第54話 ミリーネ
クルーゲン商会のサロンに座り説明するが、王国の身分証、通行証を持っている事は話さないで辻褄を合わせる事にした。
「で、何が聞きたいんだ」
「何故、王国騎士団がハルト殿なんて言うんだ」
ヤハンがハインツより先に口を切る。
「その前に言っておくが、この街で見聞きした事は他言無用だからな。ぺらぺら喋るとあの世に送るよ」
ヤハン達がゴクリと唾を飲む音がする。
「わっ、判っている。こんな事他人に話しても信用して貰えないよ」
ハインツがそう言うと皆が一斉に頷く。
「各パーティーにお財布ポーチを渡したのは口止め料だからな。ザラセンの冒険者諸君には金貨10枚を口止め料に払うよ」
〈よっしゃー〉
〈よっ太っ腹〉
歓声が上がるが無視して皆に、コーエン侯爵様の身分証を見せる。
「これはコーエン侯爵様発行の身分証、通行証と呼ばれる物でほぼ侯爵様の代理人扱いだな」
ハインツが口を開き掛けるのを制止して、何故持っているのかを説明する。
侯爵様の依頼でのアーマーバッファロー討伐から説明し、王都で行われる魔法比べへの出場依頼を受けて王都に出向いたこと。
其処で最優秀と認められ、王国騎士団とも繋がりが出来てコーエン侯爵様とも親密になったと説明。
その後、別の依頼でボストーク伯爵領、ガーラル地方のグリムの街へ行き、ゾルクの森と地の底と呼ばれる場所で、ゴールデンベア討伐の事などを話した。
相当割愛したが、何とか辻褄を合わせられたと思う。
ホラン達がニヤニヤしているのは気に入らないが、ドラゴンの事を喋らないだろうから無視する。
今回ヘイエルの街に居たら、俺に直接依頼した来た奴がいるのだが話が胡散臭いので断ったんだ。
そうしたら俺の姉さんを捕らえていて、断ればどうなっても知らないと脅してきたのが事の発端だ。
「じゃー、何故王国騎士団が出て来るんだ?」
「それは皆も見ているだろう、このクルーゲン商会が事の発端で、此処の護衛や女性達は犯罪奴隷の首輪をされて使われていたんだ。それに奴隷商が絡み、ヴォルフ子爵が後ろ盾となり便宜を図っていた。俺一人じゃどうにもならないとなれば、侯爵様を頼るしかないだろう。侯爵様を頼るとなると相手は貴族だ、王国に報告しなければ不味い、報告すれば王国騎士団が出て来るさ」
「それだけで王国騎士団の小隊長とは言え、あんなにハルトに丁寧な対応をするか?」
「そこだよ、俺は王都で魔法比べの最優秀者だぞ。その関係で侯爵様から身分証を預かっているが侯爵様に準ずるものだ。王国騎士団の小隊長程度が彼此言えないのは当然なので、自然丁寧な対応になるってもんだ」
首を捻りながらも、冒険者からすれば雲の上の話なので納得した。
ザラセンの冒険者達に各自に金貨10枚を配り、喋るなよと念押しをして解放した。
ヘイエルの冒険者達には、コーエン侯爵様到着まで付き合って貰う。
その間に護衛達の首輪を外し、自由にしろと告げて一人金貨一袋を与える。
だが奴隷の境遇から救って貰い、お財布ポーチと金貨一袋を貰ったから有り難うと消える者は少なかった。
半数以上の者は、何か有ったら手伝うから呼んでくれと帰る場所を告げ別れた。
困ったのは是非配下に加えてくれとか、俺のパーティーに加わりたいとかしつこいのがいた。
恩義を感じてくれるのも良いのだが、それ以外の思惑が透けて見える、俺は一人でやりたいんだ。
余りにしつこい奴には奴隷の首輪を取り出し、これ以上言うのなら奴等の仲間として突き出すぞと脅して追い出した。
女性達にもお財布ポーチを与えるが、そのまま使うと取り上げられたり拉致される恐れがあるので、通常のポーチの内側とか肩掛けザックの中に仕込む方法を教える。
彼女達を一人ずつ呼び、コーエン侯爵様が到着したら家族の元に送り届けてくれるだろうと話して、金貨二袋ずつを与える。
姉さんには、此れが片付いたらコランの街まで送るから、もう少し辛抱してくれと頼み金貨を二袋渡す。
女性達は野郎共の様に稼げないので、金貨を二袋渡したが巻き上げた金貨の袋が一向に減った気がしない。
仕方がないので姉さんの分をもう5袋、俺の手数料20袋を別にして残りを侯爵様に預ける事にした。
それ以外にお財布ポーチを5個、マジックポーチを4~12クラスを各1個の9個に、終身犯罪奴隷,犯罪奴隷,借金奴隷の首輪を各5個と支配の指輪と拘束と解放の指輪を各三個マジックポーチに入れて隠匿した。
* * * * * * *
コーエン侯爵様が到着したのは五日後、大部隊を率いて乗り込んで来た。
出迎えたホランが、その一部を連れてクルーゲン商会にやって来た。
各30人ほどの部隊は、クルーゲン商会と奴隷商ルンデス商会の接収部隊だと申告した。
ヤハン達にルンデス商会の方を任せ、残りの部隊にクルーゲン商会の説明をして引き渡す。
俺は女性達と違法奴隷として捕らえられていた者達を連れて、接収されたヴォルフ子爵邸に向かう。
多数の女性と未成年の者を連れて、ヴォルフ子爵邸に到着すると門衛に身分証を示してコーエン侯爵様に会いたいと告げる。
「ハルト、ハルト、侯爵様に会いたいなんて何て事を言うの」
慌てる姉さんを宥めていると、衛兵がお通り下さいと敬礼する。
ぽかんとする姉さん達を促し、邸内を進むと迎えの騎士が駆けてきた。
「ハルト殿ご案内致します。他の方々は別室にてお待ち下さい」
そう言われ、姉さんに暫く待っててと言って騎士に付いて行く。
「ハルト殿をお連れしました」
ヴォルフ子爵の執務室と思われる部屋の前に立つ騎士に伝えると、さっとドアを開けてくれる。
満面の笑みでコーエン侯爵様が迎えてくれるが、俺の中で警戒警報が鳴り響く。
「侯爵様、何か良からぬ事を考えてないでしょうね」
「いやいや、今回の事では陛下より、君に感謝の言葉を伝えてくれと言われている。それと金鉱床発見の褒美に金貨3,000枚と、香木の礼として金貨2.000枚を君の口座に振り込んでいるので確認しておいてくれ」
話が長くなるのを防ぐ為に、クルーゲン商会と奴隷商ルンデス商会に捕らえられていた、違法奴隷達の保護をお願いする。
その中の一人は、俺をおびき寄せる為に騙されて連れて来られた姉だと伝える。
その為にさっさと片付けて姉を家族の元に送りたいのだと話して、クルーゲンとルンデスから巻き上げた物を入れたマジックポーチを引き渡す。
女性達と違法奴隷として拉致されていた者達を、家族の元に確実に送り届けると約束してくれたので、一刻も早く姉を家族の元に送り届けたいと言って逃げ出すことにした。
これ以上、面倒事に付き合わされるのはゴメンだ!
一つだけ、君のお姉さんを送り届けるのなら馬車を用意しようと言ってくれたので、それだけは感謝して甘えることにした。
何せ街から街へと繋ぐ定期馬車の椅子は、尻を下から蹴り上げる拷問みたいな馬車でそれにはあまり乗りたくない。
馬は扱えないし乗りたいとも思わない、ヘレナ姉さんも当然乗れないとなれば歩く事になる。
姉さんを二日も歩かせるのも問題だし、多分姉さんの足では三日は掛かると思う。
一晩子爵邸に宿泊して早朝ザラセンの街を出発した。
* * * * * * *
馬車の旅は快適だったが、到着したコランの街では胸くそが悪くなった。
姉さんの嫁ぎ先の店に着き喜んで店に飛び込んだ姉さんは、見知らぬ女が亭主の隣で寛いでいるところに出くわした。
姉さんに何事だと問い詰められた旦那は、お前が帰ってこないし金も貰ったからと口を滑らせた。
ギャアギャア喚く女と、黙りを決め込む旦那に子供はどうしたと問い詰めると、街の教会に預けたと女が怒鳴る。
黙って聞いていたが流石に見逃せない、二人に殺気を飛ばして黙らせ、金を貰ったとはどう言う意味だと問い詰めた。
クルーゲンの野郎は、姉さんを俺の囮に使う為に騙してザラセンに呼びつけ、旦那が騒ぎ出さない様に金貨10枚を握らせていやがった。
もっと玉を踏みにじって置くべきだったと、後悔したのは言うまでもない。
旦那はその金で、通っていた飲み屋の女を後釜に据えていたのだ。
二人に全力の殺気を投げかけ、白目を剥き泡を吹いて失禁するのを見てから店を出た。
その足で教会に行き、預けられていた姉さんの娘ミリーネを引き取ってきた。
亭主に呆れた姉さんと話し合った結果、ヨールの長兄は結婚し子供も二人いて帰りにくいと言う。
ならいっそヘイエルの俺の家に来れば良いと話し、一晩コランに泊まり翌日ヘイエルへ向けて出発した。
馬車はヘイエルに戻るまで使ってくれ、と言ってくれた侯爵様に感謝。
* * * * * * *
ヘイエルの家に帰ってからも、忙しい日々が続きそうである。
20才過ぎで家を持っていることにも呆れられたが、ザラセンでの事を思い出して納得していた。
それにヘレナ姉さんには金貨7袋を渡しているので、俺が途轍もない金を稼いでいると判った様だ。
俺自身もこんなに稼げる様になるとは、思いもしなかった事だからな。
姉さんとミリーネを連れて商業ギルドに出向き、俺の姉だが身分証がないが口座を作れるのかと問うと、俺の保証で出来ますとの返事。
コーエン侯爵様発行の身分証を提示し、商業ギルド発行のヘレナ姉さんの身分証と口座を開設して貰う。
そ処へ姉さんの金貨700枚を預けさせると職員がびっくりしていたが、追加でクルーゲンから巻き上げた金貨20袋2,000枚を追加する。
「あんた大丈夫?」って聞かれたが、クルーゲンから巻き上げた物だから大丈夫と答えておく。
その10倍は持っているとは、流石に言い難い。
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