちゃんと領地経営をやっているんだろうなと心配になる。
前回教えた魔力の適正量を使っての、射撃練習だ。
的まで5m、此れを百発百中になれば10mの的に変更する様に伝える。
10・15・20mと距離を伸ばして、最低でも30mの的に百発百中になったら次の段階に移ります、と言うとこんな簡単な事をと不満げだ。
「侯爵様、ものには順序というものが有ります。どんなに強力な魔法でも、当たらなければ無いも同然です。ご不満であれば指南は此れまでとします」
「いや、よく判っているハルト殿。引き続きご指南を願いたい」
最敬礼してお願いされては、意地になって断る訳にもいかず続けることになるが、標的射撃には必ず部下を一人待機させる事と、射った数は必ず数えておく事を約束させる。
理由は魔力切れの体験と、どの程度魔法を使えば魔力切れを起こすか知っておく必要からだと説明する。
侯爵邸から戻ると、姉さんに治癒魔法を教える前にウルフとオークの心臓を確保する為に、暫く森に行く事にした。
ホランに後を頼み、早朝街を出て森に向かったが金魚の糞が付いてくる。
敵意は無いが鬱陶しいので藪の陰で待ち伏せをする。
ガサゴソと冒険者にもあるまじき物音を立て、俺の姿が消えた場所に駆け込んでくる。
「物取りには見えないが、何か用か」
「あんたハルトって言うんだろう。俺達にも魔法の手ほどきを頼まぁ」
「見ない顔だが、俺の後をつけるとは死にたいのか」
「オイオイ、物騒な事を言うなよ。女に魔法を教えるのなら、俺達にも教えてくれても良いだろう。悪い様にはしないからさ」
「訓練場で幾ら魔法が上手くても、実戦じゃ詠唱している間は守って呉れる奴が必要だろう。その点俺達は経験豊富だぜ。お前が攻撃魔法を使うあいだ、俺達が守れば最強のパーティーになる」
ブロンズに精々シルバーが一人程度のパーティーの様で、恐いもの知らずって所かな。
「ふむ、偉そうに言ってるが、俺より弱い者に守られてもなぁ」
そう言って空間収納からギルドカードを取り出して、奴等の鼻先に突き付ける。
〈へっ・・・ゴールド〉
〈馬鹿な、こんなチンピラが〉
〈はったりだよ〉
〈何処でこんな物を作ったんだ〉
面倒なので、五人纏めて殺気を浴びせてやる。
〈ヒッ〉
〈ギャーァァァ〉
〈たっ、助け・・・〉
軽く殺気を浴びただけで腰を抜かすなんて、何とも情けない冒険者だよ。
「失せろ! 今度舐めた事を抜かしたら殺すぞ」
草叢を這って逃げ出す間抜けを放置して、以前のベースキャンプ地に向かう。 久し振りの樹上からの狩りをする事にして、昼は木の下にヘッジホッグハウスを出してお休み。
夕暮れになり樹上に座席を作ると、餌としてマジックポーチから保存のホーンボアを取り出して放置する。
待望のプレイリーウルフとブラックウルフの心臓は期待外れだった。
プレイリーウルフの心臓は、ゴブリンよりマシだがハイゴブリンに及ばず。
ブラックウルフの心臓は、今のハイゴブリンよりマシだが熱暴走を起こすほどの力が無い。
ハイゴブリンの心臓より集めやすいので、ブラックウルフの心臓は収集しておくが、一切れ喰ったらガツンと来て熱暴走を起こす様な刺激が無い。
然し、オークの心臓は流石に効いた!!!
微炭酸のジュースばかり飲んでいるときに、無糖強炭酸を一気飲みした感覚。 用心の為、オークの切り身の1/3を喉の奥に放り込み、水を一気飲みした瞬間にきたね。
初めてゴブリンの心臓を喰わされた時の事が思い出されて、必死に魔力を放出した。
予備のブラックウルフの心臓13個と、オークの心臓を7個手に入れたので街に戻る事にした。
心臓を抜き取ったブラックウルフとオークは、凍らせてから叩き壊して野獣の餌にしたが、その他の野獣や魔物をギルドで売ってから家に戻った。
* * * * * * *
「ハルト、侯爵様から連絡があったぞ。それと治療依頼が何件か来たな、言われたとおり住所と名前に治癒依頼の理由を書かせて帰したぞ」
「偉そうな依頼はないよな」
「そりゃー糞丁寧な言葉遣いで、返事をする此方が舌を噛みそうで困るぜ」
王家の通達を、逆手に取って来る抜け目無さは見習うべきかな。
何て言ったか『上に政策有れば、下に対策有り』だったかな。
そのうち、泣き落としで来る奴も出そうな予感がする。
読む気もしないので、書かれた依頼は日付を書き申し込み順に裏返して積み上げておく様に頼む。
* * * * * * *
侯爵様は、拳大のファイヤーボールなら50発は射てるが、と言いながら言い難そうにそれ以上は詠唱に疲れてと言葉を濁す。
命中率は、30mの距離ほぼ100%の確立で当てられると胸を張る。
「まぁ、詠唱は疲れますよねぇ。短縮しようと思わないのですか?」
「短縮・・・どうやって?」
「侯爵様は、生活魔法を使うのに詠唱してますか」
「いや・・・フレイムとかライトとしか言ってないが」
「ファイヤーボールもそれだけで良いんですよ」
「はぁ~ぁ」
侯爵様、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔になってせますぜ。
短縮詠唱なら必要な魔法名だけ言えば良いのさ、俺なんて魔法名すら言ってない。
アイスランスとかアイスアローなんて、一々くちに出すのが面倒くさい。
頭の中で、ランスとかアローって考えているだけなんだよな。
後は的に向かって飛ぶイメージとか、絶対に教えてやらないけど気がつかないだろうな。
「今使っているファイヤーボールを、ファイヤーボール小と呼んで下さい」
そう言って拳大の火球を浮かべて見せ、隣にソフトボール大の火球を浮かべ、もう一つハンドボール大の火球を並べる。
「ファイヤーボール小,中,大と覚えて下さい。大きさは目安で結構です、中は小の倍の大きさの魔力を送り出すのです」
そう言ってファイヤーボール小を射たせた後、ファイヤーボール中を倍の大きさの魔力を使って射たせた。
「ファイヤーボール中・・・ハッ」
〈ドーン〉轟音が響き渡る。
轟音に驚き、訓練場に人が集まりだし、魔法部隊の者が近寄ってくるので侯爵様に言って下がらせる。
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