第47話 ザンクト家の災難

 静まりかえる室内を見回し、誰一人動こうとしていないのを確認して〈父上〉とほざいて居た男に声を掛ける。


 「余り精霊様を侮辱するんじゃないぞ、お前達が死ぬのは勝手だが俺は迷惑なんだ」


 〈もう、止めてくれ。精霊様を鎮めてくれ、頼む!〉俺を下賎な者と言った男が泣きを入れる」


 「俺に手を出すな、二度と精霊様を愚弄するな。お前が万の軍勢に守られ様とも死ぬ事になるぞ」


 「判った、判りました、お許し下さい」


 「其れを返して貰おうか」


 テーブルの上の身分証を指差すと、震えながら俺に差し出す。


 部屋の入り口横に佇む執事に帰ると伝え、案内を頼む。


 泣きを入れた男が執事に〈お見送りをしろと叫んでいる〉ちょっと揶揄っただけなのに、そんなに恐いのかねぇ。


 「そうだ、お前の名を聞いていなかったな。公爵を父上と呼んでいたな、嫡男か?」


 「そうだ、そうです。ブレヒト、ブレヒト・ザンクトです」


 「覚えておこうブレヒト、二度と会う事の無い事を願うよ」


 そう告げて執事に頷きドアを抜けると、壁に背を預け一人の男が立っていた。


 「まさか精霊降臨とはなぁ、で、公爵様はどうなった」


 肩を竦めてやると〈やれやれ〉と言いながら頭を掻いている。


 「どうする。俺は親の仇になった様だが」


 肩を竦めて笑い、後で訪ねて行っても良いかと問われたので、後数日して注文の品が届いたら王都から消えると伝えて別れた。

 跡目争いに参入する気は無さそうだから、気楽にやるつもりだろうが何の用事かな。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「陛下、エスター・ザンクト公爵の死亡届と、ブレヒト・ザンクトの公爵位継承許可願いが出ていますが」


 「あの男が死んだか」


 「其れが〔耳〕からの知らせに依れば、ハルトを呼びつけて治癒魔法を使わせ様としたそうですが、精霊の怒りに触れた様で公爵以下五人が死んだそうです」


 「ほう、ハルトはその時何をしていたか判るか」


 「離れた所に立っていただけだそうです。知らせに依りますと其れ其れ胸や腹などを押さえ、苦しみながら死んでいったそうです。ただ一人だけ全身真っ白に凍り付き、精霊様の祝福を受ける様にキラキラと輝くものに包まれたそうです」


 「精霊の祝福が凍り付いて死ぬ事か? ハルトは治癒魔法を使っていないのだな」


 「はい、ザンクト公爵が身体の調子が悪いからと治療を要求した様ですが、きっぱり断ったそうです。キルヒ伯爵,クロスタ伯爵,ブルク子爵も死んだ五人に含まれます」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 三日後ブルースが訪ねて来て、母親の治療を頼みたいと言った。

 ザンクト公爵の手が付き、自分を産んだ者として病気治療の代価を支払ってくれたが、代替わりした兄からは其れが望めない。

 疎まれている自分は近々追い出されるだろう、そうなれば母の命も危うい。


 足りるかどうか解らないがお願いする為の全財産だ、 そう言って革袋を差し出し頭を下げた。

 そう言えば無理矢理呼び出された謝罪も受けていないし、騙りとさげすまれたのも腹立たしいのでもう一度ザンクト邸に出向く事にした。


 ブルースの案内でザンクト邸の通用門から邸内に入り、執務室に案内される。 ノックをして返事を待つとドアが開き執事の顔が見えた。

 俺の顔を見て硬直する執事を押しのけ、ブルースが部屋に入ると怒声が飛んできた。


 〈無礼者! 此処は貴様の様な妾の子が来て良い場所ではないぞ!〉

 〈下がれ! 馬鹿も・・・〉


 ブルースの後ろから俺が姿を現すと、怒声が止まり呻き声が聞こえる。


 「ブレヒト無理矢理呼び出された謝罪と、詫びを貰っていない事に気がついてな」


 よく似た顔の男が二人と背後の壁際に護衛が立っているが、誰も動こうとしない。


 「なっ、何が欲しいんだ」


 「何って、最近こんな物を集めるのが趣味みたいになっちゃってね」


 そう言って王家の紋章入り革袋を三つばかり、机の上に置いて見せた。


 「謝罪の言葉一つ聞いて無いから、ザンクト家の紋章入りなら10個くらいかな」


 にっこり笑ってそう言うと、ブレヒトの顔が引き攣っている。


 「公爵家継承祝いも欲しいなぁ」


 後ろから〈それは流石に悪どいぞ〉って呟きが聞こえるが気にしない。


 「君の隣に立つ二人はご兄弟かな、紹介してくれよ」


 二人を見てにっこり笑うと引き攣った顔で自己紹介してくれた、オーロン・ザンクトとハーベイ・ザンクトね、覚えておこう。

 ひょっとして未来の公爵様になるかも知れないお方だから。


 「俺の要求って理不尽かな?」


 「いっ、いや直ぐに用意する・・・します」


 〈とーっても理不尽極まりない気がするけどな〉そんな言葉が後ろから聞こえるが気にしたら負け!


 執事に金貨の袋を用意しろと命じているが、地下の金庫室に行かなければ用意出来ませんと言われ、執事を連れてあたふたと部屋を出て行った。


 執事にワゴンを押させて帰って来たブレヒトが〈父がご無礼致しましたお詫びです・・・お納め下さい〉無念そうな顔でそう言って執事に頷く。

 目の前のワゴンに革袋が12個、礼を言ってお財布ポーチに放り込みお別れのご挨拶。


 「お気づきかと思いますが、ブルースは彼の母親と出て行くので俺のホテルまで馬車をお借りしても良いかな」


 「判った、用意させよう。ブルース此処を出て行くからには」


 「判っている、二度とザンクトを名乗る事は無いから安心してくれ」


 ブルースの案内で彼の母の療養する一室に案内されたが、下女の住まう様な家具もろくに無い一室に寝かされていた。

 窶れた女性が横たわるベッドの傍に椅子を引き寄せて座ると、黙って彼女の手を取る。

 この女性も魔力が感じられ無い、いや感じられ無いほど僅かな魔力しか無い、多分生活魔法も使えない筈だ。

 慎重に極少量の魔力を流し込み、体内を巡らせ身体の隅々まで張り巡らせる。

 青白く生気の無い顔色に血の気が差し、目に力が宿る。


 「多分大丈夫だと思う。何しろ病人を治療したのは初めてだからな」


 「済まない、感謝する。この恩は必ず」


 「あっ、その必要は無い。俺はしっかり稼がせて貰ったからな、此れはその手数料だ」


 そう言って傍らのテーブルに貰った革袋11個を置く。


 〈エッ〉と言ったきり革袋を見つめるブルースを急かし、お財布ポーチに仕舞わせると母親をローブに包み、用意された馬車に寝かせてザンクト邸を後にする。


 「ブルース何処へ行くの?」


 「ご挨拶が遅れましたが、冒険者をしていますハルトと申します。奥様は暫くホテルにて体調を整えて貰います。それ以後の事はブルースと相談して下さい。生活のご心配をなさる必要が無い程度には、ザンクト家が出しましたから」


 〈あれを進んで出したとは思えないんだが〉とぼやくブルース、ぼやきの多い奴だ。


 グランツホテルの支配人に頼み、部屋を用意して貰って彼女を休ませると、食堂でエールを飲みながら今後を相談する。


 「行く当ては在るのか」


 「王都生まれの王都育ちだから当てなど無いが、母が丈夫になるのなら冒険者でもして食っていくさ・・・と言いたいところだが当分その必要も無くなった、感謝しか無い」


 「王都に居ては、ザンクト家の騎士達と顔を合わせても気まずいだろうし、何処でも良いのならコーエン侯爵領に行くか? 彼処なら俺の知り合いも居るし、ザンクト家も迂闊な事も出来ないだろう」


 頼むと言うので翌日ブルースを伴い、ホテルに用意して貰った馬車でコーエン侯爵邸を訪れた。

 通用門で身分証を見せると待合室に通され、直ぐに執事のヒャルラーンに連絡してくれた。

 ヒャルラーンに侯爵様にお会いしたいと伝えると、直ぐに執務室に呼ばれた。


 「ハルト殿、何か御用ですか」


 「いえ、用と言うかお断りしておこうと思いまして参上致しました。彼は昨日までザンクト公爵家に仕えていた、ブルースと申します。親族と縁を切った為に王都も住み辛いだろうと思い、ヘイエルの街を紹介しました」


 俺がそう言うと、ブルースの顔を見て考え込む。


 「ブルースとは、ブルース・ザンクトの事かな」


 「ザンクトの名は捨てました」


 「なら遠慮は要らない、ヘイエルで何をするつもりだ」


 「冒険者にでもなろうかと思っています」


 「ホランや他の知り合いの冒険者パーティーを紹介して、一から覚えて貰おうかと」


 「ブルース・ザンクトと言えば、ザンクト騎士団でも指折りの腕だ。出来ればヘイエルの私の屋敷で仕えて貰えないか、相応の給金も出そう」


 コーエン侯爵の提案に、ブルースは身体が弱っている母親が居るので、母の体力が回復し普通に生活出来る様になるまでは、傍に居て冒険者をしようと思っていると断る。

 それなら街の警備に携わり、その後はコーエン邸で侯爵家家族の護衛係になれば良いと言われ世話になる事になった。

 俺は感謝の印に、空間収納から外したショートソードの柄の一つを渡した。

 貰った侯爵様は、歪な形の木切れが何か気づいて慌てていたが、今後ともよしなにお願いします、と言ってお屋敷からお暇した。


 ハルト達が帰った後、コーエン侯爵はハルトから貰った精霊木を半分に割り、一つを家宝と定め残り半分を持って王城に行き国王陛下に献上した。


 「コーエンよく手に入れたな、その方には改めて礼をするぞ」


 コーエン公爵は人一人受け入れた謝礼として、貴重な精霊木を手に入れ王家に献上した事で、王家より返礼として金貨2,000枚を下賜された。

 ハルトから金貨8,000枚で買い上げたドラゴンを王家に献上して、返礼として金貨10,000枚を下賜されて間もないのにと苦笑いしか出なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る