第48話 魔力増幅

 ブルースの母親エレーナの体調が、馬車旅に耐えられるだろうと思われるまでに回復するのに二月かかってしまったが、コーエン侯爵様の手配してくれた馬車でヘイエルに向かった。

 その間ブルースは、母親の体力回復の為に朝夕の散歩に付き添い、昼は俺の剣の稽古相手の日々が続いた。

 その合間に俺は冒険者用以外の服、少し裕福な商人の師弟に見える服を何時もの商業ギルドで作って貰った。

 勿論魔法防御機能付きで金貨550枚する物だ、少しはお坊ちゃまに見えればなと思う。


 エレーナには王都ドブルクを旅立つ迄に、体力の回復に役立つかもと二度魔力を流してみた。

 魔力を流しても体力回復には役立たなかったが、魔力量が増えているのが感じられた。

 試しに生活魔法の使えるブルースの魔力を調べてみると、エレーナはブルースの半分程度まで魔力が増えていた。

 此れは、俺がゴブリンの心臓を喰らい魔力量を上げているのと同じ事が、魔力を送り込む魔力譲渡で起きていると思われた。


 * * * * * * *


 ヘイエルに到着して馴染みの月夜の亭に部屋を取ると、ブルース達も広い部屋を取りエレーナが街に馴染み、一人で出歩けられる様になる迄投宿する事にした様だ。


 久し振りにヘイエルの冒険者ギルドに出向いたが、ホラン達もヤハンやハインツの姿も見えない。

 見回しても彼等の消息を聞き出せそうな者が見当たらない。

 無理も無い、コーエン侯爵様の依頼で、王都の魔法比べの為に街を離れてから2年少々経っているからな。


 とにかく街から街への移動に時間が掛かり過ぎる。徒歩や馬車でちょっと其処まで行くのに、半日一日潰れるのは当たり前の世界は辛い。

 寿命が少々長くなっても、何の意味もないと思うがどうにもならない。

 冒険者でも少数での旅は危険極まりないので、江戸時代の旅が水杯を交わし死を覚悟の旅だったのが良く理解出来る。

 


 ブルースを連れて街を案内して、エレーナの衣服や日用品等の細々とした物を買いそろえていく。

 その合間に冒険者ギルドに顔を出したり、ブルースにも冒険者ギルドを案内したりして時間を潰す。


 エレーナの住居は市場に近い所で、ブルースが居なくても生活に困らない場所を借りる事にした様だ。

 二軒続きの三階建て、ちょっと広めの1LDK二段ベッド付きで日本風に言うと三間×六間ってところ。

 月々銀貨6枚、がらんどうの部屋は室内を仕切ると建築材料費が掛かるので、仕切りはカーテンとなる。


 エレーナが一人の時に生活魔法が使えないと不便なので、二人の同意を得て魔力を増やす実験をした。

 毎日朝一回、エレーナに魔力を送り込む事を続けると、一週間で生活魔法が使える魔力量になった。

 使い方はブルースが教えたが、此れなら俺が居ない時も安心だと喜んで貰えたが、口止めはきっちりしておいた。


 俺も部屋の造りなどは気に入ったのだが、壁や床の作りが華奢で日本育ちの俺はいまいち安心できない。

 金は腐るほど有るので、この際拠点の一つとして似た様な建物を建てる事にした。

 そうなれば商業ギルドのお世話になるのが一番手っ取り早い。

 小金持ちの師弟のスタイルでお商業ギルドに行き、受付で用件を告げると身分証の提示を求められた。


 冒険者カードを出すと、ゴールドランクに驚かれたが家を建てるとなると、高額の支払いになるのでと渋られた。

 まあそうなるわな、コーエン侯爵家発行の身分証を示して預けている残高を確認する様に伝える。

 冒険者カードで俺の年齢は判っているが、侯爵家発行の身分証を見て驚いている。

 20才の小僧が御領主様の身分証を持ち、しかも侯爵様の代理人相当の資格を持つとは思わないよな。


 残高確認が終わると揉み手でご希望の物件はと掌返し、流石は商業ギルドと感心しながら希望の物件を伝える。

 ブルースが借りた場所から200mほど離れた場所に、同程度の建物が有るが古い空き家で取り壊しが必要だと言われて確認に出向く。

 三間半×七間といったところか、建物の造りはブルースの所と同じだが石壁で一回り大きく天井も高い。

 木造部分を取り壊し壁を厚くすれば俺好みになりそうなので、買い取る事にした。


 希望を伝えて大工や土魔法使いを紹介して貰うが、全て商業ギルドの商談コーナーで事足りるのは便利だ。

 土地代が金貨500枚で、壁を倍の厚さにするには金貨150枚、天井や床板は分厚く音が響かない様にしたので此れも金貨150枚。

 各部屋の内装費は一部屋平均金貨20枚で、屋根裏を含めて8部屋の為金貨160枚と、結構なお値段になった。


 総額金貨960枚、俺は2階の一部屋を確保したら残りの部屋は売り払うか賃貸にするつもりなので、実質金貨120枚で一部屋を確保する事になる。

 それを商業ギルドで相談すると、お任せ下さいと満面の笑みで答えられた。

 俺は手数料として10%の金貨96枚を払って居るが、賃貸でも売りに出しても又手数料で稼ぐ気なのが丸わかり。


 俺が出来上がったら売り出すつもりだと言ったら、ブルースが売ってくれと喰いついて来たので即了承する。

 ブルースも2階が欲しいと言うので、俺の向かい部屋を売る事にした。


 建物が完成するまでの二月を、ゴブリンとハイゴブリンの心臓集めに街を離れる事にした。

 これで長らく出来なかった魔力増強にも、心置きなく励めそうだ。

 懐かしい場所に行き馴れた森を徘徊してゴブリンを探す。

 この2年余り心臓の在庫切れには悩まされたので、最低でも40~50個の心臓は欲しい。

 ゴブリンの心臓では全然熱暴走しなくなっているので、消費量が多くて困る。

 ハイゴブリンの心臓も欲しいので、少し森の奥まで行くが街の近くなので見当たらない。


 30数個のゴブリンの心臓を集めて、他の野獣や魔物も溜まっているので一度街に戻る事にした。

 周辺の村でゴブリンが増えているところを聞いた方が、効率がいいので遠征する事にした。


 買い取り査定の親爺は相変わらず無愛想だが、俺が解体場で出したいと言うと「場所は判っているな」と顎をしゃくる。

 解体責任者も俺の顔を見て「今回は何を持ってきた」と期待顔だが残念。


 バッファロー 3頭

 エルク 1頭

 ホーンボア 3頭

 ヘッジホッグ 27羽

 ホーンラビット 34羽


 並べ終わると少し残念そうだが、ご近所の森での収穫だからこんなもんでしょう。

 査定が終わるまで依頼掲示板を見て、ゴブリン討伐依頼が出ていないかを探す。


 「あれっ、ハルトじゃない帰って来たんだ」


 懐かしい声に振り向くとハインツが立っていて、背後に五人が控えている。

 見た事の無い顔も居るので新たにパーティーメンバーに加わった者だろう。


 「久し振りだな、元気そうで何より」


 「何を見てるんだい、アイアンの場所なんか見ても稼げないだろう」


 「ちょっとな、ゴブリンの討伐依頼が出ていないか見ていたんだ。それより久し振りに一杯やろうぜ。懐は温かいので奢るよ」


 「良いねー、懐が温かいって何処へ行ってたんだ」


 「王都やその周辺と、王都の向こう側かな」


 食堂に行くと遠くから「ハルト」と声が掛かったので振り向くと、ヤハンが立ち上がって呼んでいる。

 空きテーブルに座るとヤハン達がジョッキを片手にやって来る。

 王都の話をしながら飲み始めたところへ、査定用紙を持って買い取りの親爺がやって来た。


 「お前、何時の間にゴールドになったんだ」


 査定用紙を差し出しながら聞いてきたので、ゴールデンベアを王都の冒険者ギルドに持ち込んだら、ギルマスが勝手にゴールドにしたんだと答える。


 「ゴールデンベア一頭でか?」


 「いんや、二頭だな。それとグリムの街でも二頭持ち込んだから、ギルマス権限でゴールドにされた」


 「相変わらずとんでもない事をする奴だな」


 親爺が首を振りながら仕事に戻っていく。


 「ハルト、ゴールデンベアを四頭狩ったのか」


 「ゾルクの森って所でな」


 「ゴールデンベア四頭も狩っていたら、懐は温かいよなぁ」


 「流石はハルトだね。俺なんてゴールデンベアなど見た事も無いよ」

 〈まあ、ハルトの氷結魔法なら一撃だろうな〉

 〈アーマーバッファローも一撃で倒すんだから、ゴールデンベア四頭倒すのも当然か〉

 〈俺も強力な魔法が使えたらなぁ〉


 〈へっ、ゴールデンベアってよ〉

 〈聞いたか、アーマーバッファローを一撃って、話を盛りすぎだって〉

 〈ホーンラビットを一撃の間違いだろう〉


 稼ぎから帰って来たのだろう、後ろを通りながら聞こえよがしに声高に話しながら通り過ぎる。


 〈知らないって恐いよなー〉

 〈それで俺達は稼がせて貰ったからな〉

 〈ハルトは一人だから、時々あんな奴等と出会すよな〉

 〈そして返り討ちにされる〉

 〈今でもゴブリンキラーと〔風〕の決闘話は有名なんだがなぁ〉

 〈でも、顔を知らない奴も増えたからな〉


 聞こえよがしに後ろを通った奴等が、エールのジョッキを片手に隣のテーブルに陣取る。

 ヤハンとヘインツが期待の籠もった目で俺を見る。


 「そんなに期待しても駄目だぜ、面倒事が嫌いなのは知ってるだろう」


 〈おう、小熊ちゃんをゴールデンベアってくっちゃべってる、阿呆が居るぞ〉

 〈草叢の蛇をドラゴンなーんちゃってな〉

 〈日だまりにいる猫が、ブラックタイガーか?〉

 〈なら、わんこはウルフって事になるな〉


 ギャハギャハ後ろで煩いが、ヤハンもヘインツ達も素知らぬ顔でエールを飲んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る