第61話 指南

 引っ越し後商業ギルドに紹介を頼んでいたメイドを受け入れ、姉さんのところに五人、俺の所に二人と振り分ける。

 出入りは裏の姉さんの玄関と厩からの裏口に決め、勤めも姉さんのところに務めている事にする。

 俺の家からの出入りはホラン達だけで、余計な危険は避ける事にする。

 引っ越ししてから、家具やカーテンの購入から調理器具一式と揃える物が多すぎて、落ち着くのに二週間も掛かってしまった。


 ミリーネが新しいメイドに懐き、昼間姉さんが居なくても泣かなくなってから魔法の練習再開だ。

 練習を再開したが火魔法を射つ場所が無い、仕方がないので冒険者ギルドの訓練場を借りることにした。

 ホラン達が訓練に向かう時に同行し、射つのは生活魔法のフレイムと同じで火球は作らせず、呼び名はファイヤーボール。


 手の内は見せずは冒険者の基本、ただ射ち出すスピードは最強の石弩をイメージする為に、石弩名人の冒険者に銀貨を握らせて、目の前で何度も射って貰った。

 ファイヤーボールの標的練習は5メートルから始め、5メートルで百発百中になったら10メートルと伸ばして練習した。

 然し、それも25メートル迄でストップ、冒険者ギルドの的は25メートルまでしか無い。


 この頃になると俺と姉さんの魔法練習は冒険者達の間、特に魔法使いの間で有名になり練習を始めると見物席に陣取る者が増えた。

 それに標的射撃の練習方法として、5メートルから始めて命中率を上げる方法を取る者も現れたし、スピードも姉のファイヤーボールを見て同じ速度で射てる様になった者もいた。


 真似させるのは此処まで、ファイヤーバレットと名付けた強力な火球を見せるつもりは無いので、これ以上の練習は街の外でする事にした。

 用意した四人乗り、クッションふかふかでお尻に優しい馬車は金貨90枚、外観は裕福な商人が使う馬車に似ているが質素で豪華さの欠片も無い。

 但し馬は軍馬並みの立派なもので二頭立て、全力疾走させて見たいが道路事情と制動に難が有るので止めておく。


 ホランに留守を頼みユラマとミューザに馬車を任せて街を出る。

 御者席に座った二人は、生成りの上下に揃いの軽鎧と剣を下げ、なかなか様になっている。

 街の出入りは貴族専用口、侯爵様の身分証でほぼ素通り出来るのは有り難い。

 もっと早く専用馬車を用意すべきだったと思ったが、馬の面倒や馬車の手入れ等手間が掛かるので出来なかったが、遠出も楽になった。


 然し此の世界の情報網恐るべし、家が完成して10日もせずに侯爵様から祝いの品が届き、クロドス商会からもフィシアが元気になった感謝の印として塩,砂糖,香辛料等がたっぷりと届けられた。

 王家からの品が届いたときには、ホラン達がどうなっているんだと俺に詰め寄ってきたが、答えようが無いのでドラゴン討伐の礼じゃねっと誤魔化しておいた。

 然し王家の紋章入り壺や壁掛けなんてどうしろって言うんだ、ただの嫌がらせとしか思えない。


 街を出て30分街道から荒野の奥に乗り入れ、本格的な魔法の練習を始める。

 標的は氷柱、距離25メートルの的にフィアーボールから始める。

 ファイヤーボールなら火魔法使いが普通に使う魔法で、誰も不思議に思わない。

 25メートル標的に、ファイヤーボールを50発撃てる様になるまで毎日続けた。


 其れが出来れば標的を30メートルに変更し、百発百中になるまで続ける。

 最終的に40メートルまでなら、ほぼ確実に宛てられる様になってからファイヤーバレットの練習だ、ファイヤーバレットは実戦以外では他人に見せない様にきつく言い渡す。

 他人に見せても良いのはファイヤーボールと改良の粘着型ファイヤーボールツーだけだ。

 それでもファイヤーボールが張り付けばびっくりするだろう。

 俺の教えるファイヤーバレットは、標的の氷柱を撃ち抜く威力が有るのだからな。


 最後の練習はホーンラビットやゴブリン相手に実戦練習をする、百発百中で的に当てても実戦で当たらなければ何の役にも立たない。

 練習中に現れるゴブリンやプレイリーウルフ等を、俺が遠くから倒しているのを見ているので、外しても大丈夫だと言い聞かせ見つけ次第射たせる。

まあ及第点になった時には7月になっていた、暑い最中に俺一人汗も流さず平気な顔をしていて不思議がられ、ローブを貸したら手放さなくなってしまった。


 熱いときには、家にキンキンに凍らせた氷柱を作っているのに贅沢になったもんだ。

 お陰でミリーネの好物がかき氷になり、姉にお腹を壊すから余り与えるなと叱られた。

 出入り口は違えど内階段で繋がっているので、氷柱を置いた部屋は涼しい筈なのに、ミリーネは世話係のエラーシャにせがんで良く遊びに来る。

 目的は氷のオブジェ、様々な形になる氷を見て大喜びしている。


 姉の魔法練習が一段落し、落ち着いた所を見計らった様にコーエン侯爵様の使いが現れた。

 新築祝いを貰って礼も言ってないので、無視するのも気が引けて久々にコーエン侯爵邸にお邪魔することにした。

 すっかり馬車担当となったユラマとミューザと共に侯爵邸に出かける。


 何時もの様に通用門から入り、執事のヘイルを呼んで貰うと、間を置かずヘイルが現れ侯爵様の執務室に案内された。

 新築祝いの礼を述べ用件を伺うが、歯切れが悪い。


 「実は私の魔法指南をお願いし、ハルト殿に鍛えて欲しくてお出で願った」


 「侯爵様は魔法部隊をお持ちでは?」


 「彼等に魔法が上手くなる方法を色々聞いたが、ただひたすら的に向かいて射つべしとか、魔力切れまで毎日射つとしか教えて貰えなくてね。多分彼等も知らないのだろう。たまたま魔法を授かり使えるのだと思う。その点君は魔力10で自在に魔法を使い、姉君の魔法指南をして腕を上げさせている。それを真似た冒険者の中には魔法の腕を上げた者もいると聞いた。私も火魔法を授かり、魔力70は有るのだが効果的な攻撃が出来ないでいる。是非、私の魔法の師匠になってくれまいか」


 侯爵様に最敬礼をされてしまったよ。


 「二つばかり条件が有ります、お教えする方法は私の許可無く誰にも教えない喋らない事、自分の子供にもね。二つ目は一定期間教えて進歩無しと判断したら中止します」


 「有り難い、約束するよ」


 今のところ魔力増強以外にやる事もないし、基礎をやらせて駄目なら諦めさせるつもりで引き受ける事にした。


 「幾つか基礎的な事をお教えしますが、その結果次第では打ち切ります。それで宜しいですか」


 「感謝する」


 姉さんの様な魔力増強は無し、となると生活魔法の扱いと魔力の感知からかな。

 侯爵様に生活魔法のフレイムを浮かべて貰うと、綺麗な炎が浮かぶ。


 「其れを球形に出来ますか」


 何を言っているんだ、といった表情で俺を見る。


 「此れがフレイムですが、こうする事も出来ます」


 そう言って、侯爵様のフレイムの隣に俺のフレイムを浮かべ、燃える炎を丸くする。


 「暇な時には、この練習をして下さい。もう一つ、魔力を感知出来ますか」


 「いや、判らないしどうやって感知するのか聞いても、魔法が有る程度使えない者には無理だと言われてしまってね」


 魔力溜りを感知出来るのは、有る程度魔法が使える者って言われているので、普通素人に教えるのは無理だけど俺なら出来る。


 「魔力溜まりの場所をお教えしますから、手をお借りできますか」


 侯爵様と握手をして、丹田の少し上にある魔力溜りを軽くかき回す。


 「身体に異変を感じてませんか?」


 「身体の奥、いや臍の奥が何だか熱い感じだ」


 「其れが魔力溜りの場所ですよ。熱く感じるのは魔力を動かしたからです」


 「そんな事が出来るのか?」


 「現に何も感じないはずが、熱いと感じていますよね。寝る前に其れを捏ねたり伸ばしたり小さくちぎったりして下さい、其れが第一歩です」


 「出来る様になったら知らせて下さい。次の段階に進みます」


 ・・・・・・


 連絡が来るまでは魔力切れを起こす事と回復時間を確認したり、ミリーネと遊んで過ごした。

 姉さん達のパニックルームとは別の、俺専用のパニックルームに籠もっているときには、誰も邪魔をするなと言ってあるのでゆっくり寝られる。


 侯爵様からの使者が訪れたのは二週間たった頃、都合の良い日に何時なりとお越し下さいと述べ、通用門で無く正門からお願いしますと告げて帰って行った。

 正門ねぇ、対等に扱ってくれているのは判るが、通用門の方が気楽で良いのだが仕方がない。


 エラマに馬車は正門から入る様に言うと〈大丈夫なんだろうな〉と懐疑的な返事が返ってくる。

 まぁそうだろうな。懇意とは言え一介の冒険者が正門を使うなどあり得ない事だから。

 王家の身分証を使えば、堂々と正門から入れるが使う気は無い。

 正門前に馬車が止まると衛兵に誰何され、恐々と〈ハルト様をお連れしました〉とミューザが答えると直ぐに正門が開く。

 正面玄関に馬車が止まると、執事のヘイルが既に待っている。

 常々思うが、衛兵詰め所から何らかの方法で来客の訪問を知らせる方法が有るに違いない。


 メイド達が整列する中を、ヘイルに案内されて侯爵様の執務室に向かう。

 待ち構えていた侯爵様、お茶が置かれる前にフレイムの火球を浮かべて見せる。


 「魔力操作は出来ますか?」


 「教えられた事は出来る様になりましたよ」


 「それなら魔法訓練場に行きましょう」


 言われた事が出来るなら、何も教えず一度魔法を射たせてみる事にした。

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