第36話 買い叩き
馬鹿が好き勝手を言っているが、腰の剣なんて要らない身体にしてやるよ。
立ち上がろうとすると声が掛かった。
「あれっ、あんたはゴブリンキラーじゃないか。こんな所で何をしてるんだ」
「トウランさんのお知り合いで?」
「馬鹿が誰に絡んでるんだ、死にたいのかよ。お前等が束になっても勝てない相手だぞ」
絡んで来た四人が青い顔になり、トウランと呼ばれた男に何故だと聞いている。
「去年王都の魔法比べの時に見たのさ、標的射撃では五連続で標的を撃ち抜き。次の日には興奮したバッファロー十数頭を、連続して叩きのめしていたな。隣り合った奴に聞いたが、対人戦でも無茶苦茶強いってな。嘘だと思ったら模擬戦をやってみな」
そう言って、トウランと呼ばれた男が笑っている。
それを聞いた四人の男達が、コソコソと逃げていく。
「ゴブリンキラーが、何でこの街に居るんだ」
「その呼び名は止めてくれよ。俺はハルトだ」
「俺はトウラン、この街で冒険者をしている。あんたの氷結魔法は見事だったぜ。今年は出ないのか?」
「あれは侯爵様に依頼されて出ただけで、どうでも良いんだよ」
「でもあれ程の腕が有れば、貴族から色々お誘いが有っただろう」
「俺は侯爵様の依頼で出たからな、皆侯爵様に遠慮して声を掛けてこないよ。それに貴族に尻尾を振って生きるのって、面倒そうだろう」
「惜しいな、俺もあんたの後で出たがさっぱりだよ。次の日には度肝を抜かれたね。あんたは魔力10って言われていたが本当かい」
俺の冒険者カードを見せると、トウランも見せてくれたが、土魔法と火魔法使いで魔力70となっている。
「本当に魔力10だな。どんな練習をすればあんな見事な魔法が使えるんだ」
「まぁ、ひたすら練習するしかないな。それしか言いようがないしな」
「でもあんたは無詠唱で連続攻撃をしていただろう。標的射撃の時俺はあんたの一つ後だったんだが、何も聞こえなかったぜ」
「詠唱はしているさ。口内で短縮詠唱だな」
「どう言う風にだ」
「それは教えられないな。冒険者なら判っているだろう」
「野暮な事を聞いたな」
その後トウランと飲みながら、このブルゲンの事を色々聞いた。
綺麗で飯の美味いと評判のホテル〔プルムホテル〕を教えて貰い投宿する。
気に入れば暫く居てもいいかなと思う。
王都で新調出来なかった服を買う為に、ホテルの支配人の教えてくれた店に行ってみた。
* * * * * * *
ハルトがブルゲルの街でのんびりしている頃、王城内はちょっとした騒ぎになっていた。
厳密には国王と宰相にコーエン侯爵の三人の間でだ。
「あの男がいなければドラゴン討伐の見込みが立たぬとは、どう言う意味だ」
「彼の地の案内人三人と、アーマーバッファロー討伐で彼の護衛に付いた冒険者達からの聞き取りで、ハルトがドラゴンを手玉に取る様子を聞き出しました」
谷底の森で、ドラゴンを転ばせて笑い者にしていた事や、巨大なアイスバレットを連続してドラゴンに射ち込み追い払っていた事を話す。
「まさか、そんな・・・」
「いえ、総勢九人の冒険者が目撃して呆れていました。その冒険者達がドラゴンを討伐すればと言ったところ、彼は面倒だと言ったそうです。私はその時迎えの冒険者にランク12のマジックポーチと書状を預けていたのです。書状には、出来ればドラゴンを討伐して持ち帰る様にと依頼しましたが、無視されました。彼に対して臣下や冒険者に対する態度で要求すれば、相手にされません。扱いはくれぐれも慎重にと申したのは、その為です」
「では、どうすれば良い」
「陛下の申しつけにより、改めてハルト殿と会いました。王家からの正式な依頼としてドラゴン討伐と香木の買い取りを申し込みましたが、あっさりと拒否されました」
「コーエン侯爵殿が依頼を断られたと聞き、私は改めて彼にドラゴン討伐と香木を買い取りたいと使者を差し向けたのですが、それも拒否されました。再び使者を送った時には、既にホテルから居なくなっていました」
「あの男に地位や名誉と、多額の報酬を与えると約束すれば討伐するのか」
「陛下、彼はそんな事を望んではいません。望むなら既にドラゴンを討伐し、て大々的に自慢しているでしょう。そうすれば名誉も金も思いのままです」
「難儀な男だのう」
「何故断るのか理由を聞きましたところ、王家もブルーゼン殿も彼の取引相手としての、信頼の問題でした」
「それはどういった意味だ!」
「前年の魔法比べでの一件を無視した事が原因だと思われます。あの時、国王陛下の前で、バルザク侯爵と取り巻き達が彼に無礼千万な態度を取ったときに、陛下は咎めもしませんでした。香木の事でブルーゼン殿が冒険者と見下し、取引以外の事で詰問して謝罪すらしていない事もそうです」
「あの男が他国に行けば途轍もない戦力になるぞ。他国でドラゴンスレイヤーにでもなって見ろ、そんな男を逃した我が国は笑い者だ。何とかせねばならん、コーエン良い案はないか」
「捨て置くしかありません。ハルト殿に野心はありませんので、何か事を起こす場合には守護精霊様の存在をお忘れなき様に、陛下」
コーエン侯爵に釘を刺されて、ドブルク国王は唸るばかりであった。
その傍らでブルーゼン宰相は、自分がとんでもない失態を犯した事に気づき頭を抱えた。
その二人を見ながら各地の冒険者ギルドに、ハルトが現れたら知らせてくれる様に手配する事を考えていた。
* * * * * * *
服を新調して食料の確保も出来たので、街の外で魔力の鍛錬を始めようと思ったが、しつこい金魚の糞に苛ついた。
王都を出た時までは一人だと思ったが、オディング地方に入ってからも追跡は続き、ブルゲンの街を出てからは露骨になっている。
トウランに聞いた森に向かうと、明らかに嫌な気配が増えていて
しかも増え続けている。
やる気なら相手をしてやろう。
初めての森なので奥には行かないが、樹木の密生している場所を目指して歩く。
途中ホーンラビットとボアを見つけて、狩ってしまったのは冒険者の性か。
街道から程よく離れて、灌木に囲まれたお誂え向きの場所で金魚の糞を待つ。
ハイゴブリンの心臓を喰らい水で流し込むと、溢れる魔力を放出してギリギリの状態で魔力を張り巡らせる。
藪の中に潜み金魚の糞を待っていると、別方向からも人が集まって来るのが見える。
網の中に入ったのは、俺の方の様だ。
三方向から近づいて来た奴等は冒険者に見えないが、雇われにしては統制がとれている。
衣装はバラバラだが数人は冒険者上がりか崩れの様で、残りは騎士か兵士だろう。
考えていると、相手から声を掛けられた。
「ハルトだな、姿を見せたらどうだ。魔法が得意の様だが、此れだけの人数相手に勝てると思うか」
俺のお知り合いじゃないが、相手は俺の事を知っている様だ。
「こんな所で包囲される覚えは無いのだが、何の用かな」
「お前の持っている物を譲って欲しくてな。素直に出せば怪我をしなくて済むぞ」
「それは物取りか野盗の台詞だぞ。譲って欲しいのなら、何を幾らでと街中で交渉しろよ」
「黙ってショートソードを譲ってくれたら、金貨五枚をやるよ」
「おいおい、このショートソードは王都で金貨20枚で作ったんだぞ。安すぎると思わないか、色をつけて金貨30枚で売ってやるよ」
「残念だな。金貨五枚しか預かっていないんだよ」
「なんだ。子供の使いかよ」
鼻で笑った瞬間、周囲が真紅に染まり、背後から凄い勢いで突き飛ばされた。
飛ばされた草叢で横になり、わざと弱々しく上半身を起こす。
円陣を組む様に7~8mの距離を取り見下ろしてくる奴等の数は、見えてる範囲だけで20人以上。
「意外としぶといな。ショートソードを取り上げろ!」
王家や宰相の手先ではなさそうだし、コーエン侯爵でもないな。
横たわる俺からショートソードを取り上げると〈意外としぶといな〉と言った男に手渡す。
野盗相手に遠慮は要らないので、見える範囲の奴等全てにアイスニードルを両足と両肩に射ち込む。
〈なに!〉
〈敵だー!〉
〈一人じゃないのか?〉
〈何処だ?〉
狼狽えている間に寝返りを打ち、後ろの奴等にもアイスニードルをプレゼントする。
見えない所に居た奴が逃げ出す音が聞こえるので立ち上がり、逃げる男の背後からアイスアローを射ち込む。
四人にアイスアローを五本ずつプレゼントしたので、助からないだろう。
新調した服の後ろが黒焦げで、俺の可愛いお尻が丸出しだ。
〈お前・・・〉
〈何故立てる〉
〈俺のファイアーボールを受けて、怪我一つとたないのか?〉
〈化け物か〉
人のお尻を見ながら、化け物扱いかよ。
まあ、お尻丸出しで尋問するのは恥ずかしので、円筒形の防壁を作り着替えを済ませる。
俺のショートソードを受け取った奴にご挨拶。
「俺の名前を知っていたのは何故か、教えて貰えるよな。答え無くても良いが、痛い思いをするだけだぞ」
黙って俺を睨むだけなので、両手足にアイスアローを射ち込み地面に固定する。
先ず周囲に転がる奴等を一カ所に集める為に、アイスニードルの魔力を抜き固定した男の周囲に寝かせると、アイスアローで地面に固定する。
アイスニードルの魔力を抜いても傷は残る、傷の痛みに動くのを嫌がる奴にはアイスアローを胸に撃ち込むと、残りの奴等は必死に這って移動に協力してくれた。
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