第56話 蠅叩き
素早くドアの前に立ち塞がる屈強な男。
「ハルトと言う者だ、俺に用が有ると聞きやって来たので主人に伝えてくれ」
〈フン〉本当に鼻で笑いやがったので、訪問はご辞退することにする。
「残念だよ、呼びつけておいて鼻で笑って立ち塞がるか。追い返すなら端から呼ぶなと伝えろ。お前の首が飛ばないことを祈っているよ」
そう言って引き返すが、高級住宅街から庶民の住まう場所まで遠いんだよな。
10分も歩かないうちに後方から走ってくる者がいる〈お待ち下さい、ハルト様〉先程鼻で笑った男が汗だくで俺の前に立つ。
「申しわきゃありましぇん」
ハアハア言って言葉が乱れまくってますがな、土下座をせんばかりの勢いで頭を下げる。
黙って男の顔を見つめ、殺気を浴びせてやると〈ヒッ〉と言ったきり青い顔色になり震えだした。
背を向けて歩き出したが、暫くすると瀟洒な馬車が俺の横で止まる。
「ハルト様、手の者がご無礼を働き申し訳御座いません。主人が待っておりますのでお越し願えませんか」
ローブを外してお財布ポーチに入れ、戦闘準備を整えてから馬車に乗った。
* * * * * * *
絵画美術商ね、玄関ホールには所々に壺や胸像が飾られていて、壁には肖像画が掛けられている。
思うのだが、此の世界では風景画や静物画を見ない。
まあ、ご先祖様か当主か知らないが、偉そうにふんぞり返る肖像の隣に風景画は似合わないか。
通路や開け放たれた部屋の中は商品の展示場になっている様だ。
三階の一室に案内されると、主人に知らせて参りますと言って執事が下がるが、直ぐに引き返してきた。
「ご案内致します」
執事に案内されて付いて行くと、主人らしき男の前に立たされる。
「ハルト様で御座います」
そう言って執事が、主人らしき男の傍らに控える。
俺に、主を紹介するんじゃないのかよ。
貴族の執務室を模した造りで、男の背後と扉の左右に立つ護衛達の装束は貴族趣味プンプンときた。
顔も上げず書類を見ている男を無視し、壁際の護衛を見ると好奇心丸出しの目付き。
振り向き扉の左右に立つ護衛は、あからさまな軽蔑の目で見ている。
その二人に殺気をぶつけ、目をそらしたところ主の背後の二人にも殺気を当てて威嚇する。
執事は無表情を装いつつ、俺と主人を交互に見ている。
足を半歩開き楽な姿勢で男を観察していると、やっと俺に気づいた風に顔を上げる。
気楽に立っている俺を見て、一瞬顔が歪むが薄ら笑いで頷き声を掛けて来た。
「ハルトだな。何故私の所に来ないで、クロドスの所でのんびりしていたんだ。懇意な貴族達に、お前を紹介する手筈も整えていたんだぞ」
俺が返事をせず表情も消して、こういう奴ねと考えていると勝手な戯言は続く。
「お前には執事のケラハンの指示に従って、色々働いてもらうぞ」
「ザールスって言ったよな、何様のつもりだ」
「何だその口の利き方は、お前を雇って有効に使ってやろうというのが不服か」
「余計なお世話だ。俺を有効利用するとは烏滸がましいにも程がある。クロドスに無理難題を言い、俺を呼びつけたつけは払って貰うぞ」
「多寡が冒険者風情が、少し腕が立つと思って思い上がっている様だな」
タップンと音がしそうな腹を揺すって立ち上がり、格好良いつもりの指パッチン。
惜しい、背後の護衛も扉の傍の護衛も動こうとしない。
焦って二度三度指を鳴らすが、下を向いて主人の顔すら見ようとしない。
格好付けて書類を見ている間に殺気を浴びせて、護衛の心をへし折ってやったので無駄だよ。
焦ったのか窓際の飾り紐に飛びつき、思いっきり引くと遠くで鐘が鳴っている。
「死にたくなければ、横に行け」
隣室と境界の壁を指差すと、護衛四人はあたふたと移動する。
呆気にとられて見ているザールス、扉が激しく叩かれて〈ザールス様〉〈ザールス様ご無事ですか?〉と声が聞こえる。
5~6人いる様だが、バレーボール大のアイスバレットをドア越しに叩き付けてやると、2発で静かになった。
綺麗な彫刻が施された扉だったのに、大穴が空いてしまい勿体ない。
「おっ、お、お前何をやっているのか判っているのか! 私に逆らったら、王都の貴族達を敵に回す事になるぞ」
「それがどうかしたのか。その前にお前が消えるので気にするな」
腰のショートソードを鞘ごと外し、ゆっくりとザールスのもとに歩み寄る。
近づく程に後ろに下がるが窓際で行き止まり、邪魔な執事を顎で壁際に行けと命令する。
「お前が俺を呼び付けられる立場か」
タップンとした腹に、ショートソードを鞘ごと突き入れる。
〈ウゴッ〉って声と共にくの字になり、下がった頭を鞘で殴りつける。
顎が変形して顔が腫れ、口から血が流れ落ちる。
〈何をしている! 父上を助けろ!〉扉の外で怒声が聞こえる。
扉の左右の壁にアイスバレットを2発ずつ叩き込む〈ドッカーン〉〈ドッカーン〉と轟音と共に大穴が空いた。
〈ギャー〉〈逃げろっ〉〈ウゲッー〉〈た、た、助けてー〉
色々聞こえるが、這って逃げようとするザールスの後ろから股間を蹴り上げる。
前のめりに腰を高く上げたまま白目を剥いて気絶している。
白目を剥いて安らかに眠るザールスを放置して、穴の空いたドアをアイスバレットで吹き飛ばして通路を確認する。
血反吐を吐いて息絶えている者、手足をなくし虫の息の者から腰を抜かして失禁している者まで大惨事だ。
ザールスの元に戻り怪我を治療してやるが、目覚める気配が無い。
気付けに横腹を蹴り上げると呻き声と共に目覚めた。
どんな状況なのか理解出来ない様なので、訓練用木剣を取り出しケツバットを一発喰らわせる。
〈ギャー〉って悲鳴と共に壁際に立つ護衛達の所まで転がって行く。
護衛達は震えながら壁に張り付いてザールスを見ている。
「立てよ、『お前を雇って、有効に使ってやろうというのが不服か』って不服しかないんだがな。どう有効に使うつもりなのか聞かせてくれよ」
「もっ、申し訳在りませんでした! 二度とご無礼は致しません」
「あーん、『逆らったら、王都の貴族達を敵に回す』って言ったよな。敵になる貴族の名前を言え! 俺を寄越せとクロドスを脅していたが、貴族の後ろ盾があるから脅しているんだろう」
這いつくばって震えるザールスの頭を、木剣でゴンゴン音が出る程叩くとみるみる大きなたんこぶが出来る。
執事に命じてザールスを執務机の前に座らせると、お前のバックにいる貴族の名前を全て書けとペンを握らせが、なかなか書こうとしない。
両腕を木剣のフルスイング叩き折り、転がって呻くザールスを蹴りつけてから魔力を流して治療してやる。
「どうだ、痛めつけては何度でも治してやるぞ。無限に続く拷問だな、お望みなら火炙りにして、死ぬ寸前まで楽しませてやろうか」
そう言って顔の前に拳大の火球を浮かべてやる。
ザールスは必死に這って机に戻り、紙にペンを走らせ、書き終わった用紙をおずおずと差し出した。
「書き漏れていたらどうなるのか、判っているよな」
必死で頷くザールスを横目に執事を呼び寄せ、お前の知っているザールスの後ろ盾の名前を全て書けと命じる。
ザールスの顔こそ見物だ、一瞬で蒼白になり震えている。
執事が書いた貴族の名前は8名、ザールスは5名、未だ反抗する気力が有る様なので火炙りに決めた。
バレーボール大の火球を浮かべ、ザールスの前に立つと後頭部を掴んで火球に顔を押し当てる。
何をされるのか震えていたが、いきなり火球に押しつけられて必死に逃げる。
「お許し下さい、嘘偽り無く書きますからお許し下さい。お願いしますハルト様」
眉も髭も焦げてチリチリ顔で謝罪するザールスは、滑稽で有る。
面倒だから奴隷の首輪を使ってやろうかと思ったが、隠匿物資なので自重する。
執事とザールスの書いた用紙を並べて確認する。
ヴォルフ・スベルク侯爵
アメル・スフォール伯爵
ノブァディ・グラデシカ伯爵
ケール・ゴヴァルト伯爵
フェリカ・ゴリツァ子爵
ゴスト・ティレル男爵
バルメ・ネフェル男爵
イブニチ・グリンド男爵
二枚の用紙を空間収納とお財布ポーチに分けて入れる。
「ところでザールス、随分迷惑を掛けてくれたな。謝罪の意味も込めて少し欲しいものが有るのだが貰っても良いか」
「はい! 勿論で御座います」
俺から解放されると知って、素晴らしい返事が返ってくる。
王家の紋章入り革袋を三つ程見せて、10個で勘弁してやるよと伝えた。
王家の紋章入り革袋を見たザールスは震え上がった。
自分が手を出してはいけない相手を怒らせた事を、初めて理解した。
執事が壁の金庫から革袋を取り出し机の上に積み上げると、執事に馬車を用意してくれと頼む。
机に積まれた革袋を仕舞うと、もう終わるとほっとしているザールスに、アイスランスを射ち込む。
ザールスの死を確認してから、部屋を出て行ったが誰も身動き一つしなかった。
もときた通路を使い表に出ると周辺は野次馬と、警備隊の物々しい雰囲気に包まれて注目の的で有る。
まぁちょっと壁を撃ち抜いたりして、派手な音を立てたから仕方がないか。
俺の姿を見た警備隊の兵士10数人が駆け寄ってくるが、全員短槍を構えて戦闘態勢である。
〈武器を捨てろ!〉
〈此処で何をしている!〉
〈怪しい奴め!〉
「お前達の責任者は居るか?」
〈それが何の用だ!〉
「黙って呼べ! 俺を攻撃したら後悔する事になるので、その前に責任者を呼べと言っているんだ」
兵士達が顔を見合わせて、一人が野次馬の近くに居る兵に駆け寄る。
「何の用だ、多数の被害者が出ているんだ、逃げられんぞ」
「逃げるつもりはない。その前に見せたい物が有るのだが」
そう告げて、王国の紋章入り身分証を見せる。
〈まさか・・・〉
「手に取って、よく確認しろ」
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