第44話 岩山

 オークション会場では、メインイベントであるドラゴンの紹介が始まる寸前にブルーゼン宰相が現れると、悠然と席に座り余裕の笑みで他国の参加者に会釈をする。

 オークショニアに依って、ドラゴンの紹介が始まった。


 「当ドラゴンはドブルク王国ゾルクの森にて先月討伐されました。討伐パーティー名は当人達の希望により伏せさせて頂きます。ドラゴンの大きさは全長約14.3mで、頭部を一撃した傷のみで綺麗な物です。尚魔石と心臓及び内臓の全ては約定により王家に引き取られています。開始価格は金貨5,000枚からとさせて頂きます」


 紹介が終わると参加者席が騒つくが、誰も立とうとはしない。

 しかし騒めきは収まらず、参加者の一人が大声で質問する。


 「ドラゴンは二頭の筈だが、何故一頭しか紹介しないのだ?」

 〈そうだ、どうしてだ〉

 〈理由を説明しろ!〉


 その声と益々大きくなる騒めきに、オークショニアが一段と声を張り上げる。


 「当オークションには、ドラゴンは一頭しか出品されておりません!」


 きっぱりと言い切った言葉に、会場が静まりかえる。


 「当オークションでは、二頭出品と一度たりとも申した事は御座いません。ご不満で有れば、オークションの邪魔をせず静かにご退場願います」


 静まりかえった会場を見回し初値を告げる。


 「金貨5,000枚から始めさせて頂きます」


 その声に、ブルーゼン宰相がすかさず〈6,000枚〉と声を掛ける。

 次の瞬間〈7000枚〉〈7,500〉〈7,700〉〈8,000〉と連続して声が掛かる。

 10,000枚を超えてからは100枚200枚の上乗せ合戦となり、最終的に隣国へラード王国の大使が金貨13,360枚で落札した。

 落札した瞬間〈ウオォォォ〉と異様な響めきが会場を覆い、後世に残るオークションとなった。


 ブルーゼン宰相はほっとしていた、小さい方であの価格では、大きい方も出品していたら確実に金貨20,000枚を越えていただろう。

 胸を撫で下ろすブルーゼン宰相とは別に、残念がっていたのは王都冒険者ギルドのマスターだった。

 小さい方で金貨13,360枚、二割の手数料金貨2,672枚がギルドの取り分だから、俺にどれ位のボーナスが入るかと胸算用に忙しいが、二頭出品なら倍以上の稼ぎになり、俺の懐もと何やら複雑な心境になっていた。


 八割の金貨10,688枚は一時的にコーエン侯爵に預けられるが、誰に渡されるのか興味は有るが聞かぬが身の為だと諦める。

 ただ、大きい方はコーエン侯爵が引き取った後、王家に渡ると聞いている。

 王家は、ドラゴン討伐者の素性を秘密にしたいらしい。

 残念だが王国、特にコーエン侯爵とは此れからも懇意にしていきたいとギルマスは考えていた。


 * * * * * * *


 商業ギルドでは以前、冒険者ながら高価な服を注文したハルトが口座を開きたいと言ってきた時に、身分証の提示に冒険者カードを出すと思っていた。 

 確かに冒険者カードを出したが、同時にコーエン侯爵家発行の身分証も提示して、どちらでも使える様にして欲しいと言われて面食らった。

 身元自体に不備はないので受理されたが、日を置かずして金貨8,000枚がコーエン侯爵家から振り込まれて仰天した。

 手続きをしたのはコーエン侯爵家の執事ヒャルラーンなので、不正な金でないのは間違いないが彼はいったい・・・と、思ったが詮索は厳に慎まなければならない。


 * * * * * * *


 ゾルクの森の入り口から地の底の縁まで、五つの拠点を築き谷底に降りる通路を作る迄に一月少々掛かった。

 以前エイフ達が使った下への通路を階段に作り変える作業が始まった所で、コルツに金鉱脈の場所に案内してもらう事にした。

 谷底の森を行くのはコルツと俺にエイフ達三人、この一月でコルツの体力もそこそこ回復したが、冒険者としての勘が戻っていないと不味いので付き添いを頼んだ。


 通路の制作担当の土魔法使いに、地上より20m部分までは階段で降り、そこからは10mの縄梯子を2回使って降りる仕様に作れと命令する。

 谷底の森に住まう野獣や魔物が、万が一にも上に上がる事の無い様にと説明する。

 階段通路もトンネル状にして、二人並んで通るのが精一杯の幅と高さにした。


 コルツは、下に降りると懐かしそうに見回してから歩き始めたが、ドラゴンの生息域に行く何時もの通路とは全然違う道を辿り始めた。

 エイフ達が黙って後に続くので、此れはコルツの開拓した専用路だと判った。

 確かに皆の通る獣道は使いよいが、其れでは自分の狩り場を持てない。

 ボストーク伯爵がコルツを責めて金塊の場所を白状させても、エイフ達の案内では辿り着けない筈だ。


 案内するコルツも時々立ち止まり周囲の木や岩を見て道を定めている。

 コルツに取っては四ヶ月以上も来ていないので、植物が道をなくしているので判りづらい様だ。

 陽が暮れる前にコルツが何時も使うと言う木の上に、キャンプ用のハンモックを吊るして眠りに就いた。

 夜明けと共に起こされて、食事をしながら日の出を待つ。


 「彼処だ」


 コルツが一言呟くと朝日の当たる一角を指差す。

 三階建てくらいの高さの岩が陽の光に輝いているが、言われて初めて気づいた。

 何カ所か鏡でも取り付けた様に輝いているが、其れも直ぐに光らなくなり、岩自体にあたっていた陽の光も消えた。

 なーる、一日で朝陽の当たる極僅かな時間、この木の上のキャンプ場所からしか見えない反射光にコルツが惹かれて見に行ったのだろう。


 出発準備を終わらせて目的の場所に向かうと、いきなり目の前が開けたが、ドラゴンとこんにちはをする羽目になった。

 コルツが止まれの合図と共に静かに下がる、横から見てみると寝ていやがる。

 ブルムとカロカが期待の籠もった目で俺を見ているし、エイフが笑いを堪えている。

 そんな彼等と俺を交互に見て、不思議そうなコルツ。


 お休みのところ申し訳ないが、叩き起こして移動をお願いしよう。

 皆を下がらせて距離をとり、80cm程のアイスバレットを新幹線並みの速度で打ち出す。

 いきなり頭に氷塊を喰らったドラゴンは、脳震盪でも起こしたのかふらふらと立ち上がる。

 立ち上がったがぼんやりしているので、尻や尻尾の付け根を狙って次々と氷塊を射ち込むと目が覚めたのかよろよろと逃げ出した。


 コルツが隣でドラゴンを指差しわなわなと震えていて、その背後でエイフ達が爆笑寸前の顔で腹を抱えて堪えている。

 こんな谷底の森で、爆笑したら面倒事しか起きない。

 そうなったら尻に氷塊を射ち込んでやるぞと、氷の塊を手に持ち笑って見せると真面目な顔に戻る。


 岩の近くに行って驚いた、でかいのなんの見た目の6~7倍はあるじゃないか。

 木の上から見えていたのは岩山の一番小さく見える部分の様だ、下部で17~18mの台形状で、高さは目測14~15mくらいだ。

 横幅は110~120mは有ると思われるが、石英質の巨大な岩に圧倒される。


 コルツの案内で岩を登るが、流石は谷底の森を一人で徘徊するだけあり、僅かな突起や割れ目に指を掛けてすいすいと登る。

 俺はコルツの投げてくれたロープを使って楽々登攀、エイフ達も後に続く。 頂上に出て驚いた、まるで谷底の森の安全地帯じゃ無いか。

 此処にはドラゴンや他の獣も登って来ないと言われて納得。

 コモドオオトカゲじゃこの岩山は登れないだろう。


 コルツがニヤニヤ笑いながら皆を案内する先は、岩山の頂上が中央部に向かって僅かに下がり窪地になっている。

 上空の光を浴びて、其処此処で鈍い光を放つ物が見える。


 「おい! 此れって・・・」


 「此処が金塊を見つけた場所だよ」


 「探せ!」

 「取り放題だ♪」


 「あー、言っとくが、一欠片も持ち出せないぞ。此処は王家の直轄地になっているからな。コルツの二の舞は嫌だろう」


 「そんなー」

 「お宝を目の前にしてそれは無いよー」


 「まぁ、金貨の10枚や20枚は、褒美として貰えるように言っておいてやるよ」


 「そして、俺のお宝だ!」


 そう言ってコルツは、割れ目に嵌まった岩をどけると、其処には大小様々な金塊が埋まっていた。

 ドングリサイズから金柑や栗サイズ、それぞれ歪な形ながら鈍い金色を放っている。

 その中からコルツが得意げに持ち上げたのは拳大の金塊、こぶしと言うより歪なジャガイモって感じだ。


 「なあコルツ、伯爵に見つかった金塊ってどの程度の大きさだったんだ」


 俺に聞かれて持ち上げたのは、鶏卵のSサイズより少し小さいサイズだった。

 

 「馬鹿だなぁ、こんなでかいのを見せられたら誰でも自分の物にしようと考えるぞ」


 「あーそれな、個人でやっている貴金属を扱う店に売りに行ったんだ。金貨と同じ重さで買ってくれたので喜んでいたら、俺の事を伯爵に売りやがって、糞親爺! で、秘密を守る為に殺されてやんの」


 そう話している間に、岩の割れ目や僅かに生えている草木の根元を探して、金の小粒を掌に乗るほど集めていた。

 ブルムに呼ばれて行くと、指差す先の割れ目に沿って金が細く露出している。 その傍には少し大きめの割れ目が出来ているが、長い年月を掛けて削られたのかつややかな肌をした岩穴になっている。


 悠久の時を掛けて雨水が此の穴に流れ落ちる途中で露出した金が集められたのだろう。

 そう思って気づいた、自然界の砂金は滝壺や川の段差の窪みに溜まるってネット情報を。

 この穴の下、何処かに大量の金が溜まっている場所が・・・俺には関係ないから黙っていよう。

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