第43話 先物買い
「コ、コーエン、もう良い片付けよ」
「では陛下、冒険者ギルドに解体を依頼して。魔石と内臓を受け取る準備をお願い致します」
「わっ、判った。ブルーゼン良きに計らえ」
「陛下、背後の方々に対しても、彼との約束を違える事の無き様宜しくお願いします」
「判っておる、大義で合った。その方達にも褒美を取らすぞ」
フラン達が、にっこり笑って頭を下げたのは言うまでもない。
ドラゴンをマジックポーチに戻し、傍らに控える従者に手渡すとコーエン侯爵と共に国王陛下の前から下がった。
* * * * * * *
「もっと、じっくりと検分すれば良いのになぁ」
「いやー、王様や貴族共がビビって、腰が引けているのは面白かったぜ」
「一生一度の見世物だったな」
「しかし、他人には話せないよな」
「当たり前よ、ペラペラ喋っていたら首が飛ぶわ!」
コーエン侯爵邸に戻る馬車の中で、フラン達は爆笑の嵐だった。
* * * * * * *
コーエン侯爵が冒険者達を連れて国王陛下の前から下がると、目の前からドラゴンの姿が消えて息を吹き返した貴族達が騒ぎ出した。
「陛下、陛下、此れは王家と陛下の力を広く知らしめる良い機会で御座います。臣下と領民どもに大々的に披露すべきです」
「そうです陛下、他国の外交団の大使達を招き我が王国の武威を高めましょう」
「それならドラゴンを討伐した者を横に立たせて、我が国のドラゴンスレイヤーとして貴族に任じましょう」
「王国の盾として知らしめれば、我が国は安泰です」
「冒険者を貴族に取り立てれば、感激して陛下に尽くすのは間違いありません」
好き勝手を並べ始めた貴族達に、ドブルク国王も呆気にとられた。
この者達は何を言っているのか。
コーエンが、ドラゴン二頭を受け取とったと知らせてきてからと言うもの、コーエンの雇った冒険者如きがドラゴン討伐などあり得ない。
小さな蜥蜴をドラゴンと称して、陛下を謀る気ですとか散々罵り侮蔑していた筈だ。
それが見事な掌返しどころか、コーエン侯爵など居なかったものと無視して、討伐者である彼の意向を知らぬとは言えこの物言い。
「その方達、中々の忠臣ぶり見事だのう。コーエンがドラゴンを受け取り知らせてきた時に発した、自らの言葉を覚えておるか? 侯爵たるコーエンを蔑ろにする言葉の数々を、予はよく覚えているぞ。コーエンより下位のお前達がそれ程の暴言を吐くのなら・・・」
ドブルク国王の冷たい声に、取り入るチャンスと忠臣気取りて騒ぎ立てていた者達が黙り込む。
国王の飲み込んだ言葉の意味を、正確に理解したのはブルーゼン宰相だけだったろう。
「貴殿達は、ドラゴンを討伐した者を、陛下もコーエン侯爵も彼としか言わない意味を理解出来ない様ですな。陛下がドラゴン討伐の為に出した触れに、真摯に対応したのはコーエン侯爵以下少数です。ましてや今回のドラゴン討伐
の為に、数々の手配をしたのもコーエン侯爵殿です」
ブルーゼン宰相の言葉が、俯く貴族達の耳に届いたかどうか。
* * * * * * *
ドサリとソファーに座り込んだ国王が溜め息を吐くが、ブルーゼン宰相にあの場に居た者達をよく調べておけと命じる。
「だが、あの者達の言葉も無視できないな。ドラゴンを冒険者ギルドに持ち込むにも、何か工夫をして領民に知らしめる事が出来ればな」
「はい言葉だけでは彼等の様に、小さな蜥蜴等と馬鹿げた事を申す者も出てきましょう。しかし、あれ程巨大な物とは、目の前に置かれた時には肝が潰れました」
「予も血の気が引いたわ、臣下の前で無様は見せられん。もう一度じっくり見定めておくか」
そう言ってマジックポーチを預かる従者を呼び戻すと、ブルーゼン宰相と共にドラゴンを隅々まで検分すると共に、どうやって臣下や領民達に知らしめるか話し合った。
* * * * * * *
三日後、大々的にドラゴンが討伐された事が発表された。
又ドラゴンを運ぶ為に10日後、王城から冒険者ギルドに至る道を通行止めにすると触れが出された。
その間に王都に駐在する外国の駐在大使や貴族達に、ドラゴンを披露する手続きが為された。
ドラゴン搬出の前夜、大広間に近い広場に用意された台上にドラゴンが置かれて、各国の駐在大使や王都近隣の貴族と王都滞在中の貴族に披露目の晩餐会が開かれた。
但し、ドラゴン討伐の立役者の姿は無く、興味津々の大使達の質問攻めとなったが、答えられないブルーゼン宰相が悲鳴を上げる一幕があった。
此れは討伐者"達”とぼかしながら、約定により明かせないと繰り返すだけだった。
晩餐会にはドラゴンが持ち込まれた時に、国王の背後で好き勝手を言っていた者達も居たが、その時の事を忘れたかの様に振る舞い静かにしていた。
一夜明け、城門前から冒険者ギルドに至る道は万の人で溢れかえっていた。合図の火魔法が〈パンパン〉と空に弾け、城門がゆっくりと開けられる。
太い木を格子に組んだ上に置かれたドラゴンの巨体に、歓声が上がる。
横5m縦14mの台座は車輪が使えない為にコロを使い、犯罪奴隷に台座を運ばせている。
ゆっくりと進むドラゴンを、沿道から眺める人の歓声が先々で湧き上がる。
城門内から城門外、沿道の各所や二階三階はては屋根の上からこの光景をスケッチする宮廷画家や見物する街の物好き達。
王家はこの一大イベントを後世に残すべく、あらゆる手段を講じている。
〈凄えなぁ、台座が横5mの縦14mって聞いたが、尻尾を斬り落とさないと乗らないのかよ〉
〈後ろの奴がギリギリで尻尾の先がはみ出しているって騒いでるぞ〉
〈ドブルク王国にもドラゴンスレイヤーの誕生かぁー〉
〈それそれ、ドラゴンスレイヤー達を叙勲しようってなったらしいが、貴族達の争奪戦に巻き込まれるのが嫌で秘密らしいぞ〉
〈そりゃー、此れほどのドラゴンを二頭も討伐したら、嫁や妾の希望者が殺到して身が持たないな〉
〈かー、俺も鱗の一つでも傷付ける力が有ればよー〉
〈まっ、鼻息で吹き飛ばされて終わりだな〉
冒険者ギルドの前に到着したドラゴンに巨大な布が掛けられて、見物人の目から隠すと、マジックポーチに収められて解体場に運ばれる。
ホラン達は数日前に、陛下の約束した褒美の金貨をコーエン侯爵経由で貰い、ほくほく顔でヘイエルの街へ旅立っていった。
何せ一人頭金貨20枚を貰い、ドラゴン討伐者探しが始まるのでヘイエルで大人しくしていろと、侯爵様からも一人金貨5枚を頂いた。
侯爵家の馬車でヘイエルに向かいながら、我が身の安全の為にもドラゴン討伐話の秘密を誓い合った。
解体されたドラゴンの魔石と心臓や内臓の全てを王家が受け取ると、後は王都冒険者ギルドに委ねられてオークションの準備が始まった。
此処でドブルク国王もブルーゼン宰相も激しく後悔する事になった、内臓を抜き取ったとは言え物はドラゴンで有る。
そこそこの値で買い上げて、剥製にして王家の武威を示すつもりだった。
だが、各国の王家や貴族豪商達が乗り出してきて、争奪戦の様相になっている。
ドラゴンが討伐されたとの噂が流れた瞬間、各国の大使公邸から一斉に早馬が母国に向かって飛び出して行ったのだ。
その事はブルーゼン宰相も報告を受け知っていたが、まさか彼等の母国から売買されるなら金に糸目を付けずに買い取れと、厳命されているとは気づかなかった。
ドラゴンの魔石と内臓が討伐者との約定により、全てドブルク王家に引き取られている。
各国の大使が、ドラゴンの心臓やその他の内臓の譲渡を持ちかけてきて、ブルーゼン宰相は交渉に大わらわであった。
魔石と内臓以外の残りがオークションに掛けられると公表されると、一気に大使達のドラゴン熱が増した。
事此処に至ってドブルク国王は慌てた、自国で討伐されたドラゴンが他国に奪われれば王家の面目丸潰れである。
それに討伐を金貨500枚で依頼して、魔石と内臓のみを引き取る条件も、ドラゴン討伐にしてはしみったれと笑われそうである。
今更ハルトに買い取りの打診も出来ず、ブルーゼン宰相に国の面子を掛けて買い取れと指示した。
オークション当日、金貨20,000枚を用意して悲壮な覚悟で王城を出ようとしたブルーゼン宰相は、コーエン公爵に呼び止められた。
曰く、オークションに参加する必要は無いと、その件に関して国王陛下に伝えたい事が有ると言われて、半信半疑で国王陛下の下へ案内する。
「どうした、ブルーゼンにコーエンか何事か」
「陛下、ドラゴンのオークションに参加する必要は御座いません」
「その方はドラゴンが他国に奪われても良いと申すか! そんな事になれば我が王家の面目丸潰れになるのが判らんのか!!!」
「陛下、ドラゴンは一頭しかオークションに出品されません」
「・・・なにぃ?」
「はあーぁぁぁ」
「大きい方のドラゴンは押さえていますので、オークションは眺めていれば宜しいかと」
コーエン侯爵からそう聞かされ、ドブルク国王もブルーゼン宰相もあんぐり口を開けて固まってしまった。
「陛下のドラゴン討伐条件を伺い、彼との交渉は陛下の思し召しに従い交渉致しました。しかし、遠国ではドラゴンが幾つか討伐されて、ドラゴンスレイヤーも何名か誕生致しております。されど近隣諸国でドラゴンが討伐された話は聞いた事が有りません。陛下のお言葉に従えば、必ずオークションで争奪戦になると考えて、討伐交渉成立後に私の独断で別途買い取り交渉を致しました。結果大きい方を金貨8,000枚で貰い受ける事を約束して、代金も支払っております」
ブルーゼン宰相がヘナヘナと座り込み、ドブルク国王はコーエン侯爵の顔を見ながらほっとしていた。
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