第58話 恐怖

 王都警備隊の伝令が王城に駆け込んできて、ハルトなる人物が王都で大暴れしていると報告した。

 その男は王国の身分証を示し、ブルーゼン宰相に報告しろと言って一枚の紙切れを預けたと伝える。

 ハルトなる人物が大暴れ、身分証、ブルーゼン宰相と紙切れ、話が全然見えないので伝令を呼び付け詳しく聞くが、それ以上は判らない。

 王城の警備隊詰所の責任者はどう取り扱えば良いのか判らず、ブルーゼン宰相の名前が出たのを幸いに上に丸投げした。


 ブルーゼン宰相は報告を受けて驚愕した、ハルトが暴れている・・・あれ程目立たない様に行動している彼が?

 そう考えていて、何処で暴れて居るのかと思っていると続報がきた。。


 貴族の横暴に反撃を加えているのかと思ったが、フェルデン通りの絵画宝飾商ザールス商会と聞き、今度は豪商が金に飽かせて無理を言ったと解釈した。

 報告に依れば、既にザールスは死亡し多数の死傷者が出ていて、ハルトが後五つ商家で騒動が起きると言い残していると聞かされて激怒した。


 「何故其れを早く言わない! 彼は何処に行ったのだ確認しろ! ええい、王都騎士団の団長を呼べ! 陛下に報告してくるから、騎士団長が来たら待たせておけ!」


 陛下の元へ歩き始めて手に持った紙に気がついた、確か便宜を図っていた貴族とか何とか言っていたと。

 此れは下手をすれば、又貴族街で騒動が起きる事になる。


 ・・・・・・


 「ブルーゼン、何をそんなに慌てている」


 「陛下、ハルトの姉の件が漸く落ち着いたと思ったら、今度は王都の商人共が何やらハルトの逆鱗に触れた様です。報告に依ればザールス商会の会長が既に死亡、知らせを受け駆けつけた警備隊に対し、後五つ騒ぎを起こすと言い残して去ったそうです。そして此の一枚を警備隊の者に渡したそうです」


 ブルーゼン宰相が苦い顔で差し出した用紙には、貴族の名前が8名書かれている。

 書き出された名前の末尾には、フェルデン通り絵画宝飾商、ザールス商会会長ザールスの署名付きだ。


 「おそらくザールス商会の後ろ盾として、彼に便宜を図っていた連中でしょう」


 「直ちに名前の記された貴族達を呼び出せ! 其れとハルトが貴族街に現れれば説得して此処へ呼べ!」


 「陛下! そんな悠長な時では在りません。ハルトは後五つ商家で騒ぎが起きると言い残して去っています。彼の性格からすれば、始めた以上速攻でかたづける気でしょ。それも今までは、自分の存在を他人に知られない様に行動していたのに、今回は其れすら気にしていません。堂々と、王都で大暴れすると宣言しています。此れを放置すれば、王家の面子は丸潰れです」


 「ハルトは何処へ行ったのだ?」


 「只今続報待ちです。王都騎士団の騎士団長を呼び出していますが、如何なる命令を出すかお伺いに参りました」


 「ハルトを取り押さえろと命じたら、出来るか?」


 「出来ます、但し甚大な被害が出ると思われます」


 「コーエンを呼び出せ! 彼なら説得出来るだろ」


 「侯爵は只今領地に戻っています」


 国王と宰相が頭を悩ませている時、王都警備隊より続報が届いた。

 ハルトはタイエア通りの宝石商リエンツ商会に入り、リエンツ商会内部で騒ぎが起きているとの知らせである。


 「王都騎士団の者を差し向け、ハルトを予の前に連れて来い!」


 「其れは宜しいですが、ハルトはドラゴンを手玉に取る剛の者です、闘いになれば王都騎士団にも被害が出ます。それと精霊の加護を授かった者を攻撃した時、我々が生きていられるかどうか」


 「ええい! では王都騎士団の者に、ハルトから攻撃されない限り攻撃を禁じ、王城に来る様に説得させろ!」


 地団駄踏まんばかりの国王の命を受け、急いで執務室に戻ると待機していた王都騎士団長に出動を命じた。

 命令は簡素、ハルトから攻撃されない限り攻撃禁止、礼を尽くして王城に招けだった。

 王都騎士団を派遣しての命令とは思えなかった、鎮圧任務と思っていた騎士団長が問い直すと、ハルトがドラゴン討伐をなした剛の者であること。

 彼を失うことは王国にとって多大な損失になる、故に王国騎士団の団長を派遣するのだと言われた。


 王国騎士団長のクリク・ブェニツ子爵は、万一の備えに騎馬200騎を預けられハルトの元に向かった。

 ただ騎士団長の頭には、秘密にされていたドラゴン討伐の立役者の一人がハルトであると知らされ、武人の血が騒いでいた。

 ドラゴンスレイヤーと闘う幸運が目の前に有るのだ、宰相の命令は判っているがこんな好機を逃すつもりも無かった。


 警備隊の伝令と出会い、ハルトはリエンツ商会と同じタイエア通りに有る、キルヒェン商会に乗り込んだと知らされ急行した。

 騎士団長のブェニツ子爵が部下を率いてタイエア通りに姿を現した時、ハルトはキルヒェン商会での仕事を終え馬車道に姿を現したところだった。

 警備隊により道路は封鎖され、野次馬は遠くから事の成り行きを見守っていたが、馬蹄の響きも高らかに王都騎士団の到着に、野次馬達はこれで終わると思った。


 馬蹄の響きが轟音となって迫ってくるのを見たハルトは、道の中央に立ち騎馬軍団が迫ってくるのを静かに待っていた。

 騎馬の群れは速度を落とすこと無くハルトに迫る、見ていた者は無謀だ一気に踏み潰されて終わると思った。


 然し騎馬の群れはハルトの30メートル程手前で急停止してしまった、馬を止めたのでは無い。

 鼻息荒く走っていた馬が、乗り手の意志を無視して止まり後ろに下がるのだ。

 街路に立つ一人の人間に対し、明らかに怯えている。

 其れは乗り手の自分もよく判る、前方に立つ男からの殺気だ、刃で身体を切り裂かれる様な感覚に身体が震える。


 鍛えられた軍馬だからこそ怯えても恐慌を起こさなかったが、普通なら恐慌を起こし収集がつかなくなるだろう。

 ブェニツ子爵は、ドラゴンスレイヤーと闘うなんて無理! 俺は前に立つことすら恐いと素直に思った。

 震える身体を叱咤し、遠くから声を張り上げる。


 「ハルト殿とお見受けする、ブルーゼン宰相閣下からの伝言を伝えに参った」


 声が震えていないか、部下の前で無様な事は出来ないと必死に心を奮い立たせ胸を張る。

 ハルトが少し考える素振りの後、手招きした。

 馬を進めようとするが、怯えて頑として動こうとしない。

 仕方なく馬を下りハルトの元に向かうが、足の震えが止まらない。

 数歩手前で止まり直立不動の姿勢で敬礼した瞬間、身体を切り付けられる感覚が消えた。


 「王都騎士団団長、クリク・ブェニツ子爵で在ります。ブルーゼン宰相閣下の伝言です。一旦矛を収めて貰えないか、出来れば話し合いたいとの仰せです」


 「・・・判った、何時ものホテルで待つと伝えてくれ」


 そう言ってハルトが背を向け歩き出した時、自分の胸ほどの大きさの男が此れほど恐い存在だとは知らなかったと思った。

 王城で晩餐会前に見たドラゴンは迫力満点で、こんな物を一撃で倒すドラゴンスレイヤー恐るべしと思ったがそれだけだった、目の前に立った男は其れどころじゃない想像を遙かに超えた存在であった。


 ・・・・・・


 グランツホテルに部屋を取ると、夕刻大勢の騎士に守られた王家の紋章入り馬車がホテル前に止まり、ブルーゼン宰相の訪問を告げられた。


 相変わらず仰々しい事でと思いながら、ブルーゼン宰相と商談室で向かい合う。


 「ハルト殿、何故あの様な騒ぎを起こされたのか、説明願いたいのだが」


 「宰相は、私の姉が私を呼び寄せる為の囮として、非道な目に合ったのを御存知ですよね」


 「存じております。法を蔑ろにして非道な行いをした、商人や貴族を厳罰に処すべく・・・」


 「そういった行いをする、商人や貴族は一人ではありません。現に今回も在る子供の治療に関わりましたが、其れを知った多数の商人共が、脅しと強要の書簡を親に送りつけて来たのです。王家もそうでしょうが貴族や大商人共も情報収集に余念が無く、自分達に取って都合の良さそうな者を、力を使って自由にしようとします。今回潰そうと思った豪商六家は、特に強要どころか脅しの書簡を問題の少女の親に送りつけ、私を寄越せと言ってきています。私が出向き要請を断ると、堂々と後ろ盾に貴族がいると脅してきます。静かに生きるつもりでしたが、貴方達の情報網から逃れられないなら、私や周囲の者を巻き込んだらどうなるか満天下に晒す事にしただけですよ。王家の法も威光も、大して役に立たないようですし」


 そう言って、リエンツ商会とキルヒェン商会会長に書かせた紙を、身分証と共にブルーゼン宰相の前に投げ捨てた。


 残り三家の名が書かれた用紙を見せ、明日には潰すので邪魔をするなと警告する。


 「これは王家で処置させて貰えないだろうか」


 「断る! 俺や俺の周辺に手を出せば必ず潰すと満天下に知らしめる為に始めた事だ、必要なら王家の軍相手も辞さないつもりだ」


 「それは承知している。君に、君の周辺に手を出せば王家が乗り出して来ると知らしめた方が、より効果的だと思わないか。後ろ盾となった貴族達は全て隠居させよう。そして全ての貴族に処分を知らせ、商人共には君に干渉すれば潰すと通達させよう。一々潰して回るより効果的だと思うが、如何かな」


 まぁ、その方が効果的なのは理解出来るので、任せる事にした。


 「身分証は持っておいてくれ、王都内では多少なりとも使えるだろうから」


 自嘲気味に言って、身分証を差し出したので受け取っておく事にした。

 王都警備隊相手ぐらいには、役に立つ事も事実だから。

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