第34話 精霊木
「コーエン侯爵様、此れはどういった事ですか。薬草を買い取って頂けると聞いてお供致しましたが、話しが違った様ですね」
体内に張り巡らせた魔力の残量を確かめながら、殺気を溢れさせる騎士達を無視して、ブルーゼンと呼ばれた男に殺気を浴びせる。
「黙って剣を返すか、死ぬか選べ!」
ブルーゼンと護衛の騎士達の頭上に守護精霊様のご降臨を願う事にした。
彼等の頭上に魔力を送り、空中の水蒸気を一気に凍らせる。
「まっ、待って下さいハルト殿。ブルーゼン殿、お言葉を取り消して彼の剣を返して下さい。早く!!!」
コーエン侯爵様が顔色を変えて、ブルーゼンに訴える。
ダイヤモンドダストが室内の灯りを受け、キラキラと輝きながらブルーゼンと騎士達の頭上に降り注ぐ。
その冷気をうけ、ブルーゼンと騎士達が鳥肌を立て戸惑っている。
「ハルト殿、精霊様のお怒りをお静め願いたい。ブルーゼン殿、バルザク侯爵達の事をお忘れですか! 精霊様の怒りに触れる前に、剣を返しなさい!」
ギクシャクした動きで俺に剣を差し出すので、黙って受け取り腰に戻す。
香炉を持ってきた女性が座り込み、震えながら何か祈りの言葉を呟いている。
「コーエン侯爵様失礼したいのですが、誰か城門迄案内願えますか」
「私が付き添おう、ブルーゼン宰相殿待っていて下さい」
コーエン侯爵様がブルーゼンにそう告げて、侍従に帰る旨を告げて先導させる。
来た道は多分覚えているが、勝手に歩けば大事になるんだろうなと思いながら後を付いて歩く。
城門まで来た所で魔法比べ、魔法の腕比べの出場を辞退してホテルも引き払うと告げてお別れする。
此れに対しコーエン侯爵は何も言わず、黙って頷いただけだった。
* * * * * * *
ハルトを城門まで送り届けたコーエン侯爵は、即座にブルーゼン宰相の所に引き返した。
「ブルーゼン殿、何を考えているのですか! 貴方もバルザク侯爵達が守護精霊様の怒りを受けて、死んでいったあの場に居たはずですよね。それを忘れたのですか! ボストーク伯爵の一件も、彼の知らせが無ければ王家は奴に虚仮にされたままでしたよ。相手を冒険者と侮り、取り返しのつかない事になるところでした」
「誠に済まぬ、コーエン殿。あの様な冒険者が精霊木を持っているとは」
「その件も、確信は持てぬが精霊木ではないかと伝えてましたよね? お陰で今年の魔法比べの件も断られましたし、ドラゴン討伐依頼も難しくなりました」
暫くの間、ブルーゼン宰相はコーエン侯爵から失態を責められ、陛下には精霊木を購えなかった事を詫びる事になった。
その間も僅かな香木の香りが部屋に充満し、その後10日以上も消える事が無かった。
* * * * * * *
適当なホテルを見つけて泊まったが、目覚めて考える。
宰相が香木だと騒ぎ出すって事は、見る者が見れば高価な香木だと騒ぎ出す危険が在るって事だ。
ショートソードの柄から香木を外して、刀身をお財布ポーチに仕舞い外した木は空間収納に入れておく。
王都になら腕の良い鍛冶屋も居る事だろうと思うので、新しい剣を作る事にして、冒険者ギルドで腕の良い鍛冶屋を紹介して貰う事にした。
流石は王都冒険者ギルドだ、朝は結構な数の冒険者が出入りしていて、依頼掲示板の前は激混み状態。
その結果依頼票を手に、受け付けカウンターの前も行列が出来ている。
諦めて食堂でエールを飲みながら、行列が捌けるのを待つ事にした。
冒険者ギルドで教えて貰った〔ウオル鍛冶店〕店内は冒険者御用達って雰囲気の汎用品が殆どの店だった。
柄の木を外した刀身を見せて、同じ物が欲しいと言うと断られた。
曰く、こんな形の物を打った事が無いので面倒だってさ、商売しろよ!
仕方がないので商業ギルトに出向き、腕の良い鍛冶屋を紹介して貰う。
紹介された〔フラウ鍛冶店〕は様々な武器が並べられた店で、親方にショートソードを見せると即座に引き受けて貰えた。
こんな形の剣は初めてだとニコニコしながら言ってくれたので、半金の金貨10枚と共に刀身を見本に置いておく。
出来上がりは10日後、丸腰で大丈夫かと問われたので短槍を見せて笑っておく。
王都周辺は大きい森が無く、冒険者達は薬草やキノコ類等を季節によって収穫物を変えながら生活している様だ。
勿論野獣や魔物も居るが、そうそう出(で)会(くわ)す事も無いらしいが、時に足の速いウルフ系とかホーンドッグが現れるそうだ。
俺は王都から一日の距離に在る、ベラト村の森にゴブリンを狩りに出かけた。 真っ直ぐ突っ切れば2日程度の森で、オーク以上の魔物や野獣は先ずいないと聞いた。
狙う獲物はゴブリンとハイゴブリンの心臓だ。
* * * * * * *
コーエン侯爵はハルトに魔法比べへの出場を断られて、ホテルも引き払われてしまい、薬草の代金を渡せなくなり困ってしまった。
王都の冒険者ギルドには、ハルトが現れたら侯爵家まで連絡をする様にと頼んでいるが、果たして王都に居るのかすら判らない。
ハルトと親しい金色の牙のホラン達にも、会えば連絡をくれる様に伝えてくれと頼んだ。
その後ヘイエルの冒険者ギルドに手配していた3人が、コーエン侯爵の依頼を受けて王都の侯爵邸に現れたのは7日後だった。
早速エイフ・カロカ・ブルムと名乗った、谷底の森の案内人3人と面談した。
「君達は谷底の森を自由に歩いていると聞いたが、ドラゴンと出会えばどうしているのかね」
「先ず出会わない様にしています。しかしそれも無理な時は、物陰に隠れて気配を消して立ち去るのを待ちます。運が悪ければそれまでです」
「ボストーク伯爵様は、ドラゴン討伐隊を編成して俺達にドラゴンの所まで案内させましたが、プラチナやゴールドの高ランク冒険者が束になっても敵いませんでした」
「ドラゴンと正面切って遣り合えるのは、ハルトくらいのものでしょう」
「ほう、闘っているところでも見たのか」
「いえ、あれを闘いって言って良いのかどうか・・・」
「どっちらかと言えば、ドラゴンがハルトに遊ばれていました」
「うむ、ハルトと谷底の森を歩けば、何の心配も要らないからな」
「それ程の魔法なのか?」
「魔法なんでしょうがドラゴンの足下を凍らせて転ばせて、転んだドラゴンを指差して笑ってましたから」
コーエン侯爵は、それを聞いて呆れると共に、ドラゴン討伐は是非にもハルトに頼みたいが、ブルーゼン宰相が要らぬ事を言って怒らせた事が悔やまれる。
正式な依頼ではないが、マジックポーチを預けて出来ればドラゴン討伐をと頼んだが、自分にはその力が無いと軽くいなされている。
「ボストーク伯爵は失脚して、現在は王家の代官がガーラル地方ボストーク領を治めている。それと君達も気づいていると思うが・・・」
「金の事ですか」
「ボストークからおおよその場所は聞き出しているので、その場所の確認を君達に依頼したい。それと君達さえ良ければもう一度グリムの街に戻り、谷底の森で薬草採取をして貰えないか。谷底の森は王家の直轄地になるが、ボストーク伯爵が買い上げていた以上の値段で買い取る事を約束すると、陛下からのお言葉が在る」
3人は証人として王都に呼ばれた森の隠者達と再会して、話し合った結果グリムの街に戻る事にしたが、森の隠者達はヘイエルに留まる事を決めた。
侯爵邸では金色の牙も加わって谷底の森の話やドラゴンの話しになった。
ホラン達金色の牙の者達はハルトの行方を捜して時々侯爵邸に報告に来ていたのだが、使用人用の控え室で話しに花が咲き、ドラゴンに対するハルトの扱いが酷すぎると大笑いになった。
「俺達と谷底の森を歩いていた時は、地面を凍らせて転ばせたり全身を凍らせて真っ白にして笑っていたよ」
「彼奴は、ドラゴンが邪魔だからお仕置きだって、でかい氷の塊をバンバン打ち出してドラゴンが追い払うからな」
「討伐しないのかって聞いたら、何て言ったと思う」
「邪魔だから要らないって、ゴールデンベアやビッグエルク程度で良いってさ」
「そうだよな。ドラゴンを5頭も蹴散らしておいて、薬草採取している変わり者だぜ」
「その割に気前が良いよなぁ」
隣の部屋で事務仕事をしながら、聞くとも無く聞いていた執事のヒャルラーンがその話にビックリして、コーエン侯爵にドラゴンは5頭もいるそうですとご注進に及んだ。
それを聞かされたコーエン侯爵の顔こそ見物だった。
「ドラゴンが・・・5頭だと?」
「はい仕事部屋の隣、使用人の控え室で冒険者達が話していたのが聞こえて来たのです。旦那様がドラゴンは一頭だと、以前申していたと記憶して降りましたが・・・」
コーエン侯爵は慌てて使用人の控え室に足を運んだ。
突然乱暴に開けられたドアを見ると、コーエン侯爵が立っていて、馬鹿話に興じていたホラン達が驚いて立ち上がる。
「あぁ驚かせて済まないが、ドラゴンが5頭居るとは本当なのか?」
「はい、確かとは言えませんが、ハルトが追い散らしたドラゴンは5頭だったと思います」
エイフが代表して答える。
「追い散らした? ドラゴンをか!」
侯爵のきつい問いかけにエイフがビクつくので、ホランが代わって答える。
「ハルトに頼んで谷底の森へドラゴン見物に行ったのですが、彼奴はドラゴンが向かって来ると、でかい氷の塊をドラゴンの顔にバンバン射ち込むんですよ。流石にドラゴンも嫌なのか逃げ出します。それも二度三度と続けば、彼奴がドラゴンを気にも留めてないと判ります」
コーエン侯爵は、聞かされた話の余りの内容にその場に立ち竦んでしまった。
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