第40話 和解

 ブルーゼン宰相は執務中に、意外な所からハルトの居場所を知る事になった。

 配下の者が、王都警備隊からの報告書を確認していて、市場で無頼者を打ちのめした冒険者の名前がハルトだと気づいた。

 ハルトと言う名前は珍しく無いが、報告書の中に氷結魔法を使っている事が書かれていて注目した。


 彼は精霊木騒動の事は知らないが、ハルトなる冒険者から貴重な薬草を買い上げた事は記録したので覚えていたし、行方を捜していて手配しているのも知っていた。

 王都警備隊からの日報による報告書を持って、お探しのハルトなる者かと思われますと上司に報告した。

 報告を受けた上司は、直ぐに報告書を持ってブルーゼン宰相に提出する。


 ブルーゼン宰相は報告書を受け取り読んでいて疑問が湧き、部下に命じて報告書の制作者を呼び寄せた。

 宰相閣下からの呼び出されたドルビンは、緊張でガチガチになりながらブルーゼンの前に立つ。


 「呼び出したのは他でもない、報告書の中に治癒魔法と有るが誰が治癒魔法を使ったんだ」


 「ハッ、それはお訪ねのハルトなる人物がです」


 ブルーゼン宰相は考え込んでしまった、ハルトの事を調べた報告書には、氷結魔法と空間収納の記載は有ったと覚えているが治癒魔法の記載は無かった筈だ。


 「彼が治癒魔法を使ったと有るが、其れを見たのかね」


 「はい、我々警備隊が現場に到着した時に、被害者の女性は怪我をしてぐったりしていましたが、彼が被害女性の手を握り祈る様な姿勢でいるとみるみる怪我が治っていきました。その後子供の怪我も治しました」


 此れは大変な事になる、通常の治癒魔法はみるみる怪我が治る様なものではない。

 少しずつ治していくのが普通で、怪我を一気に治せる様な者は此の国にも数えるほどしか居ない筈だ。


 魔力10なのに一流の氷結魔法の使い手であり、空間収納も多少使えるのは判っている。

 そこへ確認の必要は在るが、治癒魔法の上級者となれば王国にとって貴重な存在である。

 ドルビンに此の事は口外禁止を命じたが、帰って来た返事は市場での出来事だったので、多数の野次馬と警備隊の者が見ている。

 とても口止めは不可能との事だった。


 ブルーデン宰相は頭が痛かった、先日の事もあり彼にどうやってドラゴン討伐を依頼するか頭を悩ませているところにこれだ。

 先日の失態でコーエン侯爵からも、ハルトにドラゴン討伐依頼は無理だろうと言われている。

 国王陛下に報告をすると共に、彼と一番付き合いの在るコーエン侯爵の知恵も借りて善後策を検討したいと進言した。


 コーエン侯爵は国王陛下に呼ばれ、ブルーデン宰相と共に御前に参上する。


 「コーエン、彼にドラゴン討伐依頼をする事に関し、忌憚なき意見を聞きたい」


 「恐れながら、陛下は彼に対しどの程度の譲歩が出来ますか」


 コーエン侯爵にそう言われ、ドブルク国王は考え込んでしまった。

 譲歩・・・一国の王で在る俺が冒険者に譲歩とは、コーエンは何を言っているのだ。


 「譲歩とはどう言う意味だ」


 「以前彼に、ドラゴン討伐を王国からの正式な依頼として伝えました。その時彼は、陛下も宰相も彼を冒険者と侮り謝罪すらしないと言われました。魔法比べの時の騒動で、臣下で在るバルザク侯爵達の暴言を止めもせず陛下は傍観していました。先日の薬草売買の時も、対等の取引相手としては遇していません。暴言を持って報い、謝罪すらしない。そんな相手の依頼を受ける気は無いと断られました。彼を冒険者と侮らず対等の存在として礼を尽くせますか」


 「コーエン、一介の流民に対して頭を下げろと申すか!」


 「そこまでは申しませんが、ブルーデン宰相を通し王国として正式に謝罪すべきです。その上で宰相を陛下の名代として、彼と交渉することをお勧めします。申し上げておきますが、彼は他の冒険者達と共にドラゴン見物に谷底の森に行ってます。襲って来るドラゴンを追い払う彼に、他の冒険者が討伐を勧めたら面倒だから要らないと言って、薬草採取に勤しんでいたそうです。そんな相手に依頼するには、相応の譲歩と褒賞が必要です」


 考え込んでいたドブルク国王は溜め息を吐くと、ブルーゼン宰相に全権を預けるので、コーエン侯爵と相談して交渉せよと命じた。

 同時にハルトの治癒能力の把握に努めよと命じる。


 ・・・・・・


 二日後、グラントホテルにコーエン侯爵の前触れの使者が訪れ、ブルーデン宰相とコーエン侯爵がドブルク王国の正式な代表として、ハルト殿を訪問したいと告げてきた。

 使者を迎えたホテル側は仰天してハルトの元にすっ飛んで来た。

 激しいノックの音に何事かと顔を出すハルトに、ホテルの支配人が使者の事を告げる。

 未だ服が仕上がって無いし、逃げ出すのも業腹なので待っていると伝えさせた。


 翌日の昼前、グラントホテル前に、多数の騎士を従えた王家の紋章付き馬車が横付けされた。

 ガチガチに緊張するホテルの支配人に案内され、急遽家具を入れ替えた応接間に入る宰相達。

 程なくしてノックと共に支配人に案内されハルトが部屋に入る。


 支配人も護衛の騎士も部屋から出し、三人だけの面談となりブルーゼン宰相から、王国としての正式な謝罪と詫びの品を贈られた。

 正式な謝罪を蹴るほど野暮ではないので、受け入れると安堵した顔で帰っていった。

 帰り際コーエン侯爵が、明日正式に屋敷に招待したいと言うので礼を言っておく。


 どうせ用件は判っているが、俺は冒険者なので気分と対価次第だと割り切る事にしている。

 この間、シュタイア伯爵の屋敷に乗り込み当主と嫡男を抹殺したばかりだから、余り好き勝手をするのも気が引けたのもある。

 昨日先触れの使者が来てからというもの、ホテルの支配人や客の視線が痛い。

 綺麗な布に包まれた詫びの品は、マジックポーチでメモにはランク12と書かれており金貨の袋も五つ入っていた。

 流石は王家、太っ腹だね。


 翌日はコーエン侯爵様差し回しの馬車に乗り、侯爵邸に正面から入る事になった。

 薄汚れた冒険者服で馬車から降りる俺を、執事のヒャルラーンが恭しく迎えてくれる。

 メイド達がずらりと並び頭を下げる中を、ヒャルラーンに先導されて歩く俺の心境は、こっぱずかしいの一言。


 サロンに通されコーエン侯爵様に、お招きに対する謝礼の挨拶を交わし、ご家族の方々を紹介される。

 第二夫人長男、マルク・コーエン

 第二夫人三女、マルーニャ・コーエン、王都貴族女学院在学

 第二夫人次男、フェルト・コーエン

 第一夫人長女、エリス・コーエン

 第一夫人三男、リンツ・コーエン、王都上級貴族学院在学


 完全に対等な相手として扱ってくれるのは嬉しいが、第一夫人だ第二夫人だと俺の頭が拒否反応を起こしそうだ。

 俺は貴族になりたい訳じゃ無いんだが、コーエン侯爵様は此れまでの冒険者対貴族の立場を改める気らしい。

 紹介されたご家族の方々も、薄汚れた冒険者スタイルの俺に対しにこやかに挨拶されるが目が笑っていない。

 一人第二夫人の次男フェルト・コーエンだけが、少年らしく間近に見る冒険者の俺に好奇心を見せていた。


 まっ無礼のない外交的儀礼、所謂大人の対応ってのがはっきり判る。

 俺も前世での拙い知識をフル動員させ、失礼の無い対応が出来たと思うが、貴族の礼儀など知らないから不味かったらご勘弁願うしかない。

 お茶の後、執務室に移動して侯爵様と向かい合い、ドラゴン討伐依頼の条件提示となって初めて肩の力が抜けた。


 まず最初に示されたのが二枚のカードで、一枚目は王国の身分証所謂通行証だ、二枚目が侯爵家の通行証だ。

 一枚目のカードの表は〔茨の輪に王冠〕の紋章と、下に星が五つ。

 説明に依れば王国官吏の持つ身分証で、王国内の如何なる場所にも行ける。

 星は数に依って重要度が違い、星五つは公爵待遇で王族以外の貴族に有効、以下星の数が減るほどに侯爵,伯爵,子爵,男爵と同等で、官吏の地位と連動しているそうだ。


 つまり星五つは、宰相閣下や各担当大臣と同等の権限を有する者が持つものらしい。


 二枚目のカードは〔茨の輪の中に地に伏す狼に突き立つ剣〕の紋章と、下にナザール・コーエンの名と下に太い青線二本に星五つ、他領ではコーエン侯爵家の代理人か其れに準ずる者として通用するのだと。


 因みに貴族本人と家族は赤線で使用人達は青線だそうで爵位に依って線の太さと本数が決まっている。

 公爵家太い赤線三本、侯爵家太い赤線二本、伯爵家太い赤線一本、子爵家細い赤線三本、男爵家細い赤線二本だそうだ。

 そして青い横線の下に付く星五つは貴族の代理人か其れに準ずる者のみが持てるのだと聞いた。


 ドラゴン討伐依頼を受けて貰えるなら、討伐完了後はドブルク王国に住まう限り利用可能との事だ。

 二枚有るのは王国の通行証では使い辛いだろうとの侯爵様の心遣いの様だ。

 どちらも臣下の礼をとる必要はないと言われて心が揺らぐ。

 天下御免の印籠をやるからドラゴン討伐をしろって事ね。


 此の二枚のカードに、討伐依頼料金貨500枚と討伐したドラゴンの魔石と内臓以外の権利が俺の物と提示された。

 内臓の一部はエリクサーの材料で、その他の部分は研究用に確保されるそうだ。


 「どうかね、君の条件が有れば聞こう」


 「先ず討伐するドラゴンは二頭まで、理由は谷底の森はドラゴンと強い野獣や魔物に依って守られています。全てのドラゴンを狩ってしまえば、貴重な薬草なども乱獲されて消滅する恐れが在ります。故に二頭までなら受けましょう」

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