第46話 精霊降臨
「止めろ! 何をしている!」
騎士達の動きが止まったので、飛び込んだ男の腕から剣をもぎ取り、
声の主と向き合う。
騎士達と同じ服装だが敵意は無い、というか面白そうな顔で俺と負傷している者達を見ている。
「お仲間の様だが、助けないのか」
「そんな命令は受けていないからな。ハルト殿とお見受けするが、間違いないかな」
「確かにその名だが、エスター・ザンクト公爵なる人物の呼び出しなら断る」
「何故?」
「この状況を見て、何故って問うのか。俺はお前達のご主人様に、いきなり呼び出される謂れは無い。貴族だと言えば、何でも通ると思っているその傲慢さが嫌いなのさ。此奴等もその貴族の名を振りかざして横柄極まりない」
「では、改めてお願いしたいのだが」
「それも断る。此奴等が力ずくで事を為すと宣言したので、それに応じてやったのだ。詫びの一つも言わず、己の都合を通そうとするなよ」
取り上げた剣を遠くに投げ捨てて背を向ける。
公爵様が何の用かは知らないが、面倒事の匂いしかしない。
レインコート・・・ローブを注文して出来上がりまで未だ日が有るのに、どうしてくれよう。
警備隊の者が駆けつけて来たが、公爵家の紋章を胸に付けた騎士相手に及び腰だが、俺には声を掛けて来た。
「待て! お前、何をしていた」
「何をって、彼奴から揶揄われただけだが。其処に立っている奴に聞いてくれ」
騎士達を制止した上官らしい男を指差す。
問いかけて来た警備隊の者は、相手の素性を知り歯切れが悪い。
警備隊の者なら、天下御免の身分証が通じるかも知れないので試してみる事にした。
彼等から見えない様にして警備隊の男に見せると、マジマジと見てゴクリと唾を飲み込んだ。
「敬礼も態度を変える必要も無い。他に見られない様にして確認しろ」
そう言って王国の紋章入り身分証を渡す。
ギクシャクした動きで受け取り、裏返して真剣に見ていたが誰にも見えない様にして返してきた。
「君の上司にだけ報告しておけ。奴等が何か言ってきたら、俺はグランツホテルに泊まっていると答えておけば良い。後の事は此方で処理するから」
そう伝えると真剣な顔で頷き、同僚達の元に引き換えして行った。
* * * * * * *
ホテルの食堂で一人夕食後のお茶を楽しんでいると、座って良いか聞かれた。
空きテーブルが数あるのにと、声を掛けて来た人物に目を向ければ昼間の男だ。
敵意も無くラフな私服が板に付いているが、腰のロングソードが雰囲気ぶち壊しだ。
「未だ何か用か」
「まあ、用と言えば用だが昼の事とは別だ。ちょっと興味が湧いてな」
完全に敵意を隠し、堂々と近づいて来る男に興味を引かれた。
頷くと、ウエイトレスに何やら頼んだ後俺の前に座った。
「ブルース・ザンクトだ、名の通りザンクト公爵の血縁だが妾腹でね。しがない騎士団の中隊長をしている」
「用件は?」
「公爵様が君を呼びつけたのは、精霊木と治癒魔法の事でだよ。俺は魔法比べの事と市場で女性を助けた治癒魔法に興味を持ってだ。調べれば冒険者ギルドでも名を馳せている」
「流石は公爵家、中々の情報通だな。何処からその情報を仕入れたんだ」
「何処から漏れたのか知っているか?」
「ブルーゼン宰相の侍従から、ザルツ・シュタイア伯爵に漏れたのは知っているが、何故ザンクト公爵の耳に」
「小遣い稼ぎさ、情報をあっちこっちに売っていた様だな」
「成る程、シュタイア伯爵とザンクト公爵以外にも漏れている可能性大って訳か。それなら俺に手出しをした者の末路の事も知っているよな」
「噂なら聞いている。五人死んだんだってな」
ウエイトレスが持って来た飲み物の香りを確かめて、口に運ぶブルース。
「試してみるか?」
「それが嫌で此処に来ているのに、試す馬鹿は居ない。母が居るので騎士団務めをしているが、馬鹿な命令で死ぬ気は無い。あんたと闘いになったら、俺は逃げるので宜しくと言いに来たのさ。それと、ザンクト公爵は、狙った獲物はどんな手を使っても手に入れようとするから気をつけな」
それだけ言うと、ブルースはカップの残りを一息に飲み干して帰って行った。
精霊木はブルーゼン宰相の従者から、治癒魔法は警備隊の者と市場に居た者達から拡散していると判ったが、今更隠せない。
精霊木をオークションに掛けて売りさばいても良いが、出した物が全てだと思うほど脳天気な奴はいないだろう。
持っていないと信じたら、収集した場所を聞き出す事に必死になるだろう。
綺麗な木だから何かに使えると思い、マジックポーチに放り込んだだけなんだけどな。
呼びもしないのに、厄介事は向こうからやってくるって本当だ。
* * * * * * *
朝食中ホテルにどやどやと入ってきた集団は、前日の奴と同じ出で立ちだが数が増えている。
受付カウンターに行き〈ハルトと申す冒険者は居るか〉と聞いている。
その声を聞いた瞬間食欲が無くなった。
集団の後方に居た男が、俺を見つけて近づいて来る。
「ハルトだな、エスター・ザンクト公爵閣下がお前をお呼びだ。来て貰おうか」
「来て貰おうかって、俺が今食事中なのが見えないのか、いきなり取り囲んで上から汚い唾を飛ばすなよ」
スプーンを乱暴にスープ皿に入れて嫌味を言ってみる。
「多少体術が使えるからと、未熟者の集団を手玉に取って逆上せているようだな」
「ザンクト公爵の配下って礼儀知らずの集団なのか。それとも、多少なりとも礼儀と分別は有るのかな」
「小僧、従う気が無いのなら相応の扱いをするが・・・」
馬鹿と問答をしても仕方がない。王国の身分証、所謂通行証を水戸黄門の印籠の如く、馬鹿の面前に突き付けてやった。
「多少でも知識が有れば、此れが何を意味するか判るよな」
「・・・まさか」
「知らなきゃ説明してやるよ。王国の紋章は官吏を意味する、下の太線三本は公爵待遇で星五つはブルーゼン宰相と同じ地位を示す。つまりお前のご主人様と同じ階位って事になるな」
「まさかそんな事が・・・信じられん」
「ほらよ、じっくり確かめてみろ」
そう言って、震える男に身分証を渡してやる。
呟くように言ったので、食事中の者達には聞こえていない事を祈る。
取り囲んでいる男達も、どう反応すれば良いのか判らず棒立ちのままだ。
マジマジと見つめる男から身分証を取り上げると、お前のご主人様のところに案内しろと命令する。
おー、流石は威力抜群の印籠だ、素直に頷き他の男達も遠巻きにして俺に従う。
彼等の護衛を受けて、貴族街を奥へ奥へと向かい、コーエン侯爵邸の奥にザンクト公爵邸が有った。
公爵邸には通用門からね、確かに身分証を見せられたからといっても、呼びつけた男で身分詐称の疑いもある。
出入り商人達の控え室で待てと言われて、俺の身分証を持たせてザンクト公爵に報告に行かせる。
お茶も出さずに長々と待たせた挙げ句、迎えに来たのは他の男達で殺気が見え隠れする。
8人の男達に囲まれて歩き、到着したところはサロンの様であった。
ソファーにふんぞり返る男、狐人族の様だがイメージと違いがっしりとしているが相当な老人だ。
他に貴族の身なりの男達が背後に控えているし、壁際や男の左右に三人ずつの護衛が控える物々しさ。
ふんぞり返る男の前のテーブルに、俺の身分証が置かれている。
「お前がハルトか、此れは何処で手に入れた?」
「知りたければ、ブルーゼンに聞くんだな」
〈無礼な口を利くな!〉
〈此処に御座すお方を、どなたと心得る!〉
〈父上、この様な冒険者に頼んでも無駄かと〉
〈噂を信じてこの様な者に頼らぬとも、他国から治癒魔法師を呼びましょう〉
あーあ、上から目線で信用する気は皆無だな、それに時代劇調の物言いに阿呆らしくなるが、取り巻きの言葉から治癒魔法要求か。
「それが簡単に偽造できるとでも。其れより俺を呼びつけた用件を言ったらどうだ」
「呼んだのは他でもない、近年体調が思わしくなく足も不自由になってきたので治せる者を探していた。お前は街で大怪我を負った女をみるみる治したと噂になっている。その腕前を披露して貰おう」
「なーんだそんな事か、と言いたいが、腕を披露するつもりは無いから帰らせて貰おうか」
〈貴様あーぁぁ、公爵様の頼みを断るつもりか!〉
〈父上、だから下賎な輩に命じるのは止した方がと〉
「そそ、下賎な俺は帰らせて貰うわ。身分証は返しももらおうか」
公爵にそう告げると、ふっと笑う。
「精霊の加護を受けし者と聞いて、治癒魔法もと思ったがとんだ騙り者だったようだな」
「精霊・・・か」
なら、精霊様にご降臨願おうか。
奴の頭上に魔力を送り、直径3m程の空間を急速冷凍する。
貴族のお屋敷って天井が高いので遣り易いわ。
〈エッ〉
〈何だ、これは?〉
驚愕の声が漏れるなか、すかさず公爵の胃を凍る寸前まで冷やしてやると、顔色を変え腹を押さえて呻きだすと前のめりに倒れ込んだ。
〈父上!〉
〈薬師を呼べ!〉
〈貴様何をした!〉
「何をしたもなにも、俺の守護精霊様を侮辱するからお怒りに触れたんだろう」
そう言いながら疎らに天井付近の空間を冷却して、そこ此処にダイヤモンドダストを出現させる。
〈まさか、本当なのか・・・〉
〈精霊などとまやかしに過ぎん! その男を斬り捨てよ!〉
〈この詐欺師風情がー〉
詐欺師と喚く男の胸の中を、拳ほどの大きさに冷やしてやる。
〈なっ、ウッ・・・たっ助け・・・〉
胸を押さえて、助けを求めて倒れ込む男から青い顔をして周囲の者が離れる。
序でに『無礼な口を利くな!』『此処に御座すお方を、どなたと心得る!』と喚いた奴二人の脳と胃袋も冷やしてやる。
騒然とする室内に冷却した空気とダイヤモンドダストが降りてきて、冷気に触れた者が顔色を変えて震えている。
『精霊などとまやかしに過ぎん! その男を斬り捨てよ!』と喚いた男は、足を固定してから全身を凍らせた後に霜で真っ白な像にしてやる。
仕上げに、像の上から降り注ぐダイヤモンドダストの乱舞だ。
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