第39話 治癒魔法
〔グランツ・ホテル〕一泊銀貨3枚、此れでも冒険者だからと安い宿を頼んでのお値段。
俺がホテルに入った時、ドアマンも壁際に控える男も緊張したのが良く判った。
襲ったりしないよと軽口を叩く雰囲気でもないので、フロントに行き商業ギルドからの紹介状を渡して15~16日程度宿泊したいと告げる。
銀貨45枚と言われたので、金貨五枚を預けて部屋を確認してから冒険者ギルドに向かった。
買い取りカウンターに行き、解体場へ案内してくれと頼む。
以前にも多数の獲物を持って来ているので、黙って頷き付いて来いと顎をしゃくる。
解体場に並べたのは
ゴールデンベア2頭
ビッグエルク3頭
ホワイトゴート1頭
ビッグホーンゴート1頭
ボストーク伯爵領グリムの冒険者ギルドに卸した物と、同じ大きさと種類で数も合わせている。
ホラン達をドラゴン見物に案内した時に獲った物で、ホラン達は分け前の受け取りを拒否した。
ドラゴン見物の案内をして貰い、その上獲物の分け前まで貰えないと頑なに断られた。
並べ終わると解体責任者が、獲物と俺の冒険者カードを見て唸っている。
「お前本当にシルバーランクなのか?」
「本当も糞も、カードに記載されている通りだよ」
「こんな大きなゴールデンベアなんて、何処で狩ってきたんだ」
「ボストーク伯爵領のゾルクの森だよ、そこに地の底って呼ばれる場所が有るんだ」
「聞いた事はあるな、一際でかい獲物が獲れるが危険極まりない場所だって」
肩を竦めて、食堂でエールを飲んでいるからと断って解体場を後にする。
エールを飲んで寛いでいても、ジロジロと見てくる奴は多いが誰も声を掛けて来ない。
解体責任者がギルマスと共に、査定用紙を持って現れた。
「ハルトだな、何故シルバーランク何だ?」
「可笑しな事を言うな、ゴールドに昇級するにはギルドの承認が要るって聞いたが」
「それは相応の実績を残して申請すればの話だ、あれ程の獲物を一人で持って来るんだ、此処で申請すれば直ぐにゴールドになれるぞ」
「どうでも良いよ、ランクに興味は無いから。其れより査定用紙を見せてくれ」
ゴールデンベア2頭、金貨38枚と36枚=74枚
ビッグエルク3頭、金貨15枚×3=45枚
ホワイトゴート1頭、金貨22枚
ビッグホーンゴート1頭、金貨25枚
合計金貨166枚。
受け取った査定用紙を見て思わず笑いが出てしまった。
「何が可笑しい!」
解体責任者が、額に青筋を浮かべて俺に詰め寄る。
黙って、ボストーク伯爵領グリムの、冒険者ギルドでの買い取り査定用紙を見せてやる。
俺のサインと、グリム冒険者ギルドの支払い済みサイン入りだ。
ゴールデンベア2頭、金貨13枚と12枚=25枚
ビッグエルク3頭、金貨7枚×3=21枚
ホワイトゴート1頭、金貨9枚
ビッグホーンゴート1頭、金貨11枚
合計銀貨66枚。
二枚の用紙を見比べたギルマスが唸っている。
解体責任者も横からそれを見て〈何だ此れは・・・〉と絶句している。
「流れ者相手だから買い叩かれたと思ったけどな。想像以上にがめつい奴等だな」
「この用紙を貰えないか、あの野郎共はギルドを裏切って相当私服を肥やしている様だ」
「良いぜ、金は俺の口座に入れておいてくれたら良いよ」
〈待ってろ〉と言ってギルマスがカウンターの方に歩いて行く。
「何でこんな安く売ったんだ?」
「ポーチの中を空けておきたくてな、それと一度出した物を又仕舞うのが面倒だったからかな」
解体責任者が首を振りながら帰って行き、入れ替わりにギルマスがカードを持って来た。
「お前は今日からゴールドな」
「えー、ギルドの承認はどうしたんだ」
「ゴールデンベアを一人で四頭、それも一撃で討伐すれば俺の承認で出来るさ」
〈おい、ゴールデンベアだってよ〉
〈彼奴一人でかよ〉
〈でもギルマスの話を聞いただろ〉
俺とギルマスの話を聞いていた、周囲の冒険者達が騒ぎ出した。
〈俺っ、ゴールデンベアなんて見た事無いから見てくるわ〉
〈俺も行くぞ〉
〈ゴールデンベアって言ってるが、一人で討伐出来るくらいだから、大して大きくない奴だろう〉
〈まっ、後学の為にも見ておくべきだな〉
何かゾロゾロと解体場に流れて行く人数が多い、煩くなる前にギルドから逃げだす事にした。
* * * * * * *
ホテル泊まりでは魔力増大の為の魔力切れを起こせないので、昼は王都をぶらぶらと見物し、市場や店舗の美味い物を買い漁っていた。
その時露天の一つで騒ぎが起きた、7~8人の男に囲まれた女性と其の背後に隠れて震える少女。
〈ちょっと俺達に付き合えば、それなりの金はをやるよ〉
〈別に売り飛ばそうって訳でも無し〉
〈あんまり聞き分けがないと、娘が怪我をするぜ〉
〈兄貴と付き合うのがそんなに嫌なのか〉
〈おめえの亭主より羽振りが良いんだぜ〉
遠巻きにする者も、男達の姿で碌な奴等じゃないと判断したのか、ボソボソと囁くだけで助けようとしない。
〈誰か警備兵を呼んできな〉
そんな声が聞こえるが、既に女性は腕を掴まれて引き摺られて、物陰に連れ込まれようとしている。
少女が泣きながら後を追うが、男の一人に蹴られて額から血を流して倒れている。
〈アッ・・・てめえ!〉
〈ふざけやがって〉
〈女だと思って優しくしていれば〉
〈ヒィー〉悲鳴が聞こえ、女性が肩から血を流しながら逃げようとしている。
女性が逃げ出した場所に男が一人蹲っていて血が流れている。
男の腰から引き抜いたのだろう、彼女の手には不釣り合いな大振りのナイフが握られている。
血を見た男達が興奮して、周囲から女性に襲い掛かっている。
警備兵が来る頃には女性の命が危ないので助ける事にしたが、守護精霊の出番はなさそうだ。
衆人環視の中で魔法を披露するのが躊躇われたので、木剣で相手をする事にした。
人混みを掻き分けて前に出ると、倒れた女性に蹴りつけている男の股間を後ろから蹴り上げる。
股間を押さえてしゃがみ込みそのまま前に倒れた男を無視し、隣の男の脇腹にショートソードを模した木剣を突き入れる。
此処で漸く女性を攻撃していた男達の注意が俺に向いたが、無言で反対側の男の鳩尾に前蹴りを一発。
〈てめえぇぇー、何をしやがる!〉
〈誰だ? 俺達を誰だと思って手を出しした〉
あー、何処も同じチンピラの台詞だわと感心しながら、倒れた女性の向こう側の男にアイスバレットを叩き込む。
死なない様に手加減はしたが、腹に喰らったアイスバレットのせいで身体がくの字になって倒れ込んだ。
〈クソッ!〉ナイフを振りかぶり襲い掛かってくるが、遅い。
ナイフを持つ手首に木剣を叩き付け、腕を抱えて蹲る男の頭を蹴りつける。
残り二人が背を向けて逃げようとしたので、アイスバレットを背中に射ち込み、倒れた所で肩の骨が砕ける様に木剣を打ち込んで終わり。
最初に血を流してしゃがんでいた男に、回し蹴りを喰らわせて意識を刈っておく。
〈ピィーピィー〉呼び子の音と共に警備兵が駆けつて来たが、倒れている男を見て戸惑っている。
説明よりも倒れている女性が気になるので、女性の元に行き怪我の具合を確かめる。
肩を斬られて、額が割れて頭部からの出血が酷く腕も折れている。
「お前! 此れは何事だ」
「見てのとおり、女性が襲われていたので助けただけだ」
そう説明しながら首筋に手を当て脈を測ると、殆ど感じられない。
ここまでして見捨てるのも気が引けるし、子供も倒れたままピクリともしないのが気になる。
「立て! 説明しろ!」
「煩いから、静かにしていろ!」
喚く警備兵を怒鳴りつけ、女性の手を取り意識を集中する。
魔力が感じられ無いので、極々薄い魔力をゆっくりと流し込んでいく。
女性の身体がピクンと動くがそれ以上の反応が無いが、それでも少しずつ注意して魔力を流し込み、身体全体に張り巡らせる。
「お前、治癒魔法使いか?」
〈おい、あれって治癒魔法じゃ〉
〈おれ、初めて見たな〉
〈凄えぞ、傷が治っていく〉
外見の傷は消えたし容体が安定した様なので、倒れている少女の脈を取ると比較的安定している。
倒れた時に頭を打ち気を失った様だが、頭部打撲は後遺症が恐いので序でに治す事にした。
「お前が、此奴等を全員倒したのか」
野次馬に話を聞いていたのだろう男が、近づいて来ながら聞いてきた。
「放っておけば殺されるだろうと思ったから、助けただけだ。野次馬から話を聞いていたのなら、経緯は判るだろう」
「ああ、あんたに非は無いが、役目上話を聞かなきゃならないので詰め所まで来てくれ」
逃げ出す訳にもいかないので仕方なく頷く。
女性が目覚めたのか身体を起こして周囲を見渡し、子供のところに駆け寄っている。
「あんた、治癒魔法が使えるなら此奴等も治してやって貰えないか」
「断る! 真っ昼間から女を拐かそうとする馬鹿を、治してやる義理は無い」
ドルビンと名乗った警備隊長が、苦笑いをしてそれ以上は何も言わなかった。
何処から調達したのか担架に倒れている屑共を乗せると、警備隊詰め所に運べと命じている。
警備隊詰め所では、俺の冒険者カードを確認して被害者の女性から事情を聴取して終わり。
俺はグランツホテルに宿泊している事を伝えて解放された。
女性は服が切れ血が滲んでいるのに、傷跡すら無く治って居るのに驚き、ドルビンから事情を聞かされて、何度も俺に礼を言って帰っていった。
警備隊の連中に、魔力を使っての治療を見られたのは不味かったが、見捨てるのも寝覚めが悪いので運が悪かったと諦める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます