第38話 後始末
傷が治り安堵の表情を浮かべる伯爵、それを泣きそうな顔で見ていた男は、白目を剥いて気を失った。
その男をアイスアローで、ハリネズミの様に射ち抜いて殺す。
もう一人の男が蒼白な顔で、死んだ男と伯爵を交互に見ている。
「心配するな、他人の痛みは百年耐えられるって言葉が有るから、お前が死んでも、伯爵は痛くも痒くも無いからな。此奴は泣き叫んで許しを請うまで甚振ってやるよ」
俺にそう言われて絶望の表情を浮かべる男と、反対に伯爵の顔色が青から蒼白に変わる。
「ホラードの様に火炙りにしてやろうか、奴は泣き叫んでいたぞ」
そう言って伯爵の前にバレーボール大の火球を浮かべる。
伯爵達が飲んでいた酒のデキャンタに手を伸ばし、空のグラスに注ぎ少量を口に含んで味見してみる。
病弱だった俺はビール程度なら飲んだ事は有るが、口に含んだとき鼻に抜ける香りに感心する。
伯爵様が飲む酒は、初心者にも上物と判る。
喉を滑り落ちる酒は、焼ける様な感覚と胃から吹き上がってくる熱、しかしゴブリンの心臓を喰らった時とは大違いだ。
吐息が熱いって言葉が頭に浮かぶ。
伯爵は、面前に浮かぶ火球の熱で汗をだらだら流している。
もう一人の男が虫の息なので、アイスアローを溶かすと掌を合わせて治療してやる。
目覚めた男に、伯爵から何を聞かされているか問うと、チラリと伯爵を見てから喋りだした。
王城に推挙して奉公させている遠縁の者が、ブルーゼン宰相に仕えている。
そのブルーゼン宰相が冒険者に書簡を送ったが、其れを届けたのが遠縁の男だと。
帰りの馬車の中でその書簡を覗き見をして、王国がその冒険者にドラゴン討伐の依頼と、精霊木の買い取りを打診していると伝えてきた。
父のシュタイア伯爵はドラゴン討伐はともかく、精霊木は非常に高価な物で貴重なので、是非にも手に入れると張り切っていたと喋った。
精霊木を王家に献上すれば我がシュタイア家も陛下の覚え目出度く、一族の繁栄が約束されるそうだ。
「呆れたねー。一族の繁栄の元を、金貨五枚で購おうなんてしみったれも良いところだよ」
まだ燃え続ける火球に、顔が焼かれて火膨れしている伯爵に、俺の言う通りに従うかどうか尋ねる。
必死で頷く伯爵を執務机に向かわせると、精霊木の事を知った一部始終を書き出させると、ホラードを使って俺を襲わせた事も書かせる。
何と俺を襲うのに34人も動員していたって、数を数えて無かったから知らなかったよ。
末尾にザルツ・シュタイアの署名を入れさせると、大きく余白を取って切り取り、巻紙にして表書きにブルーゼン宰相宛と裏書きに伯爵の署名を入れさせる。
全て書き終わって放心状態の伯爵の怪我を全て治してやり、ソファーに座らせると、アイスランスを腹に一発撃ち込んで放置。
手加減しているので、腹からでかい氷の槍が突き出ている。
改めて執務机に向かい、余白に俺が香木を奪いに来た輩全てを返り討ちにした事と、ザルツ・シュタイア伯爵を含む数人を伯爵邸にて始末した事を書き足す。
末尾に王家が此れを不服とするならば何時でも討伐軍を出せ、と記す。
糞宰相がこの騒動の元凶だ、なんなら王城に乗り込んで守護精霊様を駆使して皆殺しにするぞ。
と、変な方向に気分が高揚してきたので深呼吸をして、最後の一人にアイスランスを撃ち込んでから執務室を出た。
* * * * * * *
早朝からシュタイア伯爵邸は大騒ぎになった。
先ず衛兵の一人が待合室で倒れていたのを、侍女が見つけたのが騒ぎの発端であったが、門衛も詰め所で死んでいた。
報告の為に伯爵の執務室に向かえば、執事を含む主人達四人が死んでいる。
当主も嫡男も死んでいて収拾が付かなくなり、伯爵夫人が王家に危急を知らせる早馬を走らせた。
通常馬車で五日の距離を、翌日には王城に早馬が駆け込んだ。
知らせを受けたブルーゼン宰相は前代未聞の出来事に仰天したが、直ぐに国王陛下に報告して対策を協議する。
何せ夫人も気が動転していて、当主のシュタイア伯爵と嫡男次男が揃って執務室で死亡したと知らせてきたが、早馬の伝令に詳しい事を伝えていなかった。
ジリジリして続報を待つブルーゼン宰相の元に、三日後続報は意外な所から跳び込んで来た。
王都入り口の衛兵に、冒険者が手紙を差し出すと何も告げず馬に乗って走り去ったという。
届けたのはトウランだ、ハルトに金貨二枚を貰い衛兵に渡して逃げれば良いと言われて、面白がって引き受けた。
だが受け取った衛兵は、表書きを見て仰天して即座に上司に伝えた。
宰相宛の書簡で差出人は伯爵と在れば、取り敢えず王城に運びブルーゼン宰相の下に届けられた。
書簡を受け取ったブルーゼン宰相の顔こそ見物だったが、惜しむらくは誰も見ている者がいなかった。
死んだ伯爵からの書簡は衝撃の一言、末尾を読むにいたって自分では判断できず国王陛下の下へ急いだ。
「大失態だなブルーゼン、だが一介の冒険者が貴族の屋敷に乗り込み殺したとなれば、捨て置く訳にもいかん。あの男をどうしてくれよう。討伐軍の準備をしておけ!」
「しかし、彼の居場所が解りません。五日前の事となれば既に遠くに・・・」
「コーエン侯爵を呼べ! 侯爵ならばあの男の事に詳しいだろう」
斯くして王都内を早馬が走る事になるが、呼び出されたコーエン侯爵は、差し出された書簡を一読し、首を振ってどうにもなりませんと国王に告げた。
「どういう事だ、コーエン!」
「陛下は、貴族の横暴を許すおつもりですか? この書簡に依れば、ハルトはあくまでも野盗に襲われて反撃をしただけです。襲った者は私服で貴族の配下を示す物を身につけて居なかった。しかも賊を尋問して襲わせた者を討伐しただけです。盗賊の背後に貴族が居て、討たれただけです。それ処か此れを他の貴族や臣下領民に知られれば、王国の権威は地に落ちます。王国の法に照らしても、賊の頭領を討伐した事は何の問題もありません。彼を貴族に対する犯罪者として追えば、彼は全てを明らかにするでしょう。その結果、どうなるとお考えですか。まだ此れを知らせてくれた、ハルトに感謝すべきでしょう」
腕を組み唸りながら考えていたが、侯爵の言う通り迂闊な事は出来ない。
貴族が配下を使って野盗の真似事をした挙げ句、返り討ちに遭ったとなれば笑い者も良いところだ。
「それは判った。だがシュタイア家の事件は広く知られているが、此れをどう収める」
「一報が間違っていた事にすべきです。伯爵を巻き込んだ嫡男次男の跡目争いから賊を引き込んでの闘争となり、相打ちとなったで押し通せば宜しいかと。シュタイア家は内紛騒ぎを理由に降格か取り潰すかは陛下の御心のままに」
そう言って頭を下げるコーエン侯爵を見ながら、国王とブルーゼン宰相は他に良い方法を思いつかなかった。
長引けば長引くほど憶測が乱れ飛び、収拾が付かなくなるので早々の幕引きを図る事にした。
何の事はない、ハルトは後始末を王家にさせているとコーエン侯爵は思った。
* * * * * * *
ハルトは思案の末、一度王都に戻る事にした。
万が一、王国が自分を捕らえる気なら何処に居ても同じだし、闘うなら人口密集地の方が有利だと考えた結果だ。
それに求める服は、王都の様な大きな所でしか手に入らないと思ったからでもある。
ラノベでは魔法耐性の服は高価とあったが、今の自分なら買えるだろうと考えた。
火魔法一発で、お尻丸出しでは戦い辛い。
徒歩で五日、王都の入り口で衛兵は冒険者カードを事務的に見て通してくれた。
誰か特定の者を探している風も無い事から、王家はシュタイア伯爵家の事を内密にする気の様だ。
商業ギルドでは、魔法耐性を付与した服を作れる所の紹介を頼んだ。
まーた、上から下までジロジロと見られ、お前の行くところは冒険者御用達の店だと言われた。
自分の見た目は知っているので、鼻で笑いながらそう宣う男の目の前に革袋を積み上げる。
鼻で笑っていた男の目が見開かれ、薄笑いが凍り付く。
「もう少し出せば、俺の言っている事が理解出来るのかな」
王家の紋章入り革袋が二つ、コーエン侯爵家が一つと手に王家の紋章入り革袋を持ったまま問いかける。
椅子にふんぞり返っていたのに、革袋の紋章を見た瞬間直立不動の姿勢から腰を直角に曲げて謝罪する。
変わり身が早いねー。
直ぐに奥のソファーに案内されると、係りの者を呼んで参りますと言い逃げる様に奥へと消えた。
威力が有るので、王家と侯爵家の紋章入り革袋はハッタリ用に此からも活躍してもらえそうだ。
分厚い見本帳を持った女性が現れると、魔法耐性の衣装をお求めと伺いましたと問いかけてきた。
冒険者用のフード付き上着とズボンにブーツを作りたい旨を伝え、それに対魔法防御を付与したいが、他にどの様な物が有るのか尋ねてみた。
魔法攻撃無効・防刃・耐衝撃・体温調節の付与が可能だそうで、上下の衣服にブーツで金貨250枚。
聞かされた魔法付与全てを付与するには、別途金貨300枚が相場だと言われた。
冒険者ギルドに金貨420枚、収納に金貨500枚と巻き上げて放置している金が有る。
結局王家からは前回の魔法比べの時のを含めて四袋、コーエン侯爵様から一袋貰ったので、ギルドの預け入れ分より多い事になる。
万が一を考えてギルドの預け入れ分から使う事にする。
「冒険者ギルドに金貨420枚を預けているので其れで支払いたいのだが。足りない分は手持ちからの・・・」
「結構で御座います。商業ギルドから冒険者ギルドに預け入れ分を下ろせますが、如何なさいますか」
冒険者ギルドから金貨400枚を即金で支払い、残金は全て出来上がった時点で支払う事になった。
全て商業ギルドが取り仕切り、採寸とブーツのサイズ合わせだけを済ませる。
15日後の仕上がりまで、商業ギルド紹介のホテルに泊まる事にした。
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