第55話 駄々洩れ

 姉さん達と同居生活が始まり、平和を満喫しているのに無粋な奴は何処にでもいる。


 「ハルト、お客さんだけど・・・」


 「どうしたの姉さん」


 「何だかとっても立派な身なりの人が、貴方を訪ねて来てるの」


 「立派な客と言われても困る。此処はワンルームで客を迎える場所も無い」


 抱いていたミリーネを姉に渡し、客を確認する為にドアに向かう。

 執事の身なりだが胸に貴族の紋章が無い、商家の執事の様だ。


 「お初にお目に掛かります。私王都の手前ゲドラスの街、エレウス通りのクロドス商会で執事をしております、カルロバと申します。主人のお嬢様が病に伏せっております。多くの治癒魔法師様に治療をお願い致しましたが、病は重くなるばかりです。ハルト様のご高名を聞き、是非治療をお願い願いたく参上致しました」


 長い! と言いたくなるが黙って聞く。

 お茶を用意の後、ミリーネをあやしながら話を聞いていた姉が、不思議そうな顔で俺を見ている。

 姉さんの知っている俺は、氷結魔法と空間収納を授かったが魔力10で、使い物にならないポンコツだから。


 「お願いします、ハルト様のお力でお嬢様をお助け下さい」


 そう言って深々と頭を下げるカルロバ。


 「ハルト、貴方治癒魔法なんて授かったっけ」


 姉さん、好奇心に負けて口を挟むなよ、そう思いながら肩を竦めて誤魔化す。


 「ハルト様の治癒魔法は王都では評判で御座います。主人も其れを聞き、お嬢様を助けられるのはハルト様以外に無いと私を使わしました」


俺はブラックジャックじゃ無いんだけどなぁ、そう思っていたら姉さんがカルロバにお嬢様ってお幾つですかって聞いている。

 おいおい姉ちゃん、フラグを立てるなよ。


 「ハルト、貴方が治せるのなら治して差し上げなさい」


 クロドス商会会長のお孫さんで6才だと聞いて、姉が命令口調で言ってくる。

 まぁ昔から面倒みて貰ったし、命の恩人でも有るから逆らえないところも有るんだけど。

 溜め息しか出ないよ、一度受けるとわんさか治療希望者が湧いて出るぞ、クルーゲンの様な奴もな。


 「姉さん、一度だけだぞ。俺の治癒魔法のせいで、クルーゲンの野郎にどんな目に合わされたのか忘れたのか。ミリーネを同じ目に合わせるつもりか」


 そう言うと、やっと俺が渋る理由を理解したのか青い顔になった。

 此処に姉さんとミリーネを置いておくのは危険だ、俺の居ない間別の場所に住まわせた方が良さそうだ。


 「良いだろう、治るかどうか知らないがゲドラスまで行くが、此処での話しと治療結果について他言無用を約束しろ。喋ればどうなるか」


 そう告げて王国発行の身分証を見せる。

 俺の居場所を調べ、依頼にやって来るだけの情報網を持つ店の執事だ、身分証を見て俺が何を言っているのか理解し深く頷いた。


 「承知致しました。主人にも申し伝えます」


 ブルースの上が空いているので姉さん達は其処に移動して貰い、留守の間の事を頼んで行く事にした。

 姉には治癒魔法の事は絶対に口に出すな、聞かれたら俺が授かったのは氷結魔法と空間収納だけだと答えろと言っておく。

 商業ギルドに寄り、ブルースの上の部屋は暫く売らないと連絡した後、カルロバの馬車に同乗してゲドラスまで行く事にした。


 執事を差し向けるだけの財力を示す様に、騎馬の冒険者10名が護衛に付いている。

 俺は商家の坊ちゃんスタイルで、腰にショートソード一本ぶら下げて馬車に乗り込む。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ゲドラス到着前日、裏口から入れるなら裏口に着けろと言っておく。

 プライバシーゼロ、噂が街の情報源の世界で堂々と店の前に馬車を横付けすれば、大事な客を招きましたと宣伝している様なものだ。

 ゲドラスの街に到着する前にローブを羽織りフードを被って人相を判りづらくする。


 クロドス商会、塩,砂糖,香辛料取り扱いの看板を上げた大店の裏に回って馬車は止まった。

 カルロバの案内で屋敷に入るが、堂々たる三階建ての建物で財力を誇示する訳では無いが、貴族の館に引けを取らない造りだ。


 招き入れられたのは客間と思しき部屋、暫し待たされた後老人と壮年の男女にメイドがやって来た。

 俺はローブを纏いフードも被ったまま会釈する。


 「申し出を受けて頂き感謝する、孫の治療を頼めるだろうか」


 「カルロバから話を聞いているかな」


 三人揃って頷くので病人のところへ案内してもらう。


 豪華な天蓋付きベッドに小さな子供が横たわっているが、痩せ衰え土気色の顔が熱で浮腫んでいる。

 首筋に手を当てると、か細いながらも脈は感じられる。

 そのままの状態で極僅かな魔力を流し込む、ゆっくりと少量の魔力を流し込み乍ら体内を巡らせ全体に広げていく。

 脈がしっかりとしてきた様に感じられるので顔色を確かめると、唇に血の気が戻っている。


 病人の治療は三人目で、傷口が目に見えて塞がる怪我人の様な症状が無いから判り難い。

 最もクルーゲンの場合は火傷を治す序でに病気も治った・・・多分、ので何とも言えない。


 「貴方、唇に血の気が戻っているわ」

 「うむ、確かに唇に生気が感じられるし浮腫が消えている」

 「有り難い・・・」


 「怪我人は治せるが、病人の治療は三人目で自信はない。暫く様子を見ていてくれ」


 「ハルト殿、感謝の言葉も無い」


 「其れはまだ早いだろう、数日様子を見てからにしてくれ」

 俺もそのつもりなので頷くと、呼び鈴を鳴らし別のメイドを呼んで部屋の用意を命じている。

 主人に従って部屋に入ってきたメイドは、病人の専属メイドの様で子供を見て涙ぐんでいる。


 夕食に呼ばれ、当主のクロドスから娘夫婦を紹介された。

 娘のマーリンと婿のランド、病気の孫はフィシア。

 姉さんの事で頭にきてしまい、クルーゲンを痛めつける事が優先するあまり忘れていた事を、クロドスに尋ねた。


 「病気治療に応じたのは一つ確かめたい事が有った為だ、何故俺の住まいを知っていたんだ」


 クロドスとランドが不思議そうな顔になりマーリンは何の事だという顔で俺を見ている。


 「どういう意味でしょうか?」


 「家を建てて間がないし、コーエン侯爵様のお膝元とは言え、侯爵様にも俺の家のことは教えてない。知っているのは紹介してくれた商業ギルドの職員と、大工や土魔法使いだけだ」


 「その事ですか、ハルト殿は冒険者登録をなさっている。そしてコーエン侯爵様と繋がりが有る。此処まで判っていれば簡単です」


 自信満々に言ってくれてるよ。


 「冒険者ギルドに問い合わせれば、登録情報は全て手に入ります。それも金額の多寡に依りますが、出身地と授かっている魔法程度なら、銀貨1枚も握らせれば判ります」


 簡単に言ってくれるよ、このおっさん。


 「すると、俺の住まいを知ったのは」


 「侯爵様と繋がりが有るのなら、商業ギルドにも登録されているだろうと思いまして」


 駄目だ! 個人情報ダダ漏れだよ。


 「それなら個人の資産や資金移動なども調べられますか」


 「それは非常に難しいです、商取引上の支払い能力の確認程度なら、答えて貰えます。然し資産状況とか資金移動を他に漏らせば、商業ギルトの存続に関わる事も有りますから先ず漏らしません。絶対とは言えませんが」


 それを聞いて安心だわ、姉さんに家を建てさせて金は俺が出せば・・・でも俺と同じヨールの出身と知られてヘレナ姉さんが被害に遭った。

 家族構成も出身地を調べれば判るだろう、クルーゲンの事を考えれば漏れているな。

 考えても手遅れの様だし、いっそ大きめの一軒家を購入して、立て籠もれるほど頑丈にするか。


 色々考えても良い案が浮かばない、常に護衛を従えて行動させるのもなんだし困った。

 10日もすればフィシアは薄いスープ以外に柔らかな固形物を食べられる様になり俺が居る必要も無くなった。

 然し問題が一つ、クロドスのもとに付き合いの在る大店や豪商達から、俺に関する問い合わせが殺到していると伝えてきた。

 素より俺の事は一言半句漏らしていないと言っているが、経験上漏れたのは使用人からだろう。

 自分達も他の家や貴族に情報提供者を飼っている。

 他者が同じ事をしない保証は無い、現に俺の情報がダダ漏れだ。


 「クロドスさん、貴方が断り切れない相手を選んで俺を紹介して下さい。但し紹介はするが、俺の気分次第で何が起きるか判らないので、如何なる責任も持てないって念押しして下さい。断れる相手には手を出さない方が無難だと言っておきなさい」


 「何をなさるおつもりですか?」


 「なに、俺に手を出した奴には相応の報いを与えてきましたが、騒がしいのは嫌いだから静かにやってきました。金持ち豪商だからと好き勝手をすれば、滅びの淵に立つ事を教えてやるだけですよ」


 俺の言葉を聞いて青ざめ、俺の事に対し探りを入れてきたり紹介を強要した相手に、破滅したく無ければ引き下がれと忠告したらしい。

 それでも俺を紹介しろとか寄越せと言ってきた相手の、住所を一覧にして貰い、相手には俺が尋ねて行くと伝えてもらった。

 10日でお暇するつもりが余計な事になり、20日目に謝礼の金貨の袋をもらい王都に送ってもらった。


 第一目標、王都フェルデン通り〔ザールス商会〕絵画美術商の看板が上がっている。

 馬車が店の前に止まると、礼を言って帰らせた。

 商人の小倅風衣服にローブを纏いフードを被り、多少は雰囲気を演出してザールス商会の入り口に向かう。

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